16話 命の危機?家があぁぁ!?
「ふふふふ~ん」
私は今、某ヒロインのように午前中から、シャワーを浴びている。ピチピチの若いお肌は洗いがいがあっていいわ。機嫌が良くなって鼻歌が出てしまった。もちろん覗きなんていない……はず。
身体を洗い終わり、脱衣所で服を着る……って、この服何!?
見ると、用意しておいたパジャマはなく、白い襦袢が置いてある。こんなもの置いた覚えはない。綾君は、こんなことしない。残るは……
「ノリトさん! どこですか!? パジャマを返して下さい!」
とりあえず襦袢を着て、走ろうと身体を動かすと、ふらっとして目が霞んだ。どうやら、貧弱なこの身体はシャワーを浴びただけで、のぼせて立ちくらみをしたらしい。脱衣所の壁に手をつく。
カチッと鳴る音がした後、黒い物体がシュッっと勢いよく、目の前に出てきた。
「はぎゃ!!」
見ると壁から槍が突き出している。
……なんで、槍が壁から飛び出してくるのよ! 先端は鉄製の槍は、とても鋭く、落ち着いてみてからも肝がヒヤッとした。
この家は、ただのボロ平屋じゃないの? というか、乙女ゲーム枠越えて、ファンタジーに入ってない!?
対策しようと思っても、綾君にこの家のこと聞いたら、本当の姉じゃないって、ばれるから聞けないし……もしかしたら、変な死亡フラグが立っているのかもしれない。とりあえず、LOVE度を確認しとかないと!
綾君の部屋の前に来て、綾君が居ませんようにと祈ってからノックをしてみる。
「あ? 誰だよ」
くっ! 居たのか、KYな弟め……どうしようかと、これからの展開を考えていると、綾君が目に入る。出て来た綾君は、私を見て時間が止まったように動きを止める。
「え? 綾君、どうしたの?」
「……エロ……」
ボソッと綾君が呟く。
「へ? 綾君、よく聞こえなかったよ。もう1回言って……って、おーい! 戻って来てよ」
綾君は聞こえてない様子で、まだ動かないので、顔の前で手を振ってみる。
「はっ! ど、どうして、そんな格好してんだよ!」
「そんな格好って……あ、この襦袢のこと? 似合う?」
「わ、悪くはねぇけど、そのぺちゃんこな胸じゃ、話になんねぇーな」
「なんですって!?」
「ぺちゃんこって言ったんだよ」
ぬぬぬ! 禁句を言ってしまったわね! 地味に傷つくのよ……仕返ししてやる。
「…………綾君……ヨンクスの『DXモンブランパフェ・チョコレートがけシェフの気紛れ盛り』が、食べたい……買って来てくれる?」
「はぁ? ヨンクスって家から、2時間もするとこにあるコンビニだろ? なんで俺が……」
もう1度、じと目を加えて言う。
「……DXモンブ――――
「だあぁぁ! わかった、買ってくるから。大人しくしてろよ!」
甘いわね、綾君!
コンビニに行く綾君を見送ってから、隙あり! と部屋に侵入する。
ベッドの下から“あのノート”を取り出して見る。
藤宮 恭 殺殺殺殺
蒼井 則斗 殺殺殺殺殺殺殺
大谷 拓真 殺
何度見ても怖いわね……というか、ノリトさんのLOVE度が上がりすぎている! ヤバイわ!
ここはもう、安パイ狙いで藤宮先生か、大谷先輩とくっつくしかないの? いや、大谷先輩が、ちょっとゲームの時の性格と違ったから、危険な気がする。
この先どうなるんだっけ?
僅かに戻ってきた、あやふやな記憶を掻き集めて考える。
ノリトさんは本当の意味で食べられちゃうルートあるのは絶対よね。藤宮先生はなんだったかな? 俺様な性格で世界征服的なことをやらかしていた気がする。大谷先輩は、監禁?……
自分の命は大切だけど、監禁されてまで、生かされるのも嫌だし。自分が幸せだからって、他人が不幸になっても良いなんて思えない。
殺したいくらい好きだとかとか、自分だけのものにしたいから監禁するとか、好きな人のために周りを犠牲にするなんて、このゲームの登場人物は本当に歪んでいる。
でも、現実の人間よりも、人間らしい気もする。今は、何故そう思うのかもわからないが、そのうち分かる時が来るかもしれない。
考えすぎて、気持ちが暗くなる……あれ? Dearって攻略対象キャラクターは3人だけ?
「少な過ぎるわよね……」
まだ出てきてないキャラクターもいるはずだし、その人が比較的に、まともであることを祈るしかない。
「とりあえず、ノリトさん以外の人と関わってみようかな……」
気付くと、綾君へ買い物を頼んで2時間が経とうとしている。鉢合わせないように、部屋を出て廊下を歩いていると、声が聞こえる。
「姉貴、帰ったぞ!」
「綾君、お帰りなさい」
綾君を出迎え、頼んだものをもらって、食べるために居間へ移動する。綾君は、部屋に戻って行った。
「美味しい! 蕩けちゃうわ! 頭を使った後は、これよね!」
のんびり、テレビを見ながら食べると、綾君が走って居間に来る。
だから、そんなに走ったらボロい床の板が抜けちゃうよ!
「おい! 姉貴、俺の部屋に入ったか!?」
ドキッ!
