沈黙のエンジン…ラッタッタがなくなった国
✦『沈黙のエンジン ― ラッタッタがなくなった国』
---
❥序章 熱を食う者たち
この星は、もう焼けてきとる。
だがええんじゃ。熱は商売になる。
暑けりゃ冷房が売れる。
干ばつなら水が売れる。
人間が困れば困るほど、
投資詐欺は広がり、ネットカジノは大儲け。
――ワシらは、それを「経済」と呼んでおる。
---
❥第1章 燃える砂漠 ― ドバイ
昼のドバイは摂氏55度。
靴底が溶け、車のドアノブで火傷する。
それでも観光客はスマホをかざして笑う。
「未来都市」や「スマートシティ」っちゅう宣伝が、
この地獄を楽園に見せとる。
タワーの最上階。
ワシと親分は、
ワインを傾けながらマーケットの数字を眺めとる。
地上の労働者の日給は5,000円。
死者は年間数百人。
だが、少し苦しい方がええ。
人が倒れりゃ、次の奴隷が補充される。
「地獄にビルを立てれば立てるほど
ここ掘れ!ワンワン…
大判小判がザクザク、ザックザク…♬」
親分が下手な歌を口ずさむ。
鏡面のタワーが太陽を跳ね返し、
道路温度をさらに5度あげていく。
光で人を焼く“金融の神殿”が次々と…
ワシらは裏金を株と金とビットコインに変え、
「環境投資」「サステナブル」という名札をつけて売る。
――熱が金を呼ぶ。
それが、ワシらのルールなんじゃ。
---
❥第2章 灰の空 ― インド
ニューデリーの空は灰色。
PM2.5濃度、WHO基準の20倍。
政府は人工の雨を降らせて拍手を浴びる。
飛行機で薬品を撒き、数時間だけ青空。
1回9,000万円の“見せ物”。
次の日にはまた灰が舞う。
「人は空を汚したくせに、雨を買う。」
親分が笑う。
喘息の子どもが増え、寿命は58歳。
だが「大気清浄プロジェクト」で補助金が流れ、
企業の株価がどんどん上がる。
空が汚れるほど、市場が澄んでいく。
皮肉なもんじゃ。
---
❥第3章 夢の牢獄 ― カンボジアと韓国
「月70万円!海外高収入!」
X(旧Twitter)に流れる広告。
22歳のジュノがクリックした。
行き先はカンボジア。
待っていたのは、鍵のない部屋とWi-Fiだけの監獄。
仕事は「メッセージを打つ」だけ――
ネット詐欺の下請けじゃ。
逃げた仲間は殴られ、「ここは地獄」と書いて消えた。
だがワシらは、別のアカウントでまた広告を出す。
「韓国人歓迎」「夢を掴もう」
18県92拠点、3,455人逮捕。
そのうち1,000人が韓国人。
親分が笑う。
「教育熱心な国ほど、夢の罠にかかる。」
国境を越えて人を売る。
それを“グローバルビジネス”と呼ぶ奴もおるらしい。
---
❥第4章 電気の罠 ― ベトナム
バイクの数、7,700万台。
人口より多い。
街は音と煙で満ち、空は灰色。
政府が言う。「ガソリン禁止。電動へ。」
世界が拍手した。
だが、新しい電動バイクは値段2倍、寿命2年。
庶民には買えん。
補助金が出ればメーカーが笑う。
投資家も笑う。
そして、庶民は汗を流す。
労働者の月収は4万円。
電力代を払うために夜勤を増やす。
働くほど、息が浅くなる。
電動の未来――
音が静かな分、悲鳴が聞こえやすいだけじゃ。
---
❥第5章 灰の上の金 ― ガザ
夜、ニュースで燃える映像を見る。
爆撃の音の向こうに、次の商機が見える。
ワシらは動いた。
「復興支援NGO」と名乗る会社を作り、
Trampoline Tower Gaza Projectを発表。
瓦礫の上に鉄骨が立ち、
貧しい人々が「雇用」の名のもとに集まる。
だが仕事は“データ入力”。
新しい詐欺の下請けじゃ。
「地獄が焼けても、瓦礫は道路になる。
何もない土地に、ワシらのビルが建つ!」
――それが、ワシら悪役の信念じゃ。
---
❥第6章 静かに沈む国 ― 日本
2026年、50ccバイクが廃止。
「ラッタッタ」は消えた。
庶民の足がなくなり、
125ccモデルは40万円。
円安1ドル=155円。
物価上昇3.1%。
実質賃金21か月連続マイナス。
若者は夢を追って上京し、
ローンと税金に縛られる。
それも“雇用”の一形態じゃ。
外資ファンドが日本株を買い漁る。
その親会社は――ドバイのトランポリン財団。
---
❥終章 沈黙のエンジン
地球が燃えている。
都市は熱を吸い、国は灰を吐く。
人はスマホで笑う。
スマホを見れば見るほど株が上がる。
そんな仕組みを、世界の若者は知らない。
ワシらは悪魔じゃない。
ただ、地球の熱をビジネスにした凡人じゃ。
「暑いほど儲かる。
悲しいほどゴールドが上がる。
笑いたくなればなるほど株は上がる。
夜逃げをする人はビットコインをどうぞ。
それが、この時代のエンジンなんじゃ。」
トランポリン大統領が最後に言った。
「地球が冷めた頃には、もう誰もいなくなってるだろうな。」
窓の外――夜の砂漠が赤く揺れていた。




