13話 美人神主と私が巫女!?
意識が浮上してくるのが、ぼんやりわかる。カーテン越しに朝の光を受け、布団で寝返りをうつ。この、うとうとしている時が、一番幸せよね。今日は休日だから、私の安眠を邪魔する人は誰もいない。再び襲ってきた睡魔に身をゆだねる。それから数分経ったかもわからないうちに悪夢を見た。
く、くるしい。重いぃ……悪霊にでも取り付かれたのかしら?
お腹に人が乗っているみたいだ。ギュウギュウとお腹が、締め付けられる痛みが強くなる。耐えられなくなった私は、目を開いて、がばっと上半身を起き上げ、状況を把握する。
「……ちょっと! 痛い、痛いわ! どいて下さい! ノリトさん!」
目の前には、私の腰に、渾身の力で抱きついて――締め付けている神主服を着たノリトさんがいた。ノリトさんは顔も、私のお腹にうずめて、子供みたいだ。この力が強くなければ。
「ノリトさん!……内臓が……出ちゃう、出ちゃうわ!」
「トワちゃん、トワちゃん!」
私がぐったりした頃に、やっと解放してくれる。瀕死ってこうことなのね、と悟りを開いていると、ノリトさんが私の両手を持ち、顔を近づけてくる。いつもの笑顔がない、相当に焦っているみたいだ。
「トワちゃんにお願いがあるのですけど、いいですか?」
「わ、私にできることなら……」
あまりの迫力に頷く――――なんで、頷いちゃったの!私のお馬鹿!
「これを着て欲しいんです!」
ノリトさんは、ゴソゴソと懐から巫女服を取り出す。無理やり持たされた服は、
生暖かかった。
もう、そんな所から出さないで、全然、嬉しくないから! 微妙すぎて、ぞわっとしちゃったわよ!
「何で巫女服なんて、着ないといけないんですか!?」
「そ、それが、参拝者が多すぎて、僕1人だけでは、どうにもならないんです!」
「はあ!? あのボロ神社に参拝者って、どうしてですか? ご利益をくれるどころか、逆にもってかれそうな勢いの神社じゃないですか!」
「僕にもよくわからなくて、朝の掃除に行ったときには、わらわらと、もう沢山いたんです! 助けと下さい、トワさん!!」
そんなG様がでたように言うのは、どうかと思うわ――――
「む、無理ですから」
私が巫女服を着て行ったところで、どうにかなるとは思えない。むしろ、混乱させる自信がある。それに、そんなイベントに首を突っ込みたくないというのが本音だ。
「そうですか……どうしても無理だというなら……」
ノリトさんは、いきなり雰囲気が変わる。いつもの腹黒そうで、何かを企んでいる笑顔に変わる。私は、後ずさりしながら聞く。
「む、無理だというなら?」
「この体操着、ブルマセットを着てください!」
なんで、その2択なのよ!? 絶対に嫌! 絶対に着たくない!
「巫女服はわかるけど、なんの関係があって体操着なんて着る必要があるのよ!」
「僕が元気になります!」
その言葉を聞いた私は、ため息を吐いて脱力する。結局、神社を手伝うことになってしまった。
なれない巫女服を、時間をかけて着る。鏡で見た自分は、イギリス人の父親の血が流れている、この外人顔な美少女の姿と、巫女服は、違和感がありまくりだった。
コスプレにしかみえないわ。
準備が終わり、ノリトさんと家の外に出る。外は、境内を埋め尽くさんばかりの人がいた。とくに女の人達が多い。私と一緒に出たノリトさんを、アイドルのように目を輝かせて見ている。この人達はノリトさん目当てだ、ということは一発でわかった。
巻き込まれ損よね……
女の人達は、ノリトさんの隣に立つ私を睨みつけている。数少ない男の人達は、顔を赤くさせている。
あんまり見ていると、観覧料とるわよ!
そう言ってしまいたい。我慢、我慢よ! ノリトさんは、私を引っ張っていく、人の山が綺麗に左右に分かれて道ができる。連れてこられた場所は、売店のような所だった。
「トワちゃんは、ここでお守り、絵馬、破魔矢、お札などを売ってください」
私が了解する前に、ノリトさんは小走りで、どこかに行った。それからは、最初は勝手がわからず、おろおろと対応していたが、仕事をしていたときの勘を取り戻すと、難なく対応ができた。
お昼を過ぎる頃になると、人の数が落ち着いてくる。しかし、私に息つく暇はなく、売店は男性客が殺到していた。迷惑なことに私に熱狂的なファンができてしまったらしい。客が物を買うごとに握手を求められる。
私は、どこのアイドルよ!?
