03:ありがた迷惑
物事すべてに光と影が存在するように、平和に思えるリンフルト王国も例外ではない。
貴族や商人が暮らす華やかな街並みの影で、貧困者や犯罪者で集まった無法地帯の区画がある。救済の手は届かず、法律もあってないようなものだ。
ただ、身を隠さなければならない存在にとっては、最適な場所だと言える。犯罪者はもちろん、産まれた時から迫害されてきた者たちにとっては。
「娘、こっちだ」
「……馬車でのこと、まだ怒ってますよね」
店に来たときより眉間の皺が増えた銀髪の男に、花屋の娘はため息をついた。心なしか声も冷たくなっている。
オレンジ髪の男は、表情が迷子だ。上司の手前笑うわけにもいかず、ただ口元は引きつっていた。彼は御者の代わりに馬車を走らせていたが、中での会話は聞こえていたらしい。
『こちらの素性は訊かないんだな』
『二度と会うこともないので。……そういう貴族様も随分落ち着いていらっしゃいますが、おいくつなんですか?』
『……25だ』
『え、25歳!? あらゆる苦労を背負ってそうな顔なのに、まだ25歳なんですか!? 私とひとつしか違わないじゃないですか!』
『いくつに見えた』
『さん──』
『胴体と首を切り離されたいらしいな』
『……気にされていたんですね。もう何も言いません』
年齢ぐらい訊いてあげるか、と思ったのが間違いだった。余計なことまで言ってしまうこの口が悪いのだけれど、逃げ場のない車内の雰囲気を壊すべきではなかったと反省する。
目的地までどのぐらいかかわるか分からないが、初めて乗った馬車は地獄のようだった。古びているせいか乗り心地は最悪で、ひどい吐き気に襲われる。
『こんな馬車しか用意できないなんて、貧乏貴族……』
『中で吐いたら弁償してもらうぞ』
見た目は18禁が服を着て歩いているほど色気のある男なのに、中身はただの鬼畜野郎だ。
花屋の娘は馬車が止まるまで、胃からせり上がってくる朝食を吐き出さないように必死で耐えた。苦行の何ものでもない。
「ここは……」
「まともな人間なら絶対に立ち寄らない貧民街だ」
このイかれ野郎。
すぐに立ち去ろうとすると、がしっと首根っこを掴まれる。
随分大きな手だと思ったのもつかの間、そのまま歩き出されて強制的に貧民街へ足を踏み入れることになった。オレンジ髪の男は馬車で待機するようだ。彼の憐れんだ目が遠ざかっていく。
「あの、放してくれませんか?」
「逃げないと約束するなら放してやるが」
「ここで放置されるほうが危険なので、意地でも離れませんよ」
昼間だというのに薄暗くてドブ臭い街を歩いていると、見るからに犯罪臭のするゴロツキが爛々と目を光らせていた。もし襲われた時は、隣の男を盾にするかしない。
「まだですか?」
「もうすぐだ。お前の方こそ、文句を言うわりに落ち着いているじゃないか。──こういう状況になると分かっていたのか?」
「分かっていたら、貴族様が訪ねてくる前に逃げていました」
危険を知らせる予知ができたらどんなに良かっただろう。
エキストラとして快適なセカンドライフを送るためには、物語の主要キャラクターに認知されてはいけない。顔見知りなんてとんでもない話である。
名無しのエキストラがスポットライトを浴びるのは一瞬。あとは舞台袖に引っ込んで、物語の行く末を見守るだけで良いのだ。優雅にお茶でも飲みながら。
「──カルロスだ。名前ぐらいは教えてやる」
××野郎――――!!!!!