4.サリナの誘い
本編を優先していたため、2か月ぶりの更新となりました。
魔女たちはそれぞれ自分の仕事を持つ。とくに塔にいる者たちは『家を守る』などという意識はなく、むしろ世捨て人のような雰囲気がただよう。
貴婦人たちにも魔術学園出身の者はいるけれど、それは血筋に加えるには魔力の多い者が好まれるからだ。実際に彼女たちが行うのは社交や領地経営で、魔女として仕事を持つ者はあまりいない。
魔力を使うのは護身術や、領主館にある高価な魔道具に魔素を補充するぐらい。転移魔法さえヘタな者もいる。
そんな彼女たちにとって、魔力を自在に使って王城で働く魔術師や錬金術師は、近しいようで遠い存在だった。彼らの多くは社交の場にほとんど出てこないからだ。
ミーナは内心ガクブルしながら、つとめて落ち着いた声で答えた。
「あ、あの……ネグスコさんはボッチャジュースのことをご存じなかったので……『魔女のお茶会で使うものだ』と教えたのは私たちですの」
「そ、そうです」
とりあえず当たり障りのないことをミーナが言えば、ニーナもコクコクとうなずく。
「お待ちになって」
アンガス侯爵夫人がパチリと扇を閉じた。
「なつかしいわ……『魔女のお茶会』だなんて。わたくしたちもこっそり……ね?」
クスクスと笑いながら、貴婦人たちはたがいに目配せしあう。
「本当に。魔術学園の卒業パーティーでパートナーになっても、最後のひと押しは『お茶会』でしたもの」
「まぁ!」
聞き役に回っていたサリナがほほを染め、大きな緑の瞳を輝かせた。それをほほえましそうに見守ってから、アンガス公爵夫人はふと思いだしたように聞いてきた。
「でもどうして彼があなたたちに聞いてくるの?」
「そ、それは……」
実際に彼女たちに聞いてきたのはネリィ、こと錬金術師団長ネリア・ネリスだ。しかしそれを答えてしまっては、さらなる質問責めが待っている。
「公爵夫人、ミーナさんがお困りですわ」
そう言ってサリナが優雅に指を動かし、いきなり遮音障壁を展開した。公爵夫人は彼女がとった突然の行動に眉をひそめる。
「あら……」
社交の場で遮音障壁を使うのはマナー違反とされる。これみよがしに内緒話などされては、だれもが気分を悪くするからだ。
それを平気で使えるのは師団長たちか王族。そしてサリナ・アルバーンも公爵家の一員だった。公爵夫人をはじめとして、まわりの貴婦人たちを置いてけぼりにして、彼女はおっとりとミーナにたずねた。
「ねぇミーナさん、ネグスコさんに教えたということは、ネリア様もご存じなかったのかしら?」
(ひいいいぃ⁉)
剛速球のような核心をついた質問に、ミーナがすくみあがっていると、サリナはにっこりと笑った。エメラルドのような瞳には興味深そうな光が宿る。
「ネリア様にも『魔女のお茶会』を教えて差し上げたのね。彼女が行くとしたらレオ兄様のところだわ。ちがうかしら?」
(なんなのこの子⁉)
ニーナとミーナがサリナの追及にタジタジとなっていると、公爵夫人も気が気でないようで、遮音障壁の向こうでせわしなく扇を動かしている。
「あ、あの……」
なんとか口を開こうとしたミーナを、サリナは優雅に手で制した。
「ああ、お答え頂かなくてもかまいませんわ。そう思っただけですもの。ちょっとレオ兄様に聞いてみますわね」
(ええええ⁉)
でてきた名前にミーナたちが驚愕するまもなく、サリナはエンツを唱えた。
「レオ兄様、サリナです。わたくしネリア様にご相談したいことがありますの。タクラ滞在中にお会いできないかしら」
少し間をおいて低い声で返事がある。
「……サリナか。彼女に相談とは?」
余韻のある色香もふくんだような声音に、ミーナとニーナは一瞬ひきこまれそうになり、うっとりとほほを染めて顔を見合わせる。
(やだ。ちょっと……声もイイじゃない)
(ホントね。魔術師団長って無口だから、声なんてほとんど聞いたことなかったわ)
(やるわねネリィ)
無口なレオポルドはいつも、気楽に話しかけられるような雰囲気ではない。王城でもライアスと歓談しているところを遠目に見るぐらいだ。
息をひそめてふたりのやりとりを見守っていたふたりは、サリナが発したつぎのひと言にひっくり返りそうになる。
「ネリア様に恋の手ほどきをお願いしたいの」
「……は?」
レオポルドのめんくらったような声がして、ミーナとニーナは心の中で絶叫した。
(サリナ嬢、それぜったい間違ってるから!)
(そうよ!あのネリィに恋の手ほどきなんてムリよ!)
大口を開けてニコニコしながら、焼きたてのアマ芋菓子にかぶりつくネリィである。恋愛話にそれとなく水を向けても、真っ赤になってアワアワしながら、もごもごと見当違いの答えを返してくる。本人はまじめに考えているらしいのだが。
そんなふうに思い返していると、ふたたび事態を見守っているアンガス公爵夫人と目が合い、ミーナたちはあわててスンっとした表情に戻る。サリナは従妹ならではの気安さで従兄に話しかけている。
「ネリア様にいろいろと助言を頂きたいの。『魔女のお茶会』のあと、彼女はレオ兄様とお過ごしになったのでしょう?」
「なぜそれを……」
(キター!)
(認めたわ。認めたわよ、ねぇちょっと!)
気まずそうなレオポルドの返事に、ミーナとニーナはまたもや心の中で叫ぶ。事態を見守っているアンガス公爵夫人と目が合っても、こんどは顔が元に戻らない。サリナがふたりに向かってウィンクをして、その可憐なしぐさに息が止まりそうになる。
(ちょっと待って。私今妖精を見たわ!)
(魂を取られちゃダメよ、ニーナ。なんたってアルバーン師団長の従妹なのよ!)
「だれにも言いませんわ。場はアンガス公爵夫人が整えて下さいます。レオ兄様はネリア様を連れていらして?」
けれど気が乗らなさそうにレオポルドは渋った。
「しかし……」
連れてきたくはないのだろう。魔術師団長のガードが堅いというのは本当らしい。するとサリナはたたみかけた。
「ネリア様を連れてきてくださるなら、わたくしは未来永劫おふたりの味方をすると誓います」
「……わかった」
あきらめたような声でため息とともに返事があり、ミーナとニーナは思わず手を握り合う。なにかすごい瞬間に立ち会った気がするが、それよりもふたりの頭によぎったのは……。
(仕事よ。仕事が待ってるわ!)
(ネリィと魔術師団長の衣装……すぐに押さえられる生地はある⁉)
(そんなのアンガス公爵夫人がいくらでも協力してくれるわよ!)
(じゃ、ばっちりね!)
ふたりの興奮したようすに、遮音障壁の外にいる公爵夫人も何かを察して目を輝かせた。けれど当のサリナはエンツを切ったあとも冷静で、手元のカップに向かってポツリとつぶやく。
「わたくしはレオ兄様の信頼を失わなかったことを、オドゥ・イグネルに感謝しなくