“奴隷”という名の存在価値-2
アベルは、応接間にあるソファに深く身を沈め、驚きと、喜悦を感じながら、その話を聞いていた。
「だから、わらわは、どれいかいほうの為の手段の一つとして、カイトを側におきたいのじゃ!」
強気に、はっきりと自分の意見を主張する目の前の幼子に、アベルは今はっきりと喜びを感じていたのである。
奴隷解放
その事になにか思い入れがある訳でもない。
カイトが欲しいから
ただその為だけに、彼女は理路整然と、奴隷解放という手段を使おうとしたのだ。
それも、そこらへんの大人なら考えもつかないほどに、きちんと、はっきりと“ただしさ”を全面に主張した、反論の余地が無くなるほどのものとしてまとめ上げたものを…だ。
これほどとは…
以前から聞かされてはいたが、ここまで賢いなどとは思ってもいなかった。
思いつきにすぎないにせよ、その思いつきを確かなものとすべく、自分の知識を使い、現実にする手段として作り上げられるとは…。
彼女が提案した事とは、簡単に言えば、
『奴隷制度とは間違っている。人はあくまで人なのだから、ちゃんと人として生きるべきだ。
だから、その為にカイトをまず自分が召し抱え、その姿を国民に見せる事で、奴隷とて一国民である事を民衆に理解させ、それと同時に奴隷達にも希望を持たせ、しかるのち、きちんとした制度を決め、順々に奴隷を開放していく』
というものだった。
細かな制度等は考えていない。出世するカイトだけが特別…等と考えられる視点の問題もある。
しかし、自分の言葉を使い相手を説得するその力。
恐らくは上に立つものが振るう力の中で、一番大切でがなかろうかと思えるそれを、その資質を見せたのだ。
その知略をもって、ローゼスハイトの重臣たる席をもつアベルにとっては、そこが戦場であり、その戦場でれば、どんな敵にも勝つ。
それ程の意思と力を持ったアベルを説得するのは難しい。
王からも、「お前を頷かせるのは骨が折れる」と言わせた程だ。
その自分が、ほんの少しでも良しと思えるものを、たかが10歳の子供が持ってきた。
…将来が楽しみだな…
しかし、この子は知らなければならない。
何故奴隷がいるのか…を。
**********
「成る程、確かに言う事はごもっとも。しかし、奴隷制度をなくす事は不可能なのです」
「なぜじゃ…?」
「第一に、奴隷制度が深く社会に浸透している事。
たとえて言うならば、貧しい民家が子供を売る事で生き延び、それを買った奴隷商が売る。
売られた奴隷は働き手となり、それを所持する事が、財産となる事もある。
まずこれを無くすには、貧しい民家が、子供を売らずに生活していけるようにしなければならない。
そして、仕事を失う奴隷商や、そもそも奴隷達にも、仕事を世話しなければならない。
さらに、今迄奴隷達がして来た仕事を、だれかがせねばならず、また、奴隷という財産を無くすもの達にも、なんらかの保証をせねばならないでしょう」
「むぅ…だが、それはおいおいとして…」
「そしてなにより、何故奴隷が生まれたか…と言う事です」
「…どういうことじゃ?」
「我が国…いや、この大陸は、長く、本当に長く、戦乱というものを続けて来ました。
一年として、完全なる平和がこの大陸に訪れた事はありません。必ずどこかの国と国が争って来ました。
そして、敗者には必ずその責が問われる。それには色々な形がありますが、その一つとして、負けた国は勝利した国に、簡単に言えば、金を支払わなければないのです。
しかし、必ずしも金がある訳ではない。
この世界の奴隷、その始まりは、敗戦国が支払えなかった対価…その代わりとして売られた、捕虜達だったのです」
「……!」
「今現在この大陸にいるほとんどの奴隷は、元捕虜達でしょう。以前は問題も無かった敗戦国の支払いも、度重なる出費と、一度売り払った人権という物に、抵抗を持たなくなっているということもあります」
「しかしそれは…自国の者達ではないのか!?」
「ええ、確かにそうです。ですが、今現在それを続けている各国の上層部は、人を、物として、駒としてしか考えていたおりません。
それに、国自体が無くなる事もよくある話ですから」
「しかしそれではあまりにも…」
「それが、今のこの世界のありようです。
決して褒められた物ではない。しかし、それを正そうとすれば、根本より変えるしかない。
貴女にそれが出来ますか?」
「……うぅ……」
俯き、悔しそうに顔をしかめるアリシア。
だが、問題はそれだけではない。
「それに、他国の事を置き、自国でだけ…などと考えても、不可能なのです
それは、人の感情によるもの。
人はだれしも、上へ上へと登りたがるものです。特に、一度上下が決まった世界に身をおけば。
だからこそ、人は己を研磨し、鍛え上げる。
ですが、人は上だけを見て生きていけるものではない。
上・下とは、上があり、下がある事で初めて成立するのです。
そしてそこには…最底辺というものが必要になる」
「それが…奴隷…と?」
「一般市民…それが、1番多く、そして1番大切な、国を成す要。
しかし、その要の大半が、この国での最底辺だと、それより上に上がるのが、困難な道程だと知れたら…人はどうなりますか?」
上にいけるとわかるから努力するのであって、それが大半の人間には出来ない事だと理解されたら…
「人は、臆病で、我儘な生き物です。
確かに、最初から奴隷等存在しなければ、比べる事など考えもしなかったかもしれない。
上下で考えるとしても、きっと市民の中での富裕だけで考えていたでしょう。
それだけでなら、なんとかなったかもしれない。
ですが、今はもう、はっきりと決められているのです。
奴隷がいるから、市民は底辺ではないのだと」
「それが、理由か?」
「はい。
人は、己の地位が脅かされそうになると、脅かそうとするモノに対して、ひどく残酷になれる。
そして、己の地位が確かにある事によって、疑いもなく生きていけるのです」
「わかった…だが…わらわは、今の話を聞いて、より、なんとかしたいと思うようになった」
「で、あれば、なんとかできるように、考えてください。
それが、皇族に連なるものの使命でもありましょう」
アリシアは、その言葉を聞いて、はっきりと目に強い力を秘め、部屋を出ていった。
…どうやら、今度のお守りは大変らしい…
ため息をつきつつ、確かにある胸の期待を感じながら、アベルは、彼女が出ていった扉を、ただ見続けていた。
奴隷に対して深く考えるきっかけを得たアリシア。今後はどうなっていくのでしょうか…楽しみですね。
ちなみに今回アベルがアリシアをこてんぱんにした理由としては、将来に期待していたというのもありんですが、
カイトをただ欲したからじゃなく、カイトを手段として、社会を変える事を望んだからです。
単なる思いつきでも、実際にそれをする力がある。だから、よく考えなさい、裏の裏迄。
そう言いたかったんですね。
ただの意地悪なオジサンではないのです