08:結果だけ知りたい
笑って誤魔化してみるが、確信を持った紫色の瞳に見据えられて口元が引き攣る。
「諦めて現実を見ろ。お前はもうこっちの事情に深く関わっている」
「カルロス(仮)さんたちが来なかったら、私は今も一般市民として平和に生活していました」
名無しのエキストラなのだから、物語の登場人物と深く関わることはないと思っていた。あとは、こちらからアクションを起こさなければ、勝手に通り過ぎてくれるだろうと考えていた。
それが、どうしてこんな場所まで連れて来られてしまったのか。
──あの魔女さえいなければ。
今になって「ゾフィーちゃんの館へようこそ!」と書かれた看板が腹立たしくなってきた。今度見かけたら叩き割ってしまいそうだ。
「それで、ゴンべ」
「……私はゴンベじゃないです」
「ほう。では本当の名前を教えてもらおうか?」
うっかりしていた。
今更ながら、適当に名乗っていたことを思い出す。
「ゴンベではなく、ごんべぇです」
もちろん、誰も信じてくれない。
やはり、それっぽい名前を付ければ良かったと後悔する。元々名前のないキャラクターだけに、勝手につけても問題ないかだけが心配だった。
この物語もすでに原作から大きく逸れてしまっている。これ以上、名無しのキャラクターがかき回してもよいのか、不安が拭えなかった。
けれど、容赦のなく突き刺さってくる視線に居た堪れなくなってくる。
「お前の 名前を 言え」
「名前は……ナナ・シノです。ナナでもシノでも、どちらでも好きなほうで呼んでください」
「本当の名前かどうかは疑わしいが、まぁいい。──それで預言者」
うおい。せっかく名乗ったのに呼ばないなら、名乗らなくてもよかったのでは? と顔に出すと、カルロス(仮)は腕を組みながら、文句があるなら言ってみろとでも言いたげな顔で見据えてきた。
……そんな性格だから、ヒロインと結ばれなかったのである。
外見だけなら国で3本指に入るほどの美男子なのに、傲慢で融通の利かない性格が災いして見向きもされなかったのだ。
「人を憐れむような顔で見ているが、お前の知っている預言と関係があるのか」
「いいえ、あまりに性格に難があるので……」
かわいそうだなと言えば、どこからともなくプッと噴き出す声がした。
反射的にカルロス(仮)の側近と護衛に視線を走らせる。一体どちらが笑ったのか。注意深く観察すると、二人とも視線を合わそうとしなかった。
「ゴホン、本当に無礼な方ですね。ここにいるのは、王国筆頭の大貴族であるグランセ公爵家の当主様ですよ。本来なら、平民である貴女が気楽に会える方ではありません」
「それじゃ、もう帰ります」
別に会いたくて、ここにいるわけではない。帰れと言われたら喜んで帰る。
「家が燃えたのに、どこへ帰るつもりだ」
「……ソウデシタ」
帰る家は、どこかのバカに燃やされてしまったのだ。
花屋の娘なのに、売る花もなければ、店と住まいを同時に失ってしまうなんて不憫すぎる。
改めて落ち込んでみせると、側近が再び咳払いをしてから口を開いた。
「一先ず、燃えてしまった家は弁償します。その家の建て直しが終わるまで、この屋敷に滞在することを許可します。──ですが、当主様に対する態度は改めていただきますよ」
側近の男はギロリと睨んで威圧してきた。
見るからに神経質そうで堅苦しい男が、実は無類の猫好きだとは誰が思うだろうか。
だが、弁償してくれるのは願ってもいないことだ。
ナナはスッと立ち上がり、カルロス(仮)に向けて右手を差し出した。
「お気遣いに感謝いたします、カルロス・フォン・グランセ公爵閣下。新しい家が建つまで、しばらくお世話になります!」
「……カッコカリはやめたのか?」
「もう仮ではなくなったので。ところで、地下牢に行くときは私も同行させてください」
握手をするために右手を差し出したものの、伝えた言葉が彼の逆鱗に触れたようだ。
手首をがしっと掴まれると、強い力で引き寄せられ、今すぐに人を殺しそうな目で睨みつけられた。
「どこまで知っているんだ、預言者」
予言者への期待からは程遠い敵意と、警戒心むき出しの表情に、恐怖で震えが……と思ったが、それどころか相手を手玉にとっているような高揚感を覚えた。この震えも快感からくるものだろう。
「預言者である私を怒らせると怖いですよ?」
「ほう、自ら預言者と認めたか。それで、どのように怖いのか聞かせてもらおうか」
──本当にいいんだな。
ナナが不敵に笑うと、カルロスは眉根を寄せた。
彼らは預言者と思っているようだが、正確にはこの物語の読者だ。知っているのは未来だけでなく、主人公を中心としたそれぞれの過去も記憶している。
つまり、誰にも知られたくない黒歴史も、ばっちり覚えているということだ。
「あれは、閣下が六歳の時です。友達と湖で遊んでいた時、水の中に落ちましたね。当時、閣下はカナヅチで泳げず、救出されるまで溺れ続けたせいで、しばらくオネショが……」
「──預言者、今すぐその口を閉じなければ、舌なしで喋ることになるぞ」
「舌を失ったら何も喋れませんが!」
「だったら余計なことは話すな。いいか、分かったな」
だから言ったではないか、預言者を怒らせると怖いって。
カルロスは呆れた様子で手首を放してくれたが、ものすごく物足りない。本人を前にして、喋り足りないのだ。
「預言者は過去も分かるのか?」
「閣下が〇〇家の伯爵夫人に淡い恋心を抱いていたことですか? それとも、とある令嬢に媚薬を盛られて、一晩中──」
「お前の心臓は握りつぶしても、翌日には再生するのか?」
まさか、試されるおつもりですか?