出会いは唐突に
その日もカイトは、ガゼットと共に森の中に入っていた。
今日はいつもと違い、出来るだけいい“獲物”を獲るべく、かなり深い所まで潜っていた。
と、いうのも、今日からしばらくの間、ガイランド家へ王城の姫君がお出でになるというのだ。
カイトが飼われているガイランド家の当主、アベル・ガイランド。どうやらこの人は、ただ腕のいい領主…というだけではなく、王城の姫君の世話を任される程に力を持つ存在らしかった。
何故それ程の力を持つ存在が地方領主で収まっているか等、謎も多かったが、ただの奴隷には関係がない話。
自分の仕事は、ただいい肉を狩り、持って行くだけ。
そう割り切り、弓を手に、森の中を疾駆していた。
今回は普段来ない森の奥という事もあって、普段よりも警戒しつつ、飛ぶ様に森の中を奥へ奥へと走り抜ける。
足場が悪い森も、何年もの間狩人として過ごして来たカイトやガゼットには、少し足場の悪い庭程度にしか感じられず、まるで飛ぶ様に木々の間をすり抜け走る。
時折止まっては気配を探し、手で合図を送っては獲物を追い求めるカイト。
その姿を見やり「もうお前は人間というより動物と言った方が正しいかもしれんな」と、苦笑混じりにガゼットが言っていたのは3ヶ月ほど前だった。
先行していたカイトは、強烈な気配を感じ、慌てて気配を殺した。
この先に何かいる…
ゆっくりと、慎重に歩を進めたカイトの前に現れたのは、人よりも遥かに大きな巨体を持つ一頭の獣。
今迄に見た事もない、その桁外れの存在感と巨体に息を呑む。
じっと気配を殺し見つめていたカイトに、いつのまに近づいたのか、隣に屈んでいたガゼットから「あれは…ガイラルベア…か」と、溜息にも似た声が漏れる。
「あれは、ここいらにいる魔物の中じゃ頭一つ飛び抜けた力を持つ。そこいらにいるモンスターよりもタチが悪い…」
「…避けますか…?」
その言葉に危機感を抱き、安全策を取ろうかとしたカイトに、「いや…」と、いつもの様に意地悪な笑みを浮かべ、
「確かにいつもなら無理に狩る必要も無いが、今回は特別だ。何より、あいつの肉は、美味い」
そういう事ならと、顔をあげ、狩る為の段取りを考えていく。
あの巨体だ。真っ正面からやりあっても勝ち目は薄い。死角から急所に矢を叩き込むか…等と考えていると、何の気配を感じたのか、ふっ…と獲物が顔をあげた。
バレたか?と肝を冷やしていると、何処かへと歩み去っていくガイラルベア。
ここで逃すのは勿体無いなと、ガゼットと二人、そっと後を追っていく。
気配を殺し二手に別れ、どこ迄いくのかと後を追い続ける事半事。
そろそろ森野はずれじゃないか?と、記憶を頼りに自身の位置を確認していると、唐突に獲物の先から「ひっ…!」と言う悲鳴の様な物が聞こえて来た。
声が聞こえて来た方に目を凝らすと、森には不似合いなドレスを着た少女が、同じく不似合いな侍女服を着た少女を庇う様に、腕を広げ、魔物の前に立ちはだかっていた。
これは…まずいだろう…ッ!
慌てて飛び出ようとするカイトを目で抑え、ガゼットが手で指示を送ってきた。
こいつの注意を俺に向ける。いくらか傷を負わせるから、とどめはお前が刺せ。
了解の合図を手で送り、腰の剣に手を当てていつでも飛び出せるように腰を落とし呼吸を整える。
失敗は許されず、一刻の猶予もない。
焦りにも似たその感情を抑え、待ったのも束の間、ガゼットがいた反対方向から矢を飛んだ!
射られた矢は真っ直ぐに飛び、狙い違わず獲物の脇へ。
一瞬やったか!?と思ったが、予想以上に皮は厚いらしく、先端が刺さるだけだったようだ。
突然の攻撃に驚き怒ったガイラルベアは、その矛先をガゼットへと向け、思い切り地を蹴った!
その勢いは凄まじく、あっという間に距離を詰めていく獲物にカイトは、驚くと同時にしまった!と慌てて駆け出した。
しかし、獲物の勢いは凄まじく、あっという間にガゼットとの距離を縮めていく。
間に合わない…ッ!
必死に走るカイトを横目にみるみる近づく獲物を前に、ガゼットがチラリとこちらを見て、意味深な笑みを浮かべた。
それと同時に、ブツブツと何事かつぶやいていたと思ったら、突然片手をあげ、まるでガイラルベアを止めるかの様に手のひらを向け、吠えた!
『フレイム!』
すると、掲げた手のひらから唐突に炎の塊が現れ、向かって来たガイラルベアの鼻面に直撃した!
いきなり現れた火球を顔面にぶつけられ、狂ったようにもがくガイラルベア。
隙ができた!今しかない!!
瞬時に判断したカイトは、腰の剣を抜き、獲物の腕の下を抜け胴の下へと抜けるやいなや、頭上にある獲物の首筋へと一直線に剣を突き立てた!
しかしそれでも即死しなかったのか、腕を振り上げカイトへと振り下ろそうとしたその瞬間、カイトの背後にいたガゼットが弓を一閃。飛び出した矢は一直線に額へと突き刺さり、それと同時に力尽きたのか、その巨体を地へと投げ出した。
*********
危なかった…
初めて遭遇した種類の獲物だったといっても、危険だった事には変わらない。ガゼットがいなければ、倒れていたのは自分の方かもしれなかった。
知らず流れていた冷や汗をぬぐい、それにしても…と後ろを振り返る。
その的確なサポートだけでも凄いのに、さっき見たアレは、確かに…
「魔法…ですか…」
「そういや初めて見せたか?まぁ、使いどころなかったしなぁ」
と、とぼけるガゼットの言葉に、はぁ…と溜息が漏れる。
魔法。
言うだけなら簡単だが、それを実際に使うのは恐ろしく難しい。
遥か昔は、大地に魔法の源となるマナが満ち溢れてはいたいたらしいが、今の時代ではほぼ枯渇し、魔法は己の体内に宿るマナを使う事でしか行使できなかったはずだ。
それを、まるでちょっと出来のいい手品を使って見せるかのごとく出し、さらにそれを当たり前の如く言う。
前から思っていたが、本当にこの人は、得体が知れない…
そんな思いをしってか知らずか、サクサクと歩を進め、狩った獲物の血抜きなどをしている様は、どこからどう見ても、むさ苦しいただの狩人でしかなかった。
ラビ=野うさぎ
ホーン=鹿
ガイラルベア=3m位の巨体を持ったクマ
って所でしょうか。
熊鍋おいしいよ熊鍋