ば、ば、ばれたあぁぁぁ! どうしよう……
本当のこと言ったら――――
『綾君の部屋に入ったわ』
『どうしてだ』
『……は、入ってみたかっただけよ』
『机の引き出しは見たのか?』
『し、し、知らんぜよ』
『『…………』』
『ふ~ん、姉貴は昔から嘘が下手だな……見たんだな』
ぐはっ! これは、ばれてしまう確立高いわ!
「姉貴! 入ったのか?」
走ってきた時より落ち着いた綾君は、私の目をまっすぐ見て、聞いてくる。
「入ってないわ。綾君の部屋なんて、これっぽっちも興味ないもの」
「…………」
私の言葉を聞いた綾君は、シュンとして、見えない尻尾が垂れ下がった気がする。
やっちゃった! 気まずいわ!
誤魔かすように、綾君に話しかける。
「どうして、そんなこと聞いてきたの?」
「…………俺の部屋にこんな本が置いてあって……」
綾君の手から本を受け取って見る。その本は――――
エロ本やないか!?
はっ! 驚いて大阪弁になってしまったわ。 綾君の部屋を捜索した時は、1冊も見つけられなかったのに!
「……これ、綾君のでしょ?」
「ばっ! 違ぇよ!」
綾君が、おろおろとして視線を彷徨わせる。
落つついて考えてみると……姉が弟の部屋にエロ本を置くとか、絶対無い! むしろ、疑うほうがおかしい。私がやってないなら、こんなことするのは――――
「ノリトさんが置いたんじゃない?」
「は? ノリ兄がなんで?」
「知らないわよ。後で本人に聞きなさい」
疲れたあぁ! パフェを食べるのを再開する。
「う~、やっぱり美味しい!」
「おい、姉貴。チョコが口の周りについてる」
「ここ?」
言われた場所を拭く。
「馬鹿、違ぇよ……ったく、しょうがねぇな」
そう言って、綾君は少し笑ってティッシュでごしごしと口の周りを拭いてくれる。
うぅ、照れるわ。それを誤魔化すように話す。
「ありがとう……綾君も食べる?」
「はっ? 何言ってんだよ!?」
「綾君が買ってきてくれたし、御礼だよ。ほら、あーん」
最初はうろたえていた綾君も、暫くして諦めたのか口を開く。スプーンを口に入れようと、手を動かすと――――
ドッカーーーン!! という衝撃音と地震のような揺れが起こった。
「何事!?」
驚いてスプーンを畳に落とし、慌てて右往左往とする私と、スプーンをじっと見ているが、落ち着いている綾君。
そんなに、パフェが食べたかったの? と思っていると、綾君が話し出す。
「多分、“あれ”だな」
「あれって何よ?」
「子供の時にも何回かあったろ?」
その過去を知っているの、私じゃないですから、本気で知りませんから!
綾君の後ろについて、音のしたほうに行く。綾君は、誰も使ってない部屋に入って行った。その部屋は、畳だけあって、家具も何もなかった部屋だったはずだ。
部屋の中に入って目に入ったのは……階段?
地下に続く階段が、その部屋にはあった。前に見た時には、絶対になかった、この危険スポットは。綾君は、迷わず地下に入って行く。私も、恐る恐る軋む木の階段を降りる。
地下は埃っぽいが、広い。下にいたのは――――
「やっぱり、ノリ兄か!」
「どうしてこんな所に、ノリトさんがいるんですか?」
「トワちゃんに綾くんじゃないですか。いや~、この家が面白いので探索していました」
ニコニコと楽しそうに言うノリトさん。
いやいや! 槍が出てきたり、変な地下が出てきたりする家のどこが楽しいのよ!? 毎日、命の危機じゃないの!
心の中で、つっこんでいると、綾くんが話しだす。
「この家は、俺たちの何代か知らねぇが先祖が、建てたカラクリ屋敷なんだ。何とかっていう神仏の像を守るために、いろいろ細工してあるんだよ」
このボロ平屋が!?
「普通に生活していて、命の危機を感じるなんて嫌よ! 建て替えないの?」
「姉貴、忘れたのか? 建て替えようとして、下見に来た業者が数人、犠牲になって逃げてっただろ?」
知らないわよ!
「僕は好きですけど」
聞いてないわ、ノリトさん!
「この家の事はいいとして。ノリ兄! 俺の部屋に、この本を置いていったろ!?」
本を片手に、ノリトさんに詰め寄る綾君。
「ああ! その本を置いたのは僕です。どうでしたか?」
「見てねぇよ! なんでこんな本を置いたんだよ!」
ノリトさんは、一瞬だけ目を私の方へ向けた。笑顔のままだったが、雰囲気が氷のように冷たく、部屋の温度が下がった気がする。
「僕は、そろそろ綾くんに“姉離れ”をしてほしいんです」
「はぁ? な、な、何を言ってるんだよ!」
綾君は、顔を赤くして、挙動不審になる。
「姉弟は、いつまでも一緒には居られないんですよ」
ノリトさんの言葉は、綾君に向けられているような、私に向けられているような、不思議で空虚な響きをもっていた。
綾君は赤かった顔を青くして、手をギュッと握り締める。少し間が開いた後に、ボソッと声をだした。
「…………わかってる」
ノリトさんにも、その声が聞こえたのか、笑顔を柔らかいものに変わる。
「理解してもらえて、良かったです」
それだけ言うと、ノリトさんは階段を上っていった。
私も、綾君にかける言葉が見つからず、部屋に戻った。
窓からは橙色の光が入ってくるのを見てだいぶ時間が経ったことに気付く。もやもやした気持ちを感じながら1日が終わった。
どうしてこの世界は、現実より息苦しいのかな?