おててつないで
祖母が他界しました。享年94歳の大往生でした。
葬儀の会場で、ふと童謡が聞こえ、そっと周りを見ましたが、聞こえているのは私だけのようでした。
それは、「おててつないで」で始まる『靴が鳴る』という唄。
そうと解った時、私は子供の頃に聞いた、祖母の話を思い出しました。
あれは私がまだ5歳ころだったと思います。
夏休みに母の実家に連れて行ってもらい、たまたま祖母と留守番をしていた時でした。
半農半漁の小さな漁村にあったその家は、その当時でも鄙びた集落でした。
家の周りには田んぼと畑があり、村はずれにはお墓がありました。
戦時中か、戦後間もない頃だったか。
貧しいながらも戦火の影響は受けず、自給自足でそれなりに育っていた祖母が、6歳くらいの頃。
祖母は花ちゃんと呼ばれて、同い年くらいの子供たちとよく遊んでいたそうです。
「一番仲が良かったのは、海沿いの家のヨシちゃんで、他にもゲンジ君とか・・・色々ねぇ」
ゲンジ君は1つ年上のガキ大将だったと話す祖母は、夏の昼下がりに孫と過ごす時間を楽しんでいたのかも知れなかった。
祖母の話は続いた。
ある日、ゲンジは田んぼのイナゴ捕りにも飽きてきた頃合いに言った。
「なぁ、肝試しに行かねぇか?」
「えぇ~~~どこにぃ~~」
「あぶないトコには、行っちゃいけないんだよ」
「こわいこと・・・イヤ」
「イナゴとりは、あきたけんどサァ」
口々に上がる声に、ゲンジは半ズボンのポケットからロウソクとマッチを引っ張り出して、自慢そうに見せて言う。
「ウチのぶつだんから、こっそりもってきたんだぜ。これつかって、おハカの『ぼーくーごー』のなか、タンケンするんだ!」
子供の火遊びは厳禁とされていた子供たちだが、かまどの番などの手伝いは経験がある。お墓に対しても、何かと言えば掃除や法事で行く機会は多かったから、さほど抵抗は無かった。
結局ガキ大将の号令で、村の墓場まで行った5人の子供たちは、防空壕の前に立っていた。
「ねぇ、花ちゃん・・・アタシ、こわいよぉ・・・」
怖がりで気が弱いヨシは、花にしがみついて今にも泣きそうだ。
「ンだよ、ヨシ。こえぇなら、ここで1人でまってろよ。なんか出てきてもしんねぇけどな」
火が付いたロウソクを持ったゲンジが言うと、ヨシは花の腕に掴まったまま、半べそを掻きながら足を進めた。
防空壕の中は、じめじめとして時折上から水滴が落ちて来る。
今は使われていないその場所は、剥き出しの土の壁が続く洞窟のようだった。
入り口から中に入ると、数メートルごとに曲がり角があり、直ぐに灯りはロウソクだけになった。
「・・・なぁ、ゲンちゃん。どこまで行くんだよぉ」
先頭を進むゲンジのシャツを掴みながら、タケカズが小声で話しかける。
「・・・っ・・・つきあたりまでだい!たぶん、もうすぐ・・・」
洞窟ではなく防空壕だから、直ぐに行き止まりになるはずだ、と声を上げたゲンジだが、その時天井からポツリと水滴が落ちた。
ジュッ・・・・・・
ゲンジが持っていたロウソクが消え、辺りは闇に代わる。
「ヒッ!」
「うわぁっ!」
「イヤ~~~っ!こわいぃーーー!」
悲鳴や泣き声がワンワンと響き、真っ暗闇の中で、どっちが出口かも解らない。
「・・・手を繋ごう・・・」
誰かが言った。
5人の子供たちは、手探りで近くの誰かの手を掴む。
ヨシは掴んでいた花の手を、しっかりと握った。花も、もう片方の手で、手近な誰かの手を握る。
手を繋いだことで少し落ち着いた子供たちは、引かれてゆく方向へと足を運んだ。
おっかなびっくりで少しずつ歩き始めると直ぐ、ぼんやりと出口の光が見えた、
「でぐちだぁ~~~!」
子供たちは声を上げ、泣きながら外へと駆け出した。
防空壕の外へ出て、そのまま墓場から走り去り、大きな木の下まで来ると、子供たちはようやくその場に座り込んだ。
「うぇぇぇ~~~ん」
「ウッウッ・・・グスッ・・・」
「ゥワァァ~~~ン・・・・こわかったよぉぉ~~」
涙と鼻水でグショグショになった顔は、ガキ大将のゲンジも同じだった。
ふと気が付くと、雨が降っている。夕立ちだと思われた。
びしょ濡れだと気づいたのは、少し落ち着いてからだった。
「でっ、でもさぁ・・・でてこれたんだから、ヨカッタよな」
ゲンジは情けなく逃げ帰ったことを誤魔化すように、再びガキ大将の口ぶりになって言う。
「まぁ、そうだけどさぁ・・・ゲンジって、オイラと手をつないで、うしろからきただろ?」
精米所の子供ユタカが、眉をひそめてゲンジの手を見て言った。
「ロウソク、どうした?」
「ぅ・・・おとした。っつうか、オイラもうしろのヤツとてにぎってたから」
先頭では無かった事がばれたゲンジは、顔を真っ赤にしている。
「っつうと、だれがひっぱって、そとにだしてくれたんだ?」
タケカズが、小声で言った。
5人の子供は、皆誰かと手を繋ぎ、引っ張られていたと解る。
「・・・輪になってたの?」
花の言葉に、誰もが顔色を失った。
狭い防空壕の中で、5人の子供が輪になるようなスペースは無い。しかも誰もが、前の手に惹かれ、後ろを引いていたのだ。
子供たちは、それ以上何も言わず、雨の中を駆けだして家へと帰った。
そして最後に、祖母は言いました。
「誰が外に引っ張っていってくれたのか、一番後ろは誰だったのか解らないんだよ。みんなが皆、右手も左手も誰かの手を握っていたのさ」と。
「長い話になってしまいましたが、どうでしょう?私たちも、手を繋いでみませんか?」
私は暗闇の中で、周囲にいる筈の人たちに問いかけた。
地鳴りのような音が聞こえ、閉ざされた空間ごと揺れる。
倒壊した建物の地下。
救助が来るかどうかも解らない長い時間の果て。
闇に差し伸べた私の手を。誰かがギュッと握った。
頭上から、激しく軋む音が降り注ぐ。
ここから連れ出してくれる手は、あるのだろうか・・・
そして、その行き先は・・・