ep2. 謎の少年
ん?石蔵が?破壊された?
いやいや、そんなことあるわけがない。あの石蔵は執政はもちろん、幕下並みの力が無ければ破壊はできない建物なんだぞ?
『自然に倒壊したとは思えない壊れ方と轟音。誰かが破壊したとしか思えません。その件があるが故に貴方の手伝いをする者の到着がさらに遅れる可能性が高いです。もしかすれば合流は少し遅くなるかもしれません。道中お気を付けて』
述書から声が聞こえなくなる。何やら割ととんでもない事が神星界で起こったらしい。けれど、今は自分の事に集中しなければならない。星願声も底の底。他人に協力を頼まなければならないほど。手伝ってくれる三人の神が到着するまで極力厄介事は避けないと。
しばらく風を受け続けていると、だんだんと地面が近づいてきた。だがそれは山道。奥にスリーストンがある。
そう、着地地点がズレている。考えられる原因としては、あの亀裂を避けようと体の向きを変えたからだろう。それ以外思いつかない。
だが考えてる暇は無く、そろそろ着地する姿勢をとらないと頭から突き刺さることになる。それだけは避けたい。
体を回して足を下に向ける。迫る地面に合わせて膝を曲げ、衝撃を吸収する。着地自体は無事にできた。が、やはり感覚だけでなく身も衰えているようだった。少し足が痺れている。歩くことはできるが、ここからスリーストンまで歩くとなると少々気が遠くなる。
歩き出そうとした瞬間、後ろから声か聞こえる。
「そこのお嬢さん。こんな山道で何をやってるの?」
振り向くとそこには少し小ぶりな馬車に乗った黒衣の少年が居た。握る手綱を巧みに使い荷車を引く馬を止める。
実年齢はわからないが見た目から推測するに17、18歳ぐらいだろう。顔立ちはしっかりしているが、どこかまだ幼さが抜けていない。
「………その服を見るからに、お嬢さんは代行者なのかな?」
神星界の禁忌の一つに『自身が神星界の使者であると人界の民に明かしてはならない』というものがある。人界に降りた以上、自分の身分は偽らなくてはならない。この少年が私の姿を見て神罰の代行者だというのなら、人界での身分は代行者ということにしておこう。
「まぁ、そんなところだね」
「それで、代行者様がどうしてこんな山道を?」
「えーっと、スリーストンにちょっと用事があってここを歩いていたんだ」
濁すように言葉を並べる。
それを聞いた少年は微笑みながら私に話す。
「乗り物は?もしかして歩いて向かうのが神の教え?それなら邪魔はしないし、もし歩くのが教えでないのなら荷車に乗りなよ。丁度僕もスリーストンに用事があるんだ」
人界に降りて早々幸運が舞い降りた。移動に便利な馬車。優しい少年。この星願声集めの旅の始まりは少々恵まれすぎているかもしれない。故にその後が少し不穏だ。このまま何も起きないでくれ。
カペラは小さく頭を下げ、荷車に乗り込んだ。乗り込んだことを確認した少年は再び手綱を巧みに使って馬を動かす。荷車には箱と藁が乗せてあり、私はその藁の山に寄りかかった。
◆
数分経って少年が道中の暇つぶしに何か話でもしないかと尋ねてきた。特に何もすることなく黙っていられるわけもないのでもちろん承諾した。
「代行者様は何をしにスリーストンに行くの?」
「詳しいことはよくわからないんだけど、最近スリーストンが何か不穏な空気を漂わせてる気がして………上の人から代わりに見に行ってきてって言われてさ」
すると少年は、聞いたこともない単語を口にした。
「それって多分、星壊衆の件じゃないのかい?」
「星壊衆…?それって、何?」
「屍食鬼の集団の名前さ。でもただの屍食鬼じゃない。そいつ等は体が青ではなく赤、さらには食らうのは肉ではなく血液。血を啜りにランプを持って群れで歩いているそうだ。近頃はスリーストン付近に留まり、脅かしているらしい」