頭が、プッツンする直前に、ノリトさんが売店に入ってくる。話しかけたいが、男性客の相手をする。
「あ、あのお守りと絵馬下さい!」
「お守りと絵馬を合わせて880円です」
代金をもらった後に、握手を求められる。手を出そうとすると、ノリトさんが、私の隣に来て、休憩をするように言った。その後に、男性客と話し出す。
「お客さん、今なら破魔矢が、安いですよ。いかがですか?」
男性客は、美人なノリトさんが笑顔で、押し売りをしているのに気付かず、逆に顔を赤くして嬉しそうにしている。鼻の下も伸びきっている。
男性客さん、気付いていますか? ノリトさんは男ですよ!? 知らないほうが、幸せってこともあるし……放っておこう。
「それじゃあ、矢を1本下さい!」
「ありがとうございます。破魔矢は、後日に送りますので、住所を教えて下さい」
「は、はい。郵送ですか?」
「いえ、直接、――あの世に――お届けいたします」
「へ?」
「なんでもありません。素早く確実に送りますから、心配しないで下さい」
さっき普通に、“あの世に”って言わなかった!? 素早く確実に送るとか、怖すぎますよ、ノリトさん!?
ノリトさんは笑顔で男性客を丸め込んだ。その様子に不穏な空気を感じ取った他の客も、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。売店には、ノリトさんと私の2人だけが残る。突然、ノリトさんが話し出す。
「はあ、駄目ですよね……」
「な、何がですか?」
ノリトさんは意味深発言が多すぎて、どのことを言っているのかわからないわ!
「トワちゃんに僕以外の男性が、近づいているのを見るとイライラしてくるんです」
何と言葉を返していいのか分からずに黙る。気まずくなる雰囲気の中、ふっと頭に重みを感じた。ノリトさんが、私の頭を優しく撫でてくれている。
「トワちゃん、今日は本当にありがとうございました」
「あっ、別に大丈夫ですよ。困った時はお互い様ですから、いつでも言って下さい」
どこまで社交辞令が得意な日本人なんだ、自分! 言ってしまった言葉に後悔する。 ノリトさん、空気を読んで、正確に遠慮して! と思うが、伝わらなかったようだ。ノリトさんは、それじゃあ、あと1つだけと言って、言葉を続ける。
「トワちゃんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
笑顔で朝と同じ言葉を繰り返すノリトさんに、デジャブというより、違和感を覚える。笑顔が腹黒いわけではない、心が入っていないというか元気がない、空っぽな感じだった。
「私にできることならいいですけど……なんですか?」
「ありがとうございます。明日、赤岡というお寺で、お墓参りに行って欲しいんです」
「お墓参りなら、ノリトさんが行ったほうがいいんじゃないですか?」
「はい、本当なら、僕が行かなきゃ行けないんですけど、どうにもお寺の坊主に嫌われていて、行くとほうきを振り回されて、すぐに追い出されてしまうんです」
「へ? 何で、ですか?」
首を傾げながら聞く。
「最近、ここの神社が人気なのが気に入らないらしくて……困ったものです」
「そうなんですか。……すいません。このボロ神社に来てもらったばっかりに、お墓参りに行けなくなるなんて」
「謝らないで下さい。僕がここに来ることを、選んだんです。今だって、後悔していません。可愛いトワちゃんの、傍にいられるのですからね」
うっ、さっきから口説き文句が多すぎですから! 対応に困るからやめてよ!
「……それで、誰のお墓参りに行けば、いいんですか?」
「蒼井 百合――僕の妹です」
一瞬、時が止まった。その女の人は知っている。ゲームでも名前が出てきた。故人でありながら、今後に大きな影響を与える特別な人。
「妹さんのお墓参りなら、ますますノリトさんが行ったほうがいいじゃないですか!」
行くといったら危険度の高い、ノリトさんルートが濃厚になってしまう。でも、断ったら別の死亡ルートがでてくるはずだ。
「明日も休日で、参拝客が多いと思いますかから、神社からは離れられません。命日に、どうしても、花だけは供えたいんです。お願いします」
決め手は、ノリトさんの真剣な言葉だった。私は覚悟を決めて頷く。もう、どうにでもなれという気持ちだ。
どっちも危ないなら、進むしかないわ!
こうして、私はノリトさんの、妹さんの所へお墓参りに行くことになった。