11話 爽やかスポーツ少年?と厄日!?
いつも通り、遅刻ギリギリの時間に学校につく。私の寝起きが悪いとか、支度に時間がかかるから、ではない。遅刻をしたくない私は、早くに準備を済ませている。綾君を置いていってでも、家を出てやると思っていた。居間で新聞を読んで、のんびりしている綾君に、先に出ると伝える。
「姉貴の足じゃ、3時間経っても学校に辿り着けないだろ。黙って、チャリの後ろ乗ってろよ」
生意気な言葉と、表情のわりに、目は捨てられた犬のように潤み、言葉に元気がない。
うっ、言外に一緒に行きたいと言うんじゃない!
結局、置いていくことができず、遅刻をしたり、しかけたりしている毎日だ。
教室に行くため急いでいると、廊下の角から出てきた人と衝突した。私の華奢な身体が、反動で後ろへ傾く。硬い床に倒れる衝撃を覚悟して、目を閉じる。
あれ?痛くない? いくら待っても衝撃は来なかった。目を開くと、私は、誰かに抱きしめられていた。
「君、大丈夫?」
目の前には、爽やかな美形男子高校生がいた。私は、この人に衝突して転ぶところを、腕を引っ張って助けてくれていた、らしい。体格が良くて、男前な美形だなぁ、背はノリトさん位か少し上かな?と観察していると、不思議そうな顔で見られる。
「ごめんなさい! 私の不注意でぶつかってしまって……」
「はは、いいって、オレも急いでて、前見てなかったし」
そういうと、彼は、私が来た方向へと歩き出す。私、お礼を言い忘れていたわ!
「助けてくれて、ありがとう!」
去り行く彼の背中に、言葉を投げかける。その言葉が聞こえたのか、彼は、振り返らないまま片手を上げて、ひらひらと返した。キザねぇ……
今、イベント起きなかった!?あの人も見たことある気がする。
考え込んで気のせいだと結論を出した時には、彼の姿が見えなくなっていた。私が、教室へ歩き出すため足を動かすと、何かにつまずいた。足下を見ると、1冊の本が落ちている。
「さっきの人の本かしら?」
拾って本を見る。表紙には数学Ⅱと書いてあった。数学Ⅱってことは上級生ね。あとで返そうと思い、革の鞄に本を入れる。
教室に入ると、いつもよりも生徒達に、落ち着きがなかった。生徒達は皆、何枚かの白い紙を持っているようだ。軽く教室を見回していると、ホスト教師こと藤宮先生が、私を見ている。
「お前、いい度胸だな……俺様の授業に遅刻するのは何回目だ!」
「す、すみません!もうしませんから、お許しを!」
「その言葉を聞いたのは3回目だ。お前は放課後、数学準備室に来い! さっき、こいつらには、この前やったテストを返したが、お前のは、放課後に渡す。来なかったら分かってんだろうなぁ?」
目をつけられた!? もう、全ては綾君のせいよ!
死亡フラグは、まだ立っていないはずだとは思うが、怖すぎるわ。授業は始まっていたが、すっかり元気をなくし、机に突っ伏した。
2時限目が終わって休み時間になり、生徒達はガヤガヤと話にふけっていた。隣の席にいる可憐ちゃんが話かけてくる。
「トワさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ。先生に呼び出されるなんて最悪よ……あれ? 可憐ちゃんも元気ないわね? どうしたの?」
普段から色が白くて、可愛い可憐ちゃんは、いつもと違い、少し顔が蒼い。思いつめた顔をしている気がする。少しして、決意したように、いきなり動き、私の両手をつかんだ。
「私、私……トワさんにお願いがあるの!」
「お、落ちついて、可憐ちゃん! 私でできることなら協力するから」
「ありがとうございます。……実は今日、学校に来る途中で、変な人に襲われて……」
可憐ちゃんの話を聞く、時々、言葉に詰まる彼女を急かさず、優しい目を向けて話を促す。話を全て聞き終わり、言葉を整理する。
「それで男子高校生に助けてもらったってことでいいのよね?」
「はい! そうなのです。とても素敵な方でした」
その場面を思い出したのか、顔をほんのり桃色に染めた可憐ちゃんは可愛かった。思わず守ってあげたくなるオーラを出している。これが庇護欲を誘うってことかしら? 同時に変態の気持ちも誘ってしまうのが難点よね。私は、可憐ちゃんに気付かれないに、小さく息をはいた。
「助けてくれた人に、お礼が言いたいのです。でも、上級生なので会いに行くのが怖くて……」
「その人は何年の誰かは、わかるのね?」
「はい! 任せてください!」
そう言うと、可憐ちゃんは制服のポケットから小さな手帳を出す。
「彼は、大谷 拓真(17歳)さんです。私たちと同じ高校の2年5組に所属している上級生で、趣味はスポーツです。身長178センチ、体重69キロ。現在の部活は野球部ですが、いろんな運動部に助っ人として参加しています。家ではゴールデンレトリーバーを飼っているようです――」
ええ? どうしたの、可憐ちゃん!? いつもとキャラが違うよ!っていうかその手帳は何なのよ! 可憐ちゃんは、動揺している私に、追い討ちをかけるように話を続ける。
「――家族構成はいたって普通の4人家族で弟が1人います。これでわかりました?」
可憐ちゃんの説明を聞いて思い出したが、その人は攻略対称キャラクターだ。知らないはずがない。それに、分からないって言ったら、さっきと同じ内容の説明を、正確にリピートするのでしょう?
