1016searches〜少女の青き世界業(せかいごう)〜
日本 札幌
令和七年 春
朝 晴れ
私は練習もバイトも嫌になって、海を越えた。この街にいるのは全くの偶然。その駅前は都会らしくビルが立ち並び、人が多い。オーラはない。
さて、これからどうしよう? お金がないからどこへも行けない。お金くれる人いるかな? と、私はしばらく人の流れを見ていた。
いた。
それは私よりちょっと上の若い日本人男で、私は声をかけた。
「こんにちは。お金くれない?」私は明るく言った「それか泊めてほしい。行くところないの」私はふいにそう付け加えた。むしろそっちのほうが良いかもしれない。
相手は怪訝な表情で、「キミはどうしてボクを選んだの? 理由は?」
「オーラが見えたから」私は素直に答えた「一瞬ね」
相手は黙った。あっ、足りないか? 私は、「オーラのある人は良い人だと思う。だからだよ」
「良い人?」相手はふっと笑った「分かった。どちらも与えるよ」
「ありがとう!」でもいかがわしいことはしないでね、と私は付け加えた。
なにげない様子の相手は、「約束するよ」
一週間後。
「安眠できてるの?」
朝、誰もいない札幌駅前でオーラを出す彼は、そう聞いてきた。
「ええ。約束を守ってくれているからね」私は答えた「クリスチーナは爽快よ」キミは? と私は付け加えた。
「違うよ」相手はさりげなく答えた。
「それって――おっと、言いそうになったわ。ブライデンって言わなくちゃね」今日もここで何をするの? と私は付け加えた。
と、ブライデンは一方を向いた。
高校生くらいの少女がいた。同い年かな? と私が思った時、「用があるのか?」と、ブライデンは少女に言った。
少女は頷き、「キミの“ドレス”を奪いに来た」
“ドレス”? 私はブライデンに、「“ドレス”って何?」
「秘密のことだ」彼は答えた「ボクは秘密を持っている。向こうも」
秘密って何だろう?
「教えるの?」
「いいや。だが倒されたら別だが」
「えっ?」
「倒されたら渡されるのさ、“ドレス”」
まさか。
「倒す気なの……?」私は戸惑う「少女を?」
「倒さない」彼は断言した「ボクは他人の“ドレス”なんかに興味はない」
私はホッとした。
「なら何でオーラを出しているの?」少女が聞いた「他に目的があるの?」
「ボクは“ドレス”を守り抜きたいんだ」
少女は首をかしげる。「何でオーラを出すの?」
ブライデンはにやりと笑った。
「楽しいからさ。“ドレス”を見せびらかすのは」
悪い顔――私は困惑する。
「見せびらかす? なら教えてよ、どんな“ドレス”か」
「断る」ブライデンは断言する「来ていいよ。殴り合おう」
殴り合おう!?
「倒す気?」
「ボクは泥棒に襲われようとしている。だから正当防衛するだけだ」
「分かった」と、少女は振り返る「帰る」
「帰る? どうして?」
「もしキミを倒したら私は逮捕されるから」
と、少女は立ち去った。
それを見送ると、「まぁいいか」と、ブライデンはそっと息をついた「見せびらかすことはできたからな」と、オーラが消えた「クリスチーナ。ボクと一緒に旅をしないか?」
「旅?」
「どうも現在の札幌は好奇心の低い奴らが多いようだから。“ドレス”がもったいない。だから――」
「良いわよ。一緒に行く」私は遮った「じゃないと餓死しちゃうから」
翌朝、私達は特急列車で道北の名寄に着いた。タクシーもいない駅前に出ると、「さっきの話だけど」と、ブライデンは言った「札幌中央二番寺だ。昨日のワイドショーで紹介されていたのは」
「ありがとう」
「知り合い?」
「いいえ。友人なら――」
「待って」彼は遮った「話はあとだ」と、一方を見る。
若い男がこちらを見ていた。二十代、自分より年上の相手に、「“ドレス”が見たいのか?」と、ブライデンはぶっきらぼうに聞く「なら殴り合おう」
「いいだろう。だがボクに一発も当てることはできないぞ?」
それは一時間経っても確かで、一方のブライデンは顔ばかりに三十発食らっていた。しかし顔の状態は平常時と変わらない。
と、また食らった。
「やめだ」その直後、男は言った。
「何で?」と、ブライデン。
「気絶狙い、無理だと判断した」相手は呆れたように言った「負けたよ」
「倒せばいいだろ?」
「一つ教えてやる。キミを倒したら、キミの“ドレス”の持ち主は死ぬ」
持ち主?
「何!?」
知らなかった……?
