ep8. 解憶
同時に地面を蹴る。
ボレアスは目前の屍食鬼に向かって剣を振るう。だが数が多い故に背後を取られる。ボレアス目掛けて屍食鬼の爪が迫る。されど─────
「君達程度の力じゃあ、僕に触れただけで致命傷だぞ」
体に触れる寸前、屍食鬼の手が凍てついた。覆う氷は腕をなぞっていき、やがて屍食鬼は氷漬けになってしまった。
その様子を見て、ボレアスを囲んでいる屍食鬼達の動きが止まる。
白の術色、塗着の型。
体を白で包むことである程度のものは触れる寸前で凍らせることができる。
「アルラ!後始末頼むよ!」
口火を切った刹那、ボレアスは勢いよく地面を蹴って剣で素早く屍食鬼を突く。それを繰り返す。突かれた屍食鬼は氷の傀儡となり身動きが取れず─────
「はぁ…後始末くらい自分でやってほしいものだ」
後方から空色の光線が襲い掛かる。
雷光に触れた傀儡達は上下半分に分かれた後に粉々に砕け散った。
「ふう──────」
一息吐く。けれどこの男は待ってくれない。勿論わかっている。
「安心している場合ではない。一刻も早く子供二人を見つけ出さないといけないのだからな」
「わかってるよ……でも何で誰も呼ばずに一人で行ってしまったんだ?」
「本人の自尊心だろう。昨日俺達が王城に戻る時に鉢合わせ、森に入って屍食鬼を退治したいだのと馬鹿げたことを言っていたからな。師があのアウリガ様であるから、その師に教えてもらっている自分はさぞかし強いと思い込んでいるのだろう」
「まさか昨日、言葉で変なところ突いたんじゃないだろうね?」
「さぁな。忠告のつもりだったんだが」
ボレアスは大きく溜め息を吐き、歩きながら小言をアルラに掛ける。
「伝え方が下手なんだよ……いつもそうだぞ、君は」
すると、前方から草を踏みしめる音が聞こえてくる。それも音がいくつも重なっている。
「なんだ?」
「また屍食鬼じゃないだろうな」
アルラの予想は3秒後に外れたことが分かった。音を立てていた者の正体は王城の兵士達だった。中には手負いの者も混ざっている。
「おい!どうした!?」
ボレアスが一人の兵士に聞く。
「屍食鬼が……しかも、今ま…でより、数が……多すぎる」
体を支えながら、周囲の状況を把握する。
無傷の人と手負いの人の数は五分。だが僅かに無傷の人の方が多い。負傷者の運搬は彼等に任せよう。
兵士達にそう指示をして、迫ってくる屍食鬼の大群を待つ。
「アルラ、あれを─────」
「言われるまでもない」
彩法調和はこの状況では使えない。
白と調和すれば出力が上がるどころか寧ろ下がってしまう。仮に緋と彩法調和した場合、緋から出でる炎の出力は辺りを照らすほどでしかなく、構築を以ってしても少々火傷するくらいだ。
故に────────
「解憶──────」
解憶。
武器の素材となった物質の記憶を呼び起こし、自身の業を強化させる術。もう一つ段階が存在するが、いずれも武装のランクが10中の8以上でなければならない。
現状、僕の周りで使えるのはアウリガ様とアルラしかいない。
アルラが持っている大剣『秘剣・ユグボルト』は、内に眠る記憶が呼び起こされ、剣身がボロボロと剥がれ地に落ちる。
そして剣身には赤い亀裂が走る。
秘剣・ユグボルトの素材は大剣の原型を基に巨大な樹木の先端を素材としたもの。その樹木は、何度雷が落ちようと決して折れなかったという逸話から『ユグボルト』と呼ばれた。それ故に、解憶したこの秘剣は過去に幾度となく打たれた雷を模倣し、現在に放つ。
「───────────」
息を止め、力強く剣を振るう。
前方に放たれた雷閃は、一つの線から無数に枝分かれし迫りくる屍食鬼のほとんどを薙ぎ倒した。
この一瞬で何が起こったのかわからなかったのか、残った屍食鬼達は呆然と立ち尽くしている。
「ここまで数を減らしたんだ。君も手伝え」
「……わかったよ」
全身に白を纏い、残った屍食鬼に接近する。
そちらに向かって来るのが見えたのか、呆然としていた屍食鬼達は襲い掛かってくる。
「──────」
避けるまでもなく。この程度の奴等であれば触れる前に凍らせることができる。ボレアスは凍てついた屍食鬼の腹を裂く。
凍らせる。斬る。
繰り返し。
そう、繰り返す、それだけ─────────
◆
ほどなくして、屍食鬼の大群は全壊した。
先ほどまで騒がしかった森は、一瞬にして静まり返った。
「一旦、終わったかな……」
「そのようだな」
「兵士達はあっちの方から来たってことは、あっちはもう探したってことだよな?」
「そうだろう。だが向こうの奥へ行こうとしたところ鉢合わせた可能性もある。先にあっちに行ってみよう」
「ちょ、僕を置いていくな!」
◆
心地の良い布団に耳障りの騒音。
一体何なのだ……。
眠い目を擦り、ようやく布団から起き上がる。確認すると、隣に寝ていたはずのカペラの体が無い。
「──────アウリガ様?」
見渡しても虚ろ。未だに覚め切っていない目を懸命に擦り、視界の解像度が上がってゆく。
隣は既に熱が冷めている。ということは、アウリガ様が居なくなってから随分と時間が経っているということだろう。
床に捨ててある衣服を着てカペラが寝ていた部屋から出る。
こんなにも王城が騒がしいのは初めてだ。だが、こちら側には誰もいない。故に理由が聞きたくても聞けない状況。
皆は王城の入り口や国主の間の方に集まっているのだろうか。
そう思いながら廊下を歩く。
浴場の前を通り過ぎる時、そちらの方から物音が聞こえる。
「──────」
ドアに手を掛ける。
開かない。嫌な予感がアリスに走る。アリスは懐から羽箒を取り出し、勢いよく扇ぐ。目前のドアが揺れ始めた刹那、そのドアは勢いよく吹き飛び、脱衣所のドアまでも吹き飛ばした。
術色・翠。範囲。
脱衣所の中に竜巻を出現させた。アリスは急いで浴場に入るが、中に人は居なかった。
「居ない…?確かに音がしたのだけれど──────」
聞き間違いか?
否。誰も居ない浴場なら、そもそも音がするはずがない。それに、何かの気配は感じる。
瞬間。
ガタッ──────
やはり音がする。奥の方からだ。
浴場の奥へと進んで行き立っている柱の裏も確認すると、そこには木箱があった。更にはその木箱からは呼吸をしているような音も聞こえてくる。
「─────────」
恐る恐る箱に近づき、手を掛ける。
箱はかなり硬く頑丈でちょっとやそっとじゃビクともしない。
仕方なく距離を取って翠を起こす。風の力で箱はバラバラと剥がれていき、中身が露わになった。
この熱い浴場で箱詰めにされていたのは、意識が朦朧としていた一人の少年だった。
「王子──────!?」