ep4. 揺れる空間
「ドラーグ!手綱を握って!」
カペラは小さく叫び馬車に飛び乗る。掌の空に黒い弓を出現させ、カペラは後方に向けて弦を引く。一見するとただ弦を引いただけだが、彼女の持っている型は構築。故に無から炎の矢を生み出すことができる。
暗い岩の中に輝く一本の炎。
カペラは矢先を見ながらドラーグに伝える。
「今からこの岩を撃って向こうに飛ばす。視界が開けたら馬車を走らせて!」
「了解」
ドラーグの声はひどく落ち着いているように聞こえた。気になったカペラは尋ねる。
「君は、怖くないの?」
「いいや。すごく怖い」
とても恐怖を抱いている声とは思えないほど安定していた。
そうこうしているうちに足音が近づいてくる。チャンスは一度。逃せば終わり。
刹那、光は前へと放たれた。中がくり抜かれた岩であるが故に簡単に後ろへ傾く。
闇が開いて新たな闇が広がる。凝視していなければ岩の中と森の中の区別は付きにくい。それほどまでの夜。
馬は、今まで力を溜めていたというぐらいの速度で走り出した。振り落とされそうになる体を懸命に固定する。
傾いた岩はそのまま後ろに倒れ、数体の屍食鬼を押しつぶした。中身は詰まっていないからただの牽制にしかならないがそれでいい。一度に相手にする数が減れば、こちらにも勝機はある。
「な!?代行者が居たぞ!本当に後をつけていやがった!」
後なんかつけてない!たまたまだ!と言ってやりたかったが、今は心の中で叫ぶしか余裕は無く────
「追え!絶対に殺せ!」
追って来るは四体の屍食鬼。
カペラは弦を鷲掴みにしていっぱいに引く。先ほどと同じように炎の矢が出でるが今度は三本。三体の鬼に命中するとは限らない。せめて追って来る数を減らす。一歩ずつ。その一歩で勝敗を分ける時だってある。
今度は山の闇に光が放ぶ。
一つは命中。が残りの二本は黒の彼方へ吸い込まれる。
流石、他の屍食鬼と異なるだけはある。炎の矢が刺さり体が燃え始めているというのに、少々よろめく程度で倒れる気配もなく追いかけ続けている。
「本当に厄介……!」
再び弦を引っ張った瞬間だった。
「そこの馬ァ!止まりやがれ!」
なんと前方から屍食鬼の声がしたのだ。迂闊だった。赤い屍食鬼は群れで動く。つまりは単独では行動しない。だがあの時、焔血鬼の事を知らせに来たのは一体だけだった。それに気付けなかった時点で退路は断たれていた。
ドラーグは手綱を引き猛スピードで走る馬を止める。このまま突っ走って突撃してしまうと馬がバランスを崩し横転してしまう可能性がある。矢が刺さっても平気な屍食鬼だ。馬の突進じゃあどうにもならないだろう。
「おい!こっちだ!囲め!」
岩に潰されていた屍食鬼達もこちらに追いつき、計七体の鬼に囲まれてしまった。頑丈な体であるが流石に息切れはする模様。いやそんなことを考えている場合ではなく、この状況を切り抜ける何かを探せ。
カペラは必死に彼等に説得することを試みる。
「確かに私は代行者だけど、別にあなた達の後を付けてきたんじゃなくたまたま出くわしただけで…」
「ウソこけ!なら何で何でもない代行者がこんな山道に居る?」
懸命に脳を搾り、言葉の水滴を垂らす。
「私はただ、依頼解決と自分の信じる神様を広めに来てるだけなんです」
「これから死に行く奴らはみんなそんなデタラメを言ってるんだぜ?生きたい生きたいって心の中で呟きながらなぁ!」
鼓膜に亀裂が入りそうなぐらいの高笑いが山の中に響き渡る。爪を立て、牙をむき出し、今にも襲い掛かろうと足に力を込める。
「覚悟しな!クソガキ!バカ代行者!今からテメェらのt─────」
瞬間、空間が揺れた。
地震じゃない。本当にこの空間全てが揺らいだ。
「テ…テメ───ぇら、の─────」
先ほどまで高笑いをし、牙をむき出していた屍食鬼達は、真冬の海に入ったかのように震えだし牙をガチガチと言わせている。
一方私の方は空間の揺らぎを感じたのは確かだが、あそこまで恐怖心が出てくることはなかった。
「えっと……」
「「うわああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」」
鬼達はさっきの高笑い同様に鼓膜を破りかねない勢いの雄叫びを上げ、誰も残ることなく闇の中へ飲まれて行った。
「────────」
流石に声も出ず、力が抜ける。
すると隣のドラーグが安堵のため息をつき、口を開く。
「すごいねカペラ。あんなことできるなんて」
「────────」
唖然とする。
あれは私自身がやったことなのか?いや、そんなはずはない。もしかすると神星界からの援護?否。神の気配はなかった。
