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救いのない物語  作者: 十一三
第二章 紫堂レイ

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6/10

第五話「レイと不幸な仲間たち」

 これから話す内容は、この日を通してレイ自身の口から聞いた事柄を、あたしなりに整理したものとなっている。


 レイは生まれて間もなく両親を亡くしており、物心ついた時には既に地域のファミリーホームにて、事情の似通った同年代の子供たちと共に養育を受けていたらしい。


 明朗快活で兄貴肌の虹鱒(にじます)インク。

 引っ込み思案だけれど独創性の豊かな緑ヶ丘フタバ。

 聡明で家庭的な胡桃沢ナナミ。

 体格に恵まれ優れた身体能力を持つ白羽(しらは)シロ。

 子供たちの中で唯一の高校生であり皆に慕われている灰谷(はいや)ココ。

 そして紫堂レイ。


 六者六葉、六人六色の少年少女は、中年独身女性の朱桐(あかぎり)清美の元で仮初の日々を送っていた。


 同じ時、同じ場所で苦楽を共にしながら歳を重ねていった彼らはレイにとって、血の繋がりなんてなくとも、本当の兄弟以上に兄弟のような存在だったという。

 親友のように助け合い、恋人のように寄り添い合い、宿敵(ライバル)のように高め合い、そして家族のように支え合う。赤の他人だからこそ、どんな関係性にも姿を変えて彼らは過ごしてきた。


 誰一人として独りじゃない。それぞれが光り輝いて形作られる星座のように、お互いがお互いを意識し合う、特別な絆で結ばれた運命共同体。


 養育者である朱桐もそんな子供たちが健全に成長するために、時に優しく時に厳しく、飴と鞭を適切に使い分けながら笑顔を絶やすことなく接していた。

 レイたちにとって彼女は紛れもない恩人で、何があってもそれはこれから先も変わることはない。担保された安寧の中で皆、幸福を噛み締めていた──()()が、朱桐に大怪我を負わせるまでは。


 病院での療養中、彼女との面会は最年長であるココにしか許可が下りなかった。ゴネる者もいたが結局ココ以外は誰も、朱桐の入院中に彼女と逢うことは叶わなかった。


 そして朱桐の退院後、子供たちの生活は大きく一変する。


 それまでは善良な養育者だった彼女からは()も笑顔も消え去り、代わりに粗暴な一面が発現した。

 休日に行われる合同勉強会では互いへのテストを作問後、全て解き終えるまで席を立つことは決して許されなくなった。成績に応じて体罰の比重は変わり、他の子供たちと比べて得意分野も特になく勉強の苦手なレイは、朱桐からの暴力・暴言を最も身に受けていたという。


 食事が口に合わなければ、普段から料理番を任されているナナミとココが罵られる。男子たちは体力作りが強要され、一日のノルマとなる極めて苛酷なトレーニングメニューを完遂するまではその日の夕食をとることも許されず、場合によっては抜かれることもある。


 小学校のテストは百点を取れて当たり前。一問でも落とせば、いつからあるかもわからない地下の独房に一晩中幽閉される。以前の生活とのギャップもあり、朱桐の暴挙は次第に子供たちの心身を蝕んでいった。


 入院中に何かあったのかとココに問いただしても、知らないの一点張り。でも誰もそんな彼女を疑わなかった。なぜならココ自身も朱桐の毒牙にかかった、運命共同体の仲間だったから。同じ理由で、朱桐に怪我を負わせた犯人を探すこともしなかった。その出来事はあくまできっかけであり原因ではないと、全員が理解していたからでもある。だからこそ、朱桐急変の謎は深まるばかりだった。


 ファミリーホームに通い詰めている補助者たちに至っては見て見ぬふり。不甲斐ない大人の姿を子供ながらに認識し、頼ることも期待することもしなくなった。


 自分たちの力で抗ったり、逃げたりすることももちろん考えたという。でも前述にもある通り、何があっても朱桐がレイたちにとって恩人であることは決して変わらない。だからどんなに虐げられても反撃なんかしないし、子供だけで生き抜く術を知らない未成熟な彼らには結局、逃げることさえできなかった。


 そんな生活が日常になっていく最中、仲間内で挙がった朱桐に対しての愚痴を本人に告げ口する者が現れると、互いに疑心暗鬼になりコミュニケーションも減っていき、程なくして子供たちの心はバラバラになった。


 しかし渡りに船と言うべきか、ある人物が突如としてファミリーホームに訪れると、この地獄は一時的にぴたりと止んだ。朱桐清美の実の兄である朱桐ヒガン。フリージャーナリストである彼は取材のために各地を渡り歩いていたが、訳あって地元であるここに帰ってきたらしく、しばらくの間朱桐の住む家で過ごすことにしたという。


