17話 爽やかな部活と……え!?
今日も学校が終わり、帰り支度をしてると、隣の席に座る可憐ちゃんに声を掛けられる。
「トワさん、このあと空いてますか?」
「えっと、どうしたの? 可憐ちゃん」
「実は……放課後には大谷先輩の部活をしている所を見学したくて、トワちゃんに一緒に行って欲しいのです」
あの爽やか美青年の先輩の所に……
迷ったが可愛い可憐ちゃんのお願いに、断ることはできずに首を自然に縦に振った。
「ありがとうございます。さっそく野球部のいるグラウンドに行きましょう」
ふわりと笑った可憐ちゃんに手を引かれて早足で歩く。学校の単調な廊下の角を2回曲がった所で可憐ちゃんの足が急に止まり、後ろにいた私も慌てて止まった。
「可憐ちゃん?」
声を掛けても反応がなく、可憐ちゃんの視線の先を追う。
そこには、2人の男子生徒がいた。1人は柄の悪そうな3年の先輩で、もう1人は眼鏡を掛けた小さな男子生徒。床には大量のプリントが散らばっている。聞こえてきた話し声で、柄の悪い3年生が眼鏡の生徒に一方的に絡んでいるようだ。
「てめえ、ふざけんなよ! 俺にぶつかっておいて、ただで済むと思うなよ!」
「す、す、すみません! 僕の不注意で……」
「すまねえと思ってんなら土下座でもなんでもしろよ! このボケ眼鏡がっ!」
……こいつは、どこのヤクザか不良だ。呆れを通り越して、もはやどうでもよくなる。
「うぅ、ほ、本当にす、すみませ……」
眼鏡の生徒は今にも泣きそうにしながら謝り、土下座をしようとする。その姿をみると流石に止めて上げるのが人情かと、2人の男子生徒の間に立つ。
「あら、何をなさっているのかしら? 喧嘩でしたら先生をお呼びしましょうか?」
声を掛けると、柄の悪い3年はプリントを踏みつけ、すぐにいなくなった。残る眼鏡君に、視線を向けるとおもいっきり横に顔ごと目をそらされた。眼鏡で表情は見えずらいが、耳が真っ赤になっている。眼鏡君は、近くで見ると意外に背が高い。背中を丸めて、下を向いているせいで小さく見えていたようだ。
何故かフリーズした眼鏡君を不思議に思いながらも、可憐ちゃんに協力してもらいプリントを全て拾った。そして、再び、眼鏡君に話しかける。
「大丈夫?」
眼鏡君はビクッとした後に、プリントをぎこちない手つきで受け取る。
「れ、れ、れ、簾穣寺さん!!」
「はい、何かしら?」
「す、す、すみませんでした!」
眼鏡君は、ダッシュでいなくなった。
何に対して謝っていたのだろう?
考えていると、可憐ちゃんが隣にきて、可愛く首をかしげる。
「トワさん、どうしたのですか?」
「最近の若い子って難しいわね……」
「ふふ、トワさんだって十分若いのに変なの」
そういえば、若返っていたんだっけと他人事のように考える自分がいることにぞっとする。
――――早く元の世界に帰らなくてはいけないわ
グラウンドに着くと野球部の練習が目に入る。しかし、肝心の大谷先輩の姿はなかった。
がっくりしている可憐ちゃんを慰め、帰ろうとグラウンドに背を向け帰ろうとすると、走ってくる背の高い爽やか美形男子学生の姿があった。
大谷先輩は、可憐ちゃんと私に気がつくと、目の前で止まった。
「えっと、君たちはこの前の……とーちゃんと、かーちゃん?」
「先輩……何ですか! そのネーミングセンスは!? とーちゃんと、かーちゃんってなんか親みたいだから!」
「え? トワちゃんはとーちゃんで、可憐ちゃんはかーちゃんのほうがわかりやすいだろ」
「それ以前の問題よ……」
爽やかに笑っているこの男を殴りたいと思った。大谷先輩の発言に時々、イラッとくるのは私だけ?
大谷先輩は、同級生らしき野球部員に呼ばれる。
「おーい、大谷! 遅ぇよ! 女口説いてんなよ!」
「そんなんじゃねえっての!」
「じゃあ何してたんだよ?」
「……さっきまで寝てた」
「しょうがねえ奴だな! 速く来い!」
「了解! 2人ともゆっくりしていけよ」
大谷先輩は、爽やかな笑顔と言葉を残してグラウンドに向かった。
……
………
……………
見学をしてわかったこと、大谷先輩は部活をしているほうが、格好よかった。時間を忘れて部活が終わるまで野球を見入っていたら、空は暗くなっていた。大谷先輩が近づいて来る。
「2人ともまだいたのか? もう暗いし送って行くぜ」
「あら、そう? 私は大丈夫だから、可憐ちゃんを送って行ってくれる?」
なんたって可憐ちゃんは一度、変態に襲われかけたのだ。絶対に守って欲しい。
「とーちゃんだって危ないのは同じだろ。 2人とも絶対に送るから行くぞ」
可憐ちゃんの家のほうが近いから1番に寄った。その後、2人で無言のまま歩く。沈黙が気まずいので大谷先輩に話しかけてみる。
「部活している大谷先輩は格好よかったわ」
「そっか……俺に惚れた?」
「いいえ」
反射的に答えた。
「ははは、真顔で即答って、とーちゃんは厳しいな」
会話しながら歩いていると、ふっと大谷先輩の顔が曇る。
「……先輩?」
「とーちゃん……あのさ、なんか後ろからつけられてる」
「えっ!」
「しかも、複数で」
「ど、どうしましょう?」
集団でストーカーとか怖すぎ! 私は心の中で絶賛パニック中になる。
「う~んと、ヤっちゃおうか?」
爽やかに不吉なことを言う大谷先輩は、これまた爽やかに笑った。
「大谷先輩! ここは穏便に逃げましょう! って聞いてないしぃ!」
大谷先輩は、もう複数の人間と向き合って喧嘩を始めている。相手は殴り合いというより一方的に大谷先輩が殴りまくっている。
「ははは、弱いくせに、俺に楯突くとか笑える」
「なんだと! お前なんかではトワ様につり合わない、消えろ!」
「お前がな」
バキッ!――――大きな鈍い音がして、知らない男が倒れる。
振り返った大谷先輩は先程と変わらない爽やかな笑顔だった。
「とーちゃん、俺強かったでしょ?」
怖い、怖い、怖い――――平然と何もなかったかのように話す、大谷先輩にノリトさんに近いものを感じる。
「ぇ……ええ、そうね」
「でも今日のことは内緒だよ、俺と君だけのね」
「で、でも……この倒れている人達が話すかもしれないわ」
「ははは、それこそ大丈夫。この屑達の言葉なんか誰も信用しないから」
「……」
「とーちゃん、何か困ったことがあったいつでも俺に相談しろよ」
「ど、うし……」
恐怖で口内が乾いて、言葉がうまく出せない。
「う~んと、何?」
「どうして……私に、優しくしてくれるの?」
「俺はね、弱い者の味方だから」
「私は、弱くなんか、ない!」
必死で言葉を紡ぐ。そんな私に、大谷先輩は近づいて来て、目を合わせ凝視している。
「君は弱いよ。知らないのかな? 君はいつも、誰よりも怯えた目で世界を見ている」
にっこりと大谷先輩は優しく微笑む。
「俺と一緒だ」
意味がわからなかった。こんなに喧嘩が強い人と身を守る術がない私、どこが同じなのだろう?
比較的にまともだと思っていた大谷先輩は、全くまともではなかった。
本当に狂っているこの世界――――