私たちは、昼休みに2年5組に向かうことになった。ついでに中庭で、お昼を食べることに決まり、綾君の手作り弁当が入った、革の鞄を持っていく。
「大谷先輩はいますか?」
2年5組について、すぐに教室の中にいる先輩に取り次いでもらうため、そこら辺にいる生徒に話しかける。話しかけた男子生徒は、私を見て顔を真っ赤にさせて、2つ返事で大谷先輩を呼びに行ってくれた。……美少女って便利よね。そう思いつつ、教室の中へ入っていた男子生徒を見る。
「おい、拓真! 可愛い子達がお前に、会いに来てるぞ!」
「ん? そうなのか? ちょっと言ってくるわ」
「告白じゃなかったら、紹介しろよ!」
「はは、誰がするかよ。バーカ! 」
そう言って出てきた人は、朝に私がぶつかった爽やかな美形男子高校生だった。
「あれ? 君は朝にぶつかった子だよね? お礼は聞いたけど、どうしたの?」
「この子の方が、用事があるのよ。ねぇ、可憐ちゃん?」
可憐ちゃんに話すように促す。可憐ちゃんは恥ずかしそうに前に出て、何度もお礼を言った。その姿を見ていて思い出す。この人の落し物を渡さないと! 自分の鞄をあさっていると、キャ!という悲鳴が聞こえる。可憐ちゃんが、よろけている姿が目に入る。廊下で歩いていた人とぶつかったようだ。私は支えようと、手を伸ばす。間に合った!と安心したのは一瞬で、可憐ちゃんの体重を、この細い身体では支えきれず、一緒にバランスを崩す。
「おっと、2人とも大丈夫か?」
私と可憐ちゃんは、大谷先輩の腕で支えられていた。そして、2人とも同時に大谷先輩から、素早く離れた。可憐ちゃんは恥ずかしさから、この行動をとったのだろう。私は――
これ以上、LOVE度を上げてたまるか! こっちとら命がかかってんのよ!
そんな心情だ。しかし、お礼はしっかり言うわ。偉いぞ、私!
可憐ちゃんもお礼を言っている。
「ありがとう。助かったわ」
「はは、今日は2人とも災難だな。まあ、こっちは役得だけど」
え? 意味が分からず首をかしげる。大田に先輩は爽やかに笑って言う。
「ほら、両手に花ってやつ?」
可憐ちゃんは、顔を益々赤くさせている。私は、無表情に、大谷先輩をじっと観察する。
爽やかは、爽やかなんだけど、なんかイメージが違う?
変な違和感があったが、気を取り直し話しかける。
「大谷先輩、朝に落し物をしなかった?」
「ああ、本を1冊、なくしたんだ」
「これですよね? 教科書がなかったら困ったんじゃないですか?」
「君は、中身見てないの?」
その言葉に頷いて、本を渡す。
当たり前でしょ! 教科書なんか見ても楽しくないわ!
「へぇ~、本当に?」
「なんでそんなに聞くのよ。ただの教科書でしょ?」
大谷先輩は、ほらと言いながら、本を開いて見せてくる。その本の内容は、女の人の、ほにゃららな、姿を載せているエロ本だった。
「なんでそんなっ!」
「はは、本当に見てなかったんだな」
大谷先輩は、全く悪気もなく話す。
流石の私でも、実際に見せられると顔が赤くなる。女にそんな物を見せるな! そんな物を学校に持ってくるな!
「これは俺のバイブル。授業中に見てんだ、とくに藤宮の授業って、つまんないだろ? 」
やっぱりイメージが違う! 大谷先輩はこんなセクハラ親父みたいな性格だったかしら?
考え込んだ私は適当な相槌をした。その後は、会話を少しして分かれる。昼を食べるために、可憐ちゃんと、中庭に行った。考えながら食べたせいか、綾君の手作り弁当の味がわからなかった。
あんなセクハライベントは、ゲームに全くなかった。ゲームをしていても、大谷先輩は、こんな残念な性格ではなかったはずだ。もっと普通に爽やかなスポーツ少年で、ゲームを進めるうちに、少しずつ歪んでいったという展開だった。
Dearの世界に、私が登場したことで、何かが、変わっているの?
私の心には、不安が渦巻く。午後の授業に集中できないまま、放課後になり、帰宅した。