 朱桐にしてみればそれまでのような仕打ちを続けるわけにもいかず、ヒガンの目の届かないところで時々鬱憤を晴らす程度に収まっていた。だけれどある時偶然にも虐待の現場が目撃されると、ヒガンによりその行いを強く責めたてられ、半ば監視ともとれるほどに彼は子供たちのことをより注意深く見守るようになり、ついには朱桐の方が折れて完全に鳴りを潜めることとなった。


 このような出来事もあって、さほど年月が経たずともレイたちはヒガンを慕うようになった。彼と共に再び訪れた平和の中で、それまでに負った傷の痛みも、互いへの不信感もすっかり忘れたかのように。本当に本当に、()()()()の安息だったが。


 それは今日──四月十八日から数えて約四週間前、小学校の卒業式の直後に起こった事件であり、地域紙はもちろん、テレビにより全国的にも報道されていたらしい。


 知らないのか、聞いたこともないのか、とレイに訊かれたけれど、そもそも家にテレビがなかったし、自分より不幸な人間なんてそうそういないと思っていたのもあってニュースに興味がなかったから、すぐ近所でそんな凄惨な事件があった事自体が驚きだったわ。


 その事件は世間的には金品を目的とした住宅強盗とされているが、レイの目には間違いなく、ヒガンのみを狙った殺意を伴う暴行そのものが映っていたという。そうしてたった一晩のうちに、ひとときの平穏とひとつの命が奪われた。あたしやレイたちと同じ歳の少年三人によって。


 少年たちは皆が寝静まった頃に、金属バットを携えて顔も隠さず堂々と侵入してきたらしい。いち早く異変に気づいたフタバに一撃で立ち上がれないほどの重傷を負わせ、そのまま真っ直ぐ、まるで知っていたかのようにヒガンのいる部屋を襲撃したと。


 悲鳴にいざなわれ一同が現場に駆けつけた時には既に、ヒガンは目元を切りつけられたのち全身をくまなく少年たちに滅多打ちにされ息絶えていたという。ただ立ちすくむしかできないレイたちに気がついた彼らは、なぜだかそれ以上の破壊行為を続けることなく闇夜に逃走していった──これがレイの見たままの事件概要である。


 そして驚くべきことにこの三人は、小・中共にレイたちと同じ学校に通っており、有名な問題児でもあることからすぐに正体がわかったという。


 主犯格は青葉スイレン。上裸の男子生徒に向けて何度もエアガンを撃ち続けていた人物。その素行の悪さは学年、下手したら学校中で知られており、廊下ですれ違うほんの一瞬さえ誰もが思わず息を呑むほどの無法者。現在レイやナナミ、シロとはクラスメイトであるものの彼の方はどうやら気がついていないらしい。


 スイレンが悪行を最大限に楽しむための資金源、すなわち()()()は林という男子生徒で、とある大企業の社長令息でありその邸宅に三人で集まっているところを度々目撃されている。三人の中で唯一、レイたちとは別のクラス。


 そしてもう一人は、図体と態度が大きいだけの取るに足らない腰巾着・田子(たご)。その他、特筆すべき事項一切無し。


 犯行現場に立ち会った子供たちは全員、特に学年の違うココ以外は皆、確かに顔を見たと彼らの名を挙げながら何度も訴えかけたが、当時は深夜で照明もつけておらず暗闇だったため確実性が極めて低いと一蹴。凶器は持ち去られまた近辺の防犯カメラは不自然にも記録が残っておらず物証は皆無。更にはモンスターペアレントとの噂もあるスイレンの両親からは、その時間|息子スイレンは間違いなく自宅(いえ)にいたと新たな証言。


 被害が続くわけでもなくそれ故捜査は手詰まりとなり、現在(いま)でも三人は平気な顔で学校に通っている。それどころか、今日の昼休みに見かけたようないじめさえ楽しんでやっている。


 そう──あの時レイは「死ぬのは少なくとも奴らを全員殺してからだ」と言っていた。事情を聞き出した今なら、その言葉の重さがわかる。人の命を奪っておいてなんのお咎めもなく不快な笑い声を響かせながら暴虐に勤しむスイレンたちに、レイは本気で復讐したいと思っているんだわ。飛び降り自殺の巻き添えにするよりもっと、確実な方法で。


 再び地獄へと戻ってしまった運命共同体(ファミリーホーム)の仲間たちが、せめて学校にだけは、安心して通えるように。そして出会って間もない自分たちを守ってくれた、ヒガンの魂のために。


 これがレイの『救いのない物語』の、言うなれば前日譚。

 続きは──いえその結末は、あたしがこの目で見届けてやるわ。


 劇場の中央最前列、これ以上ない特等席で。

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