チュートリアル
社長が面接したヒーラーが体験入店することになった。社長は顔でヒーラーを選んでいる気がする。二十二歳の男性、店での名前はロイになった。私の名前、レイに似ている。レイコとかレイミではなくて怜が本名だった。
ヒーラーは免許を持っているわけではないので、一日入店してもらい私かアケミさんが接客指導をしながら本物のヒーラーか見極めることになっている。疲れが取れるとか、気持ちが落ち着くとか、曖昧な判断基準だったけれど、今まで何も感じずに入店を断ったケースもあった。
ロイさんの接客指導は私が行っている。起きたときに軽い頭痛がしていたけれど、朝食の後に飲んだ痛み止めが効いていた。それでもいつ酷くなるかわからないので不安だった。六時間空けて飲まないといけない薬をいつも持ち歩いている。
事務所の一室で横になり、ロイさんにヒーリングしてもらうと不安が消えた。多分ロイさんは本物のヒーラーなのだろう。
「どうだ? 気分は?」
「よくなりました」
社長の問いかけに答える。三十分かざしていた手を、ロイさんが下ろした。
「では入店決定だ。これからよろしく頼むよ」
社長がロイさんに微笑みかける。社長の笑顔は凄みがあって少し怖い。
「レイという、このスタッフが接客を教えるから何でも聞いてくれ」
「お疲れさまっした!」
部屋を出ていく社長に礼をして、ロイさんの方に向き直る。
「まず、これは誰にでも言わないといけないんで言うんすけど、お客さんのほとんどは女性っす。お客さんと体の関係を持つことは絶対やめてください」
「枕営業ってやつですか? しませんよ。ヒーラーという能力に恵まれて、これだけで稼げるんですから」
「それは安心っす」
ヒーラーは売り上げの半分が給料になる。完全歩合制だ。女性用風俗のカウンセラーがどれくらい稼いでいるか分からないけれど、多分同じくらいの料金なのではないだろうか。稼ぎたくて入店したいというヒーラーは多いし、それでいいと思う。
「ヒーリングはさっきやってもらった手順っす。私は横になってましたけど、座ったまま受けるお客さんもいるみたいっすね。家の人や、友人さん、彼氏さんが付き添ってることもあるっす」
それからコースの説明をした。
「一番短い四十五分のコースは初めての人が予約してくることが多いっすね。どのコースも最初の五分間で支払いをしてもらって、ヒーリングの準備をしてください。受け取った料金はしまわずに、見えるところに置いといてくださいね。付き添いの人がバッグから抜き取っちゃうことがあるんで。でも見えているところに置いとくと取れないもんなんっすよ。ここまでで分かんないことあるっすか?」
「大丈夫です」
「ここからはメモしてもらった方がいいかもしんないっす。四十五分コースは六千円で施術時間は三十分。——アラームをセットしてください。残りの十分はカウンセリングみたいな感じっす。お客さんの悩みを聞いたり世間話をしたりケースバイケースっすね。十分のアラームもセットしといてください。——終わったらドライバーに連絡っす。大体近くで待ってるんで、料金を回収してきたら一度全部ドライバーに渡してください」
「カウンセリングは専門外なんですが」
「カウンセリングって言っても、何か話せばいいだけっすよ。カウンセリングに力を入れて勉強してるヒーラーさんもいるんで、よかったら紹介するっす」
「勉強、ですか」
「はい。カウンセリングができると、次回の予約に繋がりやすいみたいっす」
「考えてみます」
「はい。考えてみてください。——次に長いのが六十分コース。一万円で施術時間は四十五分っす。たまに、六十分のダブルや、トリプルの予約が入るっすけど、四十五分ごとに十五分カウンセリンを挟んでください。トリプルなんて滅多にないっすけど、ガチたいへんっすよね。お客さんの中にはカウンセリングを多くしてほしいって人もいるんで、その辺はケースバイケースで対応してもらって大丈夫っす。でも、お客さんの希望じゃないのに勝手にカウンセリングを伸ばすのはやめてください」
「それは大丈夫です。よくヒーリングってたいへんだと思われるんですけど、僕の場合、相手からも良い波動を受けてる感じで、手をかざしててもなぜか疲れないんですよ」
「それは初めて聞いたっす。なんかロイさん、すごいっすね」
一通りの説明が済んだ。
「お客さんと個人的に連絡を取り合うのはオーケーっす。どんどん連絡先を教えて営業しちゃってください」
私がにっこり笑うと、ロイさんも笑い返してくれる。
「お疲れー。今日チュートリアルした奴どうだった? 続きそう?」
ショウさんの送迎から帰ってきたモモが私に聞く。
「ロイさんってゆーんだよ。真面目そうな人だったし長く居てくれるといいんだけど」
「ロイ? ヒーラーに真面目なやつなんかいるかよ」
「それは偏見」
「ショウさんさー」
私の耳元で、小声のモモが言った。
「DMで話すわ」
モモがスマートフォンを取り出す。
《あいつ、店外でヒーリングして、個人的に営業してるかもしれねー。客から電話かかってきたときに「予約は店に入れてねっ」とか、なんか焦った感じで切ってさー。それからずっとDMしてたみたいじゃんね》
〈それは限りなく黒に近いね。社長にクギ刺してもらおうか〉
《だな。俺から社長に連絡入れるわ》
ショウさん。店の外で、お金をもらってヒーリングしているのだろうか。ヒーラーの中には、店舗を構えて個人で営業をしている人もいる。開業資金を貯めるために、店に入る人もいると思う。けれども、店の客を盗むようなやり方はタブーだと思っていた。もちろん何か問題が起きたときに助けることもできない。店に半分も料金を持っていかれることは嫌なのかもしれないけれど、客がつくのは店側の努力も大きいし、勝手な真似をするのは危険が伴うのではないだろうか。
《店の客、盗るような真似されちゃ商売あがったりだぜ。まともなヒーラーっていねえのかなー》
なんとなく「サクさんは、まともだ」と思ったけれど、言うのはやめた。
〈また飛んだりしないか心配だよ〉
「そーいやさー、レイも聞いた? 新人スカウトすると報酬があるらしいぜ」
顔を上げたモモが声を出す。
「ヒーラーをスカウトするってこと?」
「そ。いくらもらえるかは聞いてねえけど。その辺でスカウトなんかしてたら捕まるし、そもそもヒーラーってどんだけいんだよ。知り合いにヒーラーなんていねえし」
「だいたい、知り合い自体いないよ」
「俺も店の人たちだけだわ。ツレに至ってはレイとケンしかいねえ」
モモは私のことを友だちだと思ってくれているのだ。
「私なんか、モモしか友だちいないよ」
「あはははは」
「何、笑ってんだよ」
「そっか俺だけか」
モモは楽しそうに笑い続けている。
「——そういやレイは、やっぱり病院に行った方がいいと思うんだわ」
「頭痛の? 休みはほとんど頭痛で使っちゃってるし、行く暇ないよ」
「頭痛もだけど、レイはヒーリングが効くんだろ? うつ病の手前かもしんねえじゃん。アケミさんは自律神経失調症だろ。だから新人のチュートリアル任されてるんじゃんか」
「うつ病の手前かー。余計に働けなくなりそう」
「レイが休んだら、俺が頑張るしよ。ヒーリングなんて気休めばっかしてっから心配なんだよ、ツレとして」
見た目はチャラいけれど、友だちとしは頼りになる。モモの笑顔を見ていたら、そんなふうに思えた。