屍食鬼。死霊が骸に取り憑いたり、過去に恨みを持つ者が死することで生まれる肉を食らう怪物。しかしそれらは、一般的な肉を食う青い屍食鬼とは異なり、体は赤く血を吸う。故に、血や肉が散乱することは無く被害を受けた人の発見がかなり困難となる。屍食鬼退治に秀でた者が居ても対処は難しそうだ。極めつけは集団行動。本来屍食鬼は単独行動をする習性がある。一緒に居れば、同族であろうが食い殺す怪物なのだ。それが集団とは。相当特殊な存在なのだろう。
寄りかかったばかりの藁の山から起きて、少年の近くまで行く。
「君はその屍食鬼の集団のことをよく知ってるの?」
興味津々に少年に問いかける。少年は応じる。
「そうだよ。だから何でも聞いて。でも全知全能じゃないから答えられる範囲は決まっているけど」
それでも十分だ。
聞きたいことは色々ある。だが初対面の人に図々しく質問攻めをするのは失礼極まりない。きちんと頭の中で整理して面倒くさがられないよう質問する。
「その星壊衆にはリーダーみたいな奴は居るの?」
「居るよ。聞いた名前は確か、ヘルベルトと言ったかな。最近はそいつの名前をよく聞く」
ヘルベルト。聞き馴染みのある名前だ。確かエスダインで同名の人物がいた気がする。だが所詮は屍食鬼。偽名でもなんでも使うだろう。過去に居た彼と同一人物とは限らない。だが、
「最近?」
「ああ、最近だ。そもそも星壊衆の存在自体が最近だ。昔から血を啜る赤い屍食鬼の噂はあったんだけど結局は噂だった。だけど最近になってただの噂でしかなかった赤い屍食鬼の目撃情報が多発。ヘルベルトは高笑いして自分で名前と集団名を名乗ったそうだ。人伝だから必ずそうだったとは言えないけど」
昔からの噂。 500年前、そんな噂を耳にしたという記憶が無い。これは間違いなく言える。彼は知っているだろうか。他の質問を退けてダメ元で聞いてみることにした。
「昔からの噂って、いつぐらい昔なの?」
「僕も正確にはわからない。でもかなり昔かららしい。十数年とか数十年とかじゃなく、数百年単位だそうだ」
数百年単位と聞いてカペラは眉をひそめる。
自意識過剰かもしれないが、それぐらい昔の話なら私が関係している可能性もあるということだ。500年前にあんなことが起こっているんだ。考えたくはないが、その怨念が募った民達が屍食鬼となり、血を求め彷徨い歩いていてもおかしくはない。
しかし世間全てを知っているわけじゃない。私が罰を受けている間に誰かが禁忌を犯して人界に影響を及ぼしている可能性だってある。一旦、可能性達を脳の奥に仕舞い、カペラは質問を続ける。
「奴等の目的とかは?」
「残念ながらそれもわからない。まぁ他の屍食鬼同様に腹を満たすために殺しているんだと思うけど」
「そっか…じゃあ星壊衆の規模はわかる?」
「それならわかる。でも正確じゃない。ざっと数えて二十くらいだった」
二十と聞いて想像していたより少なすぎると感じるが、その考えは間違いだ。通常の屍食鬼とは異なる習性を持つ。十分に解明されていない屍食鬼が束になってかかってくるとなると全体の数が二十でも恐ろしい。対峙する際は慎重に行かなければならない。
険しい顔をしているとふとあることが頭を過ぎる。
こんなに話しているのにまだお互い名前を知らない。先に聞くべき内容が飛んでしまっていた。カペラは彼に申し訳なさそうに問う。
「そういえば、こんなに話してるのにまだ君の名前を聞いてなかったね。何て言うの?」
「名前?」
少年は少し間を置いた後、カペラの目を見て答えた。
「─────名前は、ドラーグだ」
彼が言った名前を何度か口の中で転がした。変わった名前ではあるが転がしていく内にしっくり来た。
「私の名前はカペラ・アスモティア。よろしくね」
互いにやっとの自己紹介を済ませた。
その後も二人の話は尽きず、西寄りに傾いていた青空の太陽は、空を橙色へと染め上げながら山の奥へ潜ろうとしていた。