「やはりな。そうガッカリするな。だらだらできるぞ」
秋の朝、私はホテル――名寄にある――の部屋をノックした。反応はない。だが、やはりしばらくして彼は出てきた。
「臭いわ、ブライデン」私は文句を言った「昨日もシャワー浴びずに食っちゃ寝で終えたのね。自堕落が過ぎるわよ」
「何か用?」相変わらず沈んだ顔でブライデンは言った「しっかり食べてるんだろ?」
「もちろんよ。用もね。旅を続けましょう。ずっとホテル生活いい加減飽きたわ」
「旅をしても仕方ない……」
やっぱりそうきた。
「春に会った男の伝言よ」
「何?」
「『旅を続けたほうがいい』って」
彼は訝しげに私の目を見る。しばし見つめ合う。
「……分かった。旅を続けよう」
一週間後の朝、私達を乗せた特急は中川に着いた。名寄や美深より北にある小さな町だ。
無人の駅舎を出ると、「待っていたわよ」と、二十代の日本人女性の姿があった「ソ――いや、ブライデン君」と、苦笑した「何で迎えに来てくれなかったわけ?」
「すみません。それどころじゃなかったんですよ」ブライデンはなにげなく答えた「刑務所は楽しかったですか?」
刑務所!? 私は驚いて女性を見る。彼女はふっと笑って、「なわけねーだろ」
「それで? 次はボクの“ドレス”を狙いますか? サリー」
えっ、サリー?
あっ、ブライデンと同じ感じか。
「もうやめる。刑務所は二度とごめんだからね」と、サリーは肩をすくめる「――おい、めっちゃなまらガッカリしてんじゃねーよ!」と、キレる「ぶちのめしてやろうか?」
「どうぞ」と、彼は肩をすくめる「美深へ行きます。一緒に来てください」
「はっ? 何で?」
「衣食住どうするんですか?」
「へぇ! 殊勝だね。したっけ了解」ところでその女の子は? とサリーは付け加えた。
「キミと同じ同行者ですよ」
「刑務所は出てない!」私は抗議した。
「キミはサリーと一緒は嫌?」
「えっ? いや別に」
数週間後の朝、誰もいない美深駅前で私は、「今日もここで何を待っているわけ?」と、ブライデンに聞く。
「美深へ来た理由をだ」
「ブライデン、腹減った」と、サリー。
しばらくして、男――二十代――が一人現れた。
「私は正義の者だ」と、男はブライデンを指差す「だからキミを倒す。――『“ドレス”』? そんなものに興味はない」
「名前は?」ブライデンはまた聞く。
「フウガ」
「ボクは――」
「時を戻す」相手は遮った。
「キミもできるのか!?」
「今年の夏にするか。いいか?」
「良いよ。そんなことでボクの“ドレス”は汚れたりしない」
一時間後、二人は依然殴り合っていた。お互い、戦う前と変わらない顔をして。
と、パトカーのサイレンが聞こえた。
ふいにフウガは後ろに下がる。「やめだ」
「そうだな」
「時を元に戻す」
と、フウガは去り、やがてパトカーが来た。その頃には秋に戻っていた。どうしたのかとブライデンは警官に聞いた。
「中川町からの通報で来ました。ここで喧嘩があると」警官は答えた。中川町? 何で?
誰が通報したのか調べに私達は翌日中川町へ。
午前十時頃駅舎を出ると、中高生くらいの少女が一人いた。
この子、どこかで――
いやそんなことはない。知らない子だ。
でもそんな気がする――
私は不思議な気持ちになった。
「キミか? 昨日警察に通報したのは」ブライデンが聞く。少女はうなずいた。
少女はぱっと消えた。
私はびっくりした。「消えた!?」
「札幌にいる」ブライデンが言う「オーラを感じる」
翌日の昼、私達は札幌の駅ビルの展望台へ行った。
札幌の北側を映す大きな窓を背に少女は立っていた。
「キミは何者だ?」ブライデンが聞く「“ドレス”が見たいのか?」
「返してもらう。それは私の“ドレス”」と、少女はさりげなく答えた。そうなの?
ブライデンはふっと笑った。「でっぺーなまら嘘つくな」
ふと少女は一歩前に。
「何!?」ブライデンは驚く「なんだ? そいつらは?」
そいつら?
「おいブライデン、何を言っている?」と、サリー「相手は一人だぞ?」そうよね。
「何? そんなまさか……」ブライデンは信じられないようだ。
幻覚?
