レイとモモ
ヒーラーのサクさんが私の頭に手をかざしている。サクさんが来てくれるまで、このまま死んでしまうのではないかと思っていた。ひと月に二、三度くらい。たまに軽く済んで一日、大抵は二日以上頭痛と吐き気が続く。薬を飲んでも痛すぎて吐いてしまうので、なかなか治らなかった。酷いときは八回くらい吐く。胃液も枯れるくらいだ。
ヒーリング中に吐きに行くことも多い。もう慣れたものだった。生唾が込み上げてきたら腕まくりをし、腕に嵌めておいたヘアゴムで髪を後ろに縛りながらトイレに直行する。分かっているヒーラーは先にトイレに向かって、電気を点けドアを開けてくれた。
ヒーリングをしてもらっても頭痛が治るわけではなかったけれど、気持ちは救われた。痛みで気が滅入るし、痛くないときも不安だった。大体、寝ていて起きたときに痛くなる。何回も目が覚め、痛みから逃げるように、また眠りに就く。鈍い痛みが続くか、酷くなるか、何度も賭けを繰り返しているようだった。そして今日は賭けに負けて仕事を休み、ヒーリングを頼んでいる。
終了の十分前にセットしてあったアラームが鳴っても、サクさんは手をそのままにしていた。
「もう大丈夫っすよ。ありがとうございました」
ほかの客たちは、残りの十分間で話を聞いてもらっているらしい。話す元気のない私は、机の上に置かれたままだった千円オフ券と、一万円一千円をサクさんに渡す。一時間一万円のコース。指名料が二千円。
インターフォンが鳴り、サクさんが出てくれた。一時間前に玄関まで入ってきたモモの声が聞こえる。今日は同僚のドライバーのモモがサクさんを乗せてきていた。
「お疲れー。どうよ? 少しはよくなった? インチキヒーラーなんて呼ばずに病院行けよ」
また顔を見せるモモ。マニュアルでは近所にポスティングをしてから、車でヒーラーを待つことになっている。頭が痛くて黙っていると「インチキとは失礼だなー」とサクさんがモモの肩に手を回した。サクさんは二十五歳、モモは私と同じ二十歳。身長差は十センチくらい。サクさんの方が背が高い。モモの本名は桃吾という。みんなモモと呼んでいる。
「じゃあな、レイ」
サクさんに引き摺られるようにモモは玄関から出ていった。
頭痛外来には、以前何回か行った。顎関節症だと分かり口腔外科に通っていた頃もあったけれど、治らないので行くのをやめてしまった。
「MRIができなくてCT検査しかしてないから、本当はどこか悪いとこあるかもしんないけど、分かんないじゃんね。モモも刺青とか入れない方がいーよ。病気になったとき困る」
「もう俺、腕にも背中にも腹にも入ってんじゃん」
「そっか」
「事故で頭打ったせいだっけ? 死ななかっただけよかったじゃん」
「それねー。車は廃車になったし死んでてもおかしくなかったけど。このまま一生頭痛と付き合っていくのかと思ったら、またヒーリング受けたくなるね」
「お前、そんなに長生きするつもり?」
ニヤついたモモが私の顔を覗き込んでくる。
「縁起でもないこと言うな」
「つーかさー、それヒーリング中毒じゃねえ? せっかく稼いだ金、本当に効いてるのかも分かんねえようなものに使うなよ」
「頭痛が治らないとき、絶望的な気分なんだよ。ヒーリングにでも頼りたくなるよ」
仕事が入っていたので、待機していたヒーラーと一緒に事務所のマンションを出た。タバコを挟んだ手を、笑顔のモモが振る。今から行く客の家は少し遠い。三十分くらいヒーラーと話しながら運転した。
「レイちゃん、今日は大丈夫なの?」
「はい。ゴハンも普通に食べれました」
「俺とレイちゃんの仲なんだし、もうタメ口でよくない?」
「ヒーラーさんあってのドライバーなんで。そうゆうわけにもいかないっす」
「レイちゃんは、お客さんでもあるわけじゃん。サクばかり呼ばないで、今度は俺も指名してよ」
「指名変えはタブーじゃないすか。サクさんが空いてないときは、また機会があればヘルプよろしくお願いします」
「そんなこと言って、本当はサクと付き合ってるんじゃないの?」
「それこそタブーじゃないすか。私は仕事として一線超えないようにやってるんで」
うちの店は今、八人のヒーラーで回している。全員二十代の男性だ。独身ばかりで、たまに運転中に口説かれるのでスルースキルが上がる。もう一人の女性ドライバーのアケミさんも、そう言っていた。アケミさんは三十歳のバツイチで小さい子どもがいる。
午前六時から午前零時までの長い営業時間。ヒーラーもドライバーも早番と遅番の日があるけれど、たまに通しの日もあり、かなりきつい仕事だ。スタッフの入れ替わりが激しく、気づいたときにはモモと私が一番古いスタッフになっていた。
客のアパートの近くに駐車する。ヒーラーが車から降りて部屋に向かった。
ヒーラー。ヒーリングという特殊技術を扱える人たちがいる。うつ病などの精神的な病気に効くらしいけれど、医療としては認められていない。ヒーラーのうち、店で働くような職業ヒーラーは圧倒的に男性が多かった。たまに女性が働きにくることもあるけれど、すぐに辞めてしまう。施術の場が客の自宅なので、嫌なことが多いのだろう。
私たちドライバーはヒーラーの用心棒と監視の役割も持っている。モモと私は喧嘩慣れしているだけだけれど、アケミさんは合気道ができるし、もう一人のドライバーのゴウさんは空手四段だった。ゴウさんもバツイチで、ひとり暮らしをしているらしい。ゴウさんは再婚していてもおかしくないような見た目で性格も良いけれど、ヒーリング業界に足を踏み入れる人間ならではの雰囲気を持っていた。
どうして店舗を構えずに、わざわざドライバーを雇いデリバリーしているのか不思議に思っていたけれど、外出が難しい客層をターゲットにしているからだった。客は引きこもりで、病院にも行けないような症状の人たちが多い。そして少ない出会いの中でヒーラーに恋する客も少なくなく、度々問題が起きていた。
今、ヒーラーのミズキさんがヒーリングしている客は常連だった。百二十分のコース料と指名料で二万二千円。ミズキさんが毎回渡している千円オフ券に直筆のメッセージが書いてあるので、客は使わずにコレクションしているらしい。枕営業をしているということがただの噂で、まともに仕事をしていることを祈った。
多少土地勘のある一角に車を止め、店のチラシをポスティングしていく。ヒーリングの予約が入らなければ仕事が減り、収入も減ってしまうので地道なポスティングも大切にしていた。私もアケミさんも関係者の紹介でドライバーをしているけれど、通常は男しか募集していない。私のように病欠が多ければ、解雇されていてもおかしくないだろう。私は、この店でないと仕事を続けることができない。
ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。
《レイちゃんお疲れさま。僕も出勤したよ。今日もよろしく!》
別のヒーラーからのメッセージだ。
〈お疲れ様っす! 今日もよろしくお願いします!〉
いちいち連絡してこなくてもいいのに、と思いながら丁寧に返信していく。能力を持つヒーラーのおかげで生かされているようなものだった。
——。またポケットが振動する。なぜか嫌な予感がした。スマートフォンの画面に、ミズキさんからの着信履歴が浮かんでいる。仕事中に何か問題が起きたときはヒーラーからドライバーに連絡が入ることになっていた。




