12話 ホスト教師!回避できない!テスト返却!?
私は昨日、重大なことを忘れていた。
「藤宮先生の呼び出しを、ころっと忘れて帰ってしまうなんて! 私の馬鹿!」
学校に来て、教室の席に着いてから思い出したのだ。素早く時間割を確認すると、今日は藤宮先生の数学はなかった。安心して息をついた。できるだけ、怒らせないように作戦をたてなくちゃならないわ!
素直に謝ったところで許してくれるかしら?――――
『藤宮先生! ごめんなさい! うっかり忘れて帰っちゃいました!』
『そうなのか、じゃあしょうがねぇな!』
『そうですよね!』
『はははは』『ふふふふ』
こんなことになるわけ絶対ない!むしろ――
『藤宮先生! ごめんなさい! うっかり忘れて帰っちゃいました……』
『お前は、よほど、俺様の罰が受けたいようなだな?あ゛ぁ?』
『お許しを! お代官様!』
『俺様は教師だ! 今度という今度は許さねぇぞ!――』
『あれ、藤宮先生? 何処に行くんですか?』
『お前の、この壮絶に悪い点数のテストを、掲示板へ貼ってくる』
『そんな待って! あぁ! 行っちゃった。藤宮――』
勢いあまって声がでる。
「――先生の鬼! 悪魔! ドS!」
「ほぉ~、誰がだ?」
「そりゃあ、藤宮先生に決まって……!」
目の前には、笑顔を浮かべた藤宮先生がいた。どうしてここに!? 私は、ビシリと氷のように固まる。
「お前、強制連行!」
「いやあぁぁぁぁ!」
必死の抵抗もむなしく。藤宮先生にずるずる引きずられ、連行された。どこかの部屋に入ってすぐに、煙草の臭いが鼻につく。キョロキョロと見回すと、灰皿に煙草の吸殻が山のように盛られ、プリントや教科書が、うず高く積まれた部屋であることがわかる。
「藤宮先生ここはどこですか?」
「見りゃあ、分かるだろう。数学準備室だ」
どこが!? どうやっても、ただの汚い部屋にしか見えない!
「ほ、他の先生は?」
「なんか知らねぇけど、“この部屋は耐えられない”とかで違う場所にいるぞ」
この俺様教師のことだ、他の数学教師の掃除を促す再三の注意を無視して、この自分だけの城を作り上げたのだろう。他の先生達の苦労が目に浮かび、同情していると、藤宮先生に話しかけられる。
「で? 連れて来られた理由は分かってんだろうな?」
「せ、せ、先生! 私は授業がありますので、失礼します!」
身を翻し、扉に向かって歩く。扉に手をかけて、力をこめる。
ガチャ、ガチャ、ガチャ!…………開かないですって!?
後ろから、藤宮先生が無言で近づく足音がする。振り返って、後ずさりすると、すぐに背中が扉にあたる。扉と先生に挟まれた。左右にさり気なく動こうとした瞬間に、先生の両手にガードされ、身動きが取れなくなる。先生は、私の耳に、顔を近づけてくる。
「俺様がお前を、簡単に逃がすと思ったのか? よく分かってないようだから教えるが、今は放課後だ。誰も来ないぞ」
ひいぃぃぃぃ! ヤられる! お父さん、お母さん、先に逝く娘を許して!
「殺すなら、痛くしないで! 一瞬でお願いします!」
「…………ばぁか、何を勘違いしてるか知らねぇがな。俺様がこれからするのは説教だ」
「へ?」
思ってもいなかった言葉に、キョトンとして間抜けな声を出してしまう。意外に普通なので安心した。そんな私に言葉を続ける藤宮先生。
「死んだほうがましだと思うほど後悔させてやる」
普通じゃなかった!?