少女はゆっくりとブライデンに近づく。彼は構え、険しい表情を浮かべるだけ。
と、少女は彼の目の前で立ち止まる。
「未来解放」と、少女は彼の顔面にゆっくりとパンチした。彼は吹き飛ばされた。えっ!?
彼は壁に激突し、口から大量の血を吐いた。
「これでずっと生きてもらえる」と、少女は笑みを浮かべ嬉しそうに言った。ふと笑みが消える。
「代わりの“ドレス”をあげる」少女はさりげなく言う「星の未来でも考えていなさい」と、ぱっと消えた。
「大丈夫なの?」私はブライデンに聞く。
「平気だ。血は吐いたがな」
「ブライデン」サリーが言う「くよくよするなよ? したら去る」
ブライデンはふっと笑う。「分かりました」
ふと、歩く音が聞こえた。私達はそちらを見る。若い外国人男性がいた。あれ? どこかで見たような?
「失礼。ボクはただの観光客だ。ブライデン、キミと戦う気はない」と、外国人は言った。
数週間後、ブライデンに手紙が来た。札幌駅ビルの展望台で会った外国人からだ。キミと戦うとあった。
三日後の朝、穏やかな雪の降る札幌駅前へ私達は行った。そこに人は一人だけ。二十代の外国人男は、「ブライデンだな?」
彼はうなずく。「キミは?」
「殺し屋だ。ある外国人から依頼があった。曰く、キミのその“ドレス”の中身を知ったらこの地球は消滅するそうだ」
「何だって!?」
地球が消滅!? そうなの!?
「だからキミを殺す。これは納得できる依頼だ」
「待った!」
声がして、私達はそちらを見た。
フウガがいて、「ブライデンは殺させない。殺し屋、お前の相手は私だ。――『理由』? 正義の者だからだ」
「なるほど。よし、殴り合おう」
数分後、勝負がついた。
殺し屋は逃げた。
「ブライデン、お前は情けない男だ」その直後、傷一つない顔のフウガは言った。
「何?」
「まだ“ドレス”を見せようとしているだろう? 地球が消滅するかもしれないのに。それはお前が守るものもない、悲しい、情けない人間だからだ! それでも男か!?」
「くっ……」
「お前のやることは、それを見つけることだ。“ドレス”とかほざいてないでな。さらばだ」
と、フウガは去った。
翌日、季節は今年の夏に戻った。
数週間後の朝、私はホテル――札幌にある――の部屋をノックした。しばらくしてブライデンが出てきた。
「臭っ。ブライデン、またシャワー浴びてないのね」
「サリーはどこだ……?」疲れ切った表情で彼は聞いた。
「いないわよ。逃げたじゃない? あなたに告白されて」
「ああ、そうだったな……」
「私の家に行きましょう」私はなにげなく言った。
「家……? どうして……?」
「タイムリミットなのよ。家出の」
「何でボクも……? 一人で帰れば……?」
「約束は守ってね? 私の家でも」
しばらく彼はぽかんとしていた。
やがて、かすかに笑った。
翌朝、私達は札幌駅ビルの展望台へ。札幌の景色を見てから空港へ行こうとブライデンが提案したからだ。しばらく眺めて、私達は空港へのバスに乗るため駅前へ。
そこには男が一人だけ。フウガと戦った殺し屋だ。
「今度は少女からの依頼だ」
少女?
「待った!」フウガが現れた「今度も私が戦う」
「待て!」と、ブライデン「今度はボクが戦う。これはボクが生きるための戦いだ」
「何? なら“ドレス”は?」
「そんなものは投げた!」
「いいだろう、やってみろ」
「ああ」と、ブライデンは殺し屋に向き直る「――またそいつらか!?」
そいつら? 何が見えているの?
「ブライデン」と、殺し屋「本気の一撃で仕留めてみろ。それを味わってから殺してやる」と、両腕を広げた「来い!」
ブライデンは駆ける。
「まとめて倒す!」そして、「永遠開始!!」
そのパンチは、顔に直撃した瞬間殺し屋をぱっと消した。
「何だ?」と、ブライデンは困惑する「ボクは昨日まで何を守って戦っていたんだ……?」
えっ?
「何を言っている? お前は戦いたいから戦っていた。守るものなどなかった」と、フウガは断言した。
フウガも?
私は戸惑う。
“ドレス”じゃないの?
二人とも忘れたの?
――いや、もしかして彼ら以外も――
『これでずっと生きてもらえる』
ふと、ブライデンから“ドレス”を奪った少女の言葉を思い出す。
なら――
いや、私が覚えている――
「そうなのか?」と、ブライデンは私に聞く。
「――うん」と、私は笑う「そうね」
私も忘れることにしよう――
〈了〉