頭の中がぐるぐるしているカペラは無理矢理言葉を出す。
「そ、そうかな?私ってそんなにすごいのかな…?」
「ああ、すごいよ。だってあんなにいきがっていた屍食鬼をビビらせちゃうんだもん」
◆
あの一件を経て、まだ日は跨いでないらしい。
今日起きたことを思い出す。
石蔵からの解放され、落下中に謎の亀裂とぶつかりそうになり、優しい少年と出会って、星壊衆の連中と遭遇して危機一髪に陥る。
一日で起きたとは思えないほどの濃さだ。けれど、今日よりも濃く険しい日々がこの先やってくると思うと少し心に痛みが走る。
気付かぬ内に出た溜め息にドラーグが聞く。
「疲れた?」
「そうかも。ドラーグも疲れたでしょ?」
尋ねると、彼は少し笑いながら言った。
「そんなに疲れてないよ。もし疲れたなら荷車の藁に寄りかかって休みなよ。日が昇った頃にはスリーストンに着いてると思うから」
「じゃあ、ありがたく休ませてもらうよ。言ってくれたら交代するからね」
「大丈夫だよ。おやすみ」
カペラは藁に寄りかかり夜空を見る。横になった途端、瞼に重みが増してくる。夜空の藍色が瞼の黒色に塗りつぶされてゆく。
本当に今日は、色々あった。
そう心の中で呟くと、カペラは夢の中へと沈んでいった───────
◆
「ギハハ!馬鹿な奴らだぜ!たった四人の衛兵で勝てるわけないだろうが!」
「俺等に吸われに来てるようなもんだぜ」
スリーストンの外れの方。
星壊衆の屍食鬼達は人間の血を啜っている。頭蓋を持って乾杯する者もいれば、無我夢中で血を吸う者もいる。
その傍で縛られている男は涙を流しながら震えている。
だがその時、
「「ひいいいぃぃぃぃぃぃいい!」」
群れの金切り声がだんだんと近づいてくる。それが耳に入ってくる他の屍食鬼達は今啜っている血を手で拭い、その音の方向に顔を向ける。
「なんだ?」
「情けねぇ声出してこっちに来るぜ?」
「逃げた焔血鬼にボコボコにでもされたんじゃあねぇか?」
すると、その騒音を出していた群れの姿が露わになる。その情けない姿を皆、人の血を吸いながら指を差して笑っている。
その中で一人、掌の上で賽を転がしながら心底嫌そうな顔をしている男が居る。星壊衆のリーダー・ヘルベルトだ。ヘルベルトはそいつらに事情を説明するように騒音を断たせ口火を切る。
「マジでうるさいわ。何が理由でそんなに騒いどんねん」
「ヘルベルト様!先ほど逃げ出した焔血鬼の行方を追っていたところ一人の道士とガキが居まして!」
「そ、そいつらヤベェんです!」
「空気を揺らすほどの気で、俺達の内からとんでもない恐怖心を湧かせやがりまして!」
耳の穴を穿りながらヘルベルトは聞いている。だが、その言葉の一つがヘルベルトの頭に引っかかった。
「あ?そんな代行者おるわけないやん。特徴言うてけ、言えんかったら殺すで」
全身に震えが走る。一人の鬼が口を開く。
「赤っぽいの瞳の女でした。少し小柄な」
「肩甲骨の辺りまで黒い髪が伸びてました」
「服は白を基調とした神父服でした。それと炎を放ってきました」
代行者の特徴を聞いたヘルベルトはブツブツと呟きながら眉を寄せる。同じタイミングで周りの屍食鬼達もざわつく。
「赤っぽい目、小柄、黒長髪、白い服、炎、空気を揺らすほどの気……おいおい待て待て冗談やろ。マジで?マジならヤバいで、これ」
寄った眉は元に戻り、代わりに口角が上がる。そして続ける。
「そいつは俺等がずっと殺したかった女、アウリガの可能性がクソ高い。山におったんなら明日にはスリーストンに着いとるやろ。人違いでも何でもええ、見つけ次第報告や。焔血鬼なんかどうでもええ!最優先はアウリガや!」
歓声。
喉を鳴らし、唾液を垂らし、雄叫ぶ。
「500年の恨み!」
「俺達を見捨てた罪、その身で思い知れクソ神!」
「ぶち殺してやる!」
声を上げる屍食鬼達を見て、ヘルベルトは鼻で笑う。
「アホか。あんなんお前等が勝てる相手とちゃう。殺るのは俺や。さぁて、どうやって殺したろうかなぁ」
盛り上がる屍食鬼達の横をニタニタと笑い黒い裾ときしんだ茶髪を揺らしながら歩く。縄で拘束された男の前まで来て、勢いよく足を乗せる。男は縛られていて抵抗できず、口も覆われていることから踏まれても喉からしか音が出せない。
「安心せえ、お前は保険や。俺に何かあった時の為の保険や。血ィなんか吸わん吸わん」
男を嘲笑いながら足を退ける。
唇を舌で潤し、生唾を飲み込む。
「決めた。すぐには殺さん。まずはイチモツぶち込んだるわ。どうせアイツ処女やろ?それやったら、ブチ犯した時血ィ垂れてくるからまずはそれ啜ったるわ。それが終わったらお前等で輪姦してもええで─────」