23話 後悔先にたたず?
視点:主人公
綾君、シスコンのくせに私がどこにいるかわからないなんてダメダメじゃない。電波並みに姉の居場所キャッチしてよ……なんて我侭か。
お腹減った……綾君の手作り料理食べたい……綾君会いたい。
「お……き!……ろよ!」
誰? 私の安眠を邪魔するのは、もう少し寝かせなさいよ。
身体を揺り動かされ、寝てるわけにもいかず目を開けると、目の前には綾君……?
「うううぅ。うぅうぅ!(何だ。夢か!)」
再び目を閉じて眠る体勢に入る。監禁中はすることもなく、刺激もないためすぐに眠くなってくる。窓もなく光が入らない部屋で今が何日目かさえもわからない。
夢なら食事くらい持って来なさいよね。本当に気がきかないんだから。
――――バリバリバリッ!
「っ! 痛っ!!」
勢いよく口にくっついていたガムテープを剥がされ、あまりの痛さに悶絶する。
「おいっ! 姉貴! 大丈夫か!?」
「綾君!? 本物……!」
綾君が身体を拘束していたロープをはずしてくれる。手が自由になったと同時に綾君に抱きく。綾君はよろめきながらも抱きしめてくれる。
「ううう、怖かったよ!」
年甲斐もなく泣き続け、落ち着いたころに藤宮先生がいたことに気づく……恥ずかしいわ。
「簾穣寺……無事で良かった」
「先生!? 生きてて良かった。身体は大丈夫なんですか?」
「詳しい説明は後だ。とりあえず脱出するぞ!」
綾君に支えてもらいながら立ち上がる。久々に立ったので生まれたての小鹿のように足がプルプルする姿を、綾君と藤宮先生は心配そうに私を見ていたので、安心させるため微笑もうと前を向く。
「先生っ! 後ろ!」
藤宮先生の背後にはノリトさんが手に持ったランプを振り上げている。先生が振り返ろうとした瞬間――――ゴスッ!
鈍い音とともに先生の身体が吹っ飛ぶ。先生は壁に身体を打ちつけ苦悶の声を上げる。部屋を照らしていたランプはガシャンと床に落ち、火が木造の建物に燃え移る。
「藤宮先生!」
近寄ろうと足を動かすと、綾君が私の腕を掴んで行かせてくれない。綾君は顔を左右に降って行くなと言っている。
「藤宮、また僕の邪魔をしに来たのですか」
ノリトさんの濁った目には藤宮先生しか映っていない。
「っ! 則斗さん……俺は!―――」
「本当にあなたは下等な虫のような生命力を持っていますね。呆れ果てます。また、百合を殺したように、トワちゃんまで僕から奪うつもりでしょう!?」
「そんなことは考えていない。百合のこともあれは百合が!」
「五月蝿い、うるさい、ウルさいっ!」
ノリトさんはもう一方の手に持った物を目の前に出す。
「ふふふ、トワちゃんは近づかないで下さいね。怪我しますよ」
火が地下室全体に燃え移り、部屋が明るくなるとノリトさんの手に持っているものが日本刀だとわかる。鞘を床に投げ捨て、先生に切っ先を向ける。
「もう絶対に渡さない!」
「ノ、ノリトさん。やめて!」
目を覚ましてと願いを込めながら、震える声でノリトさんの名を呼ぶ。ノリトさんは優しく笑いかけてくれる。
「藤宮を殺したら、すぐに一緒に逃げましょう。……綾くんも邪魔ですね。ここで殺していきましょう。君を傷つけたりしませんから、ダイジョウブですよ」
「弟っ! 今だ!!」
ノリトさんが私に気をとられている隙に、藤宮先生の合図で姿勢を低くした綾君が、ノリトさんのわき腹に肘鉄をいれる。衝撃で日本刀を落とし、カラリと金属が落ちた音が聞こえた。落ちた日本刀を藤宮先生が拾いノリトさんに突きつける。
「ぐうっっ!」
呻いたノリトさんは脇腹を押さえ、綾君ではなく藤宮先生を憎そうに、睨む。藤宮先生は、顔色も真っ青で体調が悪そうだったが、気力で必死に向き合っていた。
「姉貴、早く。逃げろ!」
「でも藤宮先生が!」
「わかってるから」