「長くなるからな、俺様は座る。お前も、そこのソファーに座れ」
逃げられないなら、諦めるしかないわね。ソファに座ろうと指定された所に行く……ソファーが見当たらない! 見渡しても、あるのは書類や教科書などの本の山だけ。
「藤宮先生。ソファーって何処に?」
「あ゛ぁ? 書類退かせば、そこら辺にあんだろ」
探すと茶色の革張りソファーがあった。自分が座る分だけ書類を退かし、周りの教科書などが崩れないように、慎重に座った。
「おい、最初に、この前のテストを返すぞ」
返された5枚のテストは、悪くない点数だった。苦手な英語も29点であった。0点は免れた。それなら、怒られるのは遅刻のことかと、身構える。
「そのテストを見て、思うことはあるか?」
「そこそこの点数だと思います」
「点数はな。他には?」
先生が言いたいことが分からない。首を傾げながら藤宮先生に聞く。
「問題があるようには見えませんけど」
藤宮先生は大げさに溜息をついて、煙草を吸い出す。
「名前だ。な・ま・え!」
「何も問題ないじゃないですか!」
「この阿呆が! 名前の欄に“れんじょうじ=Torauuma=トワ”ってなんだよ!まず、お前は小学生じゃないんだから苗字くらい漢字で書け!」
しょうがないでしょ! あのテストの時は、この世界に来て2日目だ。簾穣寺なんて難しい漢字が書けなかった。そこは多めに見て欲しい。
藤宮先生のほうを向くと眉間に皴をよせて、3本目の煙草に火をつけている。
「他にもあるぞ。この英字の部分は、ローマ字だな!」
「はい、そうです」
「そうか、じゃあ、お前の名前を言ってみろ!」
「簾穣寺=トゥルーマ=トワです」
「そのテストにはトラウウマって書いてあんだろうが!」
ぐっ! 私は英語が昔から苦手だった。ローマ字ですら、できなかった私が、努力の末、この名前を書いたが、“トゥ”と伸ばす文字が分からなかった。苦肉の策で、これを書いたのだから、むしろ褒めて欲しい。
「お前は自分の名前すら書けねぇのか!」
「すいません……」
私は、“佐藤 永久”だとか、違う世界から来たなんて言えるわけがない。言ったら、頭がおかしいと思われるだろう。
本当の自分を知っている人がいないなんて、つらい。私がしっかりしないと、佐藤永久が消えてしまうような気がする。悲しさで涙が、滲んでくる。
「おい、泣くな。罰として、自分の名前を1000回を書いたら許してやる」
鬼! 悪魔! ホスト! と心の中で唱えながら、名前を書いた。その間は、藤宮先生の説教は続いていた。
その後、手の感覚がなくなったころに、終わった。窓の外を見ると、日が沈んで、真っ暗だ。
「それじゃあ、藤宮先生。帰ります」
「おい、待て」
「まだ何か、あるんですか?」
「お前を送る」
どうせ、暗闇暗殺ルートだろう。誰が行くか!
「いりません。遠慮します!」
「お前に拒否権はない、黙って着いて来い。」
数学準備室に連れてこられた時のように、引きずられて行く。連れてこられた場所は、職員用の駐車場だった。夜遅いせいか、1台の車しか残っていない。
「このド派手な赤いスポーツカーは藤宮先生のですか?」
「おう、カッコいいだろ! 今日は特別に乗せてやる。嬉しいだろ?」
嬉しくないです。なんて、口が裂けても言えない。
ド派手な車に乗せられた。家には自転車で10分しかかからないのだ。我慢よ、私! 我慢してれば、すぐに到着するだろう。車がゆっくり動きだす。
「おい、簾穣寺。家に行くのは、コンビニによってからでもいいか?」
「私に拒否権はないんでしょう?」
そう言うと、藤宮先生は運転のため前を向いたままだったが、楽しそうに口角を上げて言う。
「可愛くない奴だな」
うっ! 今の藤宮先生は半端なく色気があって、思わず見惚れてしまった。
コンビニに着いて、藤宮先生が買い物をしている間、私は車で待っていた。先生は、数分も経たずに戻ってくる。コンビニ袋の中に目がいく。中にはサキイカとビールが2本しか、入っていない。
ホストな見かけだから、シャンパンとか飲んでそうなのに。身体に悪そうな生活してそうな所は、そのままだが、予想以上に「親父くさい……」ボソッと声を出す。その声が聞こえたのか、藤宮先生は――――
「大人なんだよ。お・と・な」
私だって、藤宮先生と同じ年だからわかる。これは、駄目な大人だ。
「藤宮先生、夕飯はそれですか?」
「別に腹が減ってねぇから、いいんだよ。文句あるか?」
「それで身体を壊さないなら、いいんじゃないですか」
私が本当の女子高生だった頃なら、注意の1つや2つしていただろうが、大人になって自分も似たような生活をしていた。人様にどうこう言うことはできない。それに藤宮先生は、他人に干渉されて、怒るような思春期は終わっただろうが、いい気はしないと思う。大人になれば、全て自己責任だ。
「藤宮先生のしたいようにすればいいと思います」
藤宮先生は私の家に着くまで、無言のまま運転をしていた。沈黙が支配した世界は、ひどく気まずく、息がしずらかった。家の近くに着くと、車を止めてくれた。先生にお礼を言って別れた。
鳥居をくぐると、明かりの点いた家が見える。夜のボロ神社と木造の日本家屋は、昼と雰囲気が違い、不気味さが10倍はあがっている。そこに、ちょうど良く風が吹いて木の葉が、ザワザワいう音もしてくる。
人がいる? お、お化けじゃないよね!?
逆光でよく分からないが、家の外で人が立っているのが見える。近づいてみると綾君が立っていたことが分かった。
夜は気温が下がって寒いというのに、私を待っていてくれたんだろうか?
「ただいま」
「お帰り、姉貴」
「外で待っていてくれたの?」
「別にっ、姉貴を待ってたわけじゃねえ!…………あんまり、心配させんなよ」
綾君は目をそらして、慌てていた。ツンデレな綾君のことだ、最初の言葉は、逆の意味で聞けばいい。これは絶対に待ってくれていた。でも、シスコンな綾君は夜遅くなったら、心配で学校に迎えに来ると思っていた。
期待していたのに…………そう思って気付く。私は何を、期待したんだろう?