それだけ言うと、綾君は藤宮先生に近づき日本刀を奪う。
「弟、何をする!?」
「貸せってーの怪我人は足手まといだ。姉貴、先公連れて上へ行け! ノリ兄……こいつは俺が見ておく」
藤宮先生は、驚いた顔をして弱く反抗したが、私の手も振り払えないようで、すぐに諦めおとなしくなる。
「綾君も一緒に!!」
綾君よりノリトさんのほうが力が強い。刀が合っても、安心はできない。
――――もし、綾君に何かあったら……
「姉貴も先公も足手まといだ! 梯子が焼け落ちる前に早く行けって!」
綾君の言うことは正しい。何もできない私と、具合が悪そうな藤宮先生では分が悪い。残りたい気持ちをぐっと我慢して、藤宮先生の手を引く。
「藤宮先生行きましょう」
「簾穣寺、しかしっ……」
渋る藤宮先生の手を引き、梯子を上る。
「綾君、絶対に戻ってきて、死ぬんじゃないわよ」
「ったりめーだ。馬鹿姉貴……」
先生に肩を貸し、無事外に脱出できた私と先生は燃える家を眺める。綾君が帰ってこないんじゃないかと不吉なことばかり考えてしまう。
「綾君……」
「やっぱり俺が見てくる……うっ」
「藤宮先生! 血が!?」
そうとう無理をしていたらしく、先生は立つこともできない。服は真っ赤に染まり出血の酷さが素人でもわかる。
「これくらいどーってことねぇ。お前は救急車と消防車を呼べ」
藤宮先生に携帯を借り、救急と消防に電話をする。数分もしないうちに救急車と消防車が来て鎮火と先生の手当てをしてくれる。消防隊員の人が綾君を担いで出てくる。
「綾君! 綾君!」
綾君はぐったりしていたが、意識はしっかりとあった。
「………あね…き」
「綾君、良かった! 生きてたっ」
「……勝手に…死んだことにするなよ……」
いつもの綾君に安心して、身体から力が抜ける。
「ノリトさんは?」
「……わかんねぇ」
「そう」
その後、救急車に運ばれ病院に来た。綾君は全身の火傷は軽度だったが、念のため数日入院することになった。私は付き添いで一緒に病室に泊まっている。
家で燃えたのはノリトさんの部屋と地下室だけでほとんど無事だった。ノリトさんの遺体も見つからず。まるで、ノリトさんはどこにもいなかったんじゃないと思えるほど、ノリトさんに関するものが消えてしまった。
今後はどうなるんだろう。不安を抱えながらも病室にお見舞いで貰った花を生けていると綾君が真剣な表情で考え込んでいる。
「どうしたの? 綾君?」
「俺さ、死にそうになって考えたんだ……」
「何を?」
「俺、姉貴が-―-―トワが好きだ」
驚いて一瞬思考が止まってしまう。……でも、よく考えたら兄弟としてだよね。
「もう、綾君がお姉ちゃん(わたし)のこと好きなのは昔からでしょ? 知ってるわよ」
「違う! そんなんじゃなくて俺は―――」
「失礼します。」
綾君の言葉を遮って病室に入ってきたのは可憐ちゃんだった。
「あの……お邪魔でしたか?」
首を傾げて戸惑った表情で聞いてくる可憐ちゃんに、できるだけ動揺がつたわらなように話す。
「大丈夫よ。可憐ちゃんはどうしてここに?」
「あのトワさんの弟さんが入院したって聞いて、お見舞いに……余計なお世話ですよね。すみません」
「そんなことないわ。ありがとう、ここにいるのが弟の綾よ」
「……どうも」
綾君は、機嫌が悪く。返事もそっけない。今度は、彩君に可憐ちゃんを紹介する。
「はじめまして、災難でしたね。お家が火事なんて……あの私、お見舞いを持ってきたんです。よかったら」
可憐ちゃんが差し出したのは、女の子らしい可愛いラッピング。中には、マフィンが入っていた。
「バナナを練りこんだ、マフィンなんです。お口に合うといいんですけど」
綾君がなかなかマフィンを食べないので、可憐ちゃんが悲しそうな表情をする。
可憐ちゃんが可哀想じゃない! 私が食べちゃえ!
マフィンを口に入れると、バナナの風味とほどよい甘さ。
「美味しい!」
もう一口食べようと、動かした手は私の意思に反して斜め後ろにいく。顔だけ後ろを振り向くと藤宮先生が、私の腕を引っ張って食べかけマフィンにかじりつく。
「うまいな」
「先生!? どうしてここに?」
「隣の病室にいるのに、お前がお見舞いに来ないから迎えにきた」
「はあ? 頭でも打ったんですか」
「お前、病人に冷たいな」
「先生、知ってます?病人は病室から抜け出してふらふら歩かないんですよ」
いつもとかわらない先生にほっとする。視線を感じて目を向けると、綾君と可憐ちゃんがじっと私と先生を見ていた。
「トワさんは……と仲がいいんですね……い」
「え?」
可憐ちゃんがぼそっと話した言葉は、私の耳には届くことはなった。
先生は病室に帰り、彩君と二人になるのは気まずくて可憐ちゃんを送ろうと廊下に出る。
「トワさん、私病院の屋上に行ってみたいんですけど…」
帰り際だった可憐ちゃんのお願いを快諾し、夜の病院屋上に行く。時間も時間だけに、少し肌寒く誰も人がいなかった。空を見上げれば優しく光る満月に小さく息をはく。
ドンッ―――後ろからぶつかられた衝撃を感じ、振り返る。
可憐ちゃんが転んだのかと思い、振り返る。可憐ちゃんは、なぜかにっこり天使のような微笑でいる。手には血で濡れた包丁を持っている。
可憐ちゃんの笑顔誰かに似てる?……というか血? 誰の!?
背中に手を這わせると生暖かいねっとりとした液体で濡れている。
「私の血……」
出血に気づくと腹の辺りが痛いというより、じわじわと熱くなる。
「ねえ、貴女はあの人に近づき過ぎたの。関らなければ、こんなことしなかったのに」
「あの人?」
言われて浮かんでくるのは、綾君の姿しかない。
「そろそろ、いいでしょ? 私に……返して、トワさん」
本物の主人公!? 確かめようと口を開くが意識が朦朧として喋れない。自分の血だまりにしゃがみ込む。
――――私、死んじゃうのかな?
頭に浮かんでくるのは、綾君の怒った顔、笑った顔、困った顔様々な記憶にある表情が浮かぶ。そこでやっと気づいた。
――――私、綾君が好きだったんだ…離れたくなかった、死にたくない
もうどうにもできないと心の中の冷めた部分が告げてくる。もう一度、目を開こうと身体に力をいれるがわずかにも動かない。
――――綾君に私も好きって言えば良かったな……
耳を澄ますとわずかに音が聞こえる音。小さな音だったがだんだん大きくなり耳が痛くなるほど聞こえる。
明確に聞こえる音は、誰かの声ではなく、機械的な警報音だった。不安を煽る無機質な警報音は鳴り止むことはない。
戸惑っている私に追い討ちを掛けるように一面真っ白だった視界に真っ赤な文字が浮かび上がる。
“error”
“error”
“error”
――――何、これ? 嫌っ! 綾君助けて!
何も理解できないまま目の前の文字が霞み始め、意識を失う直前にかすかに人の声が聞こえた気がしたが、混乱する頭には何を言っているのかはわからなかった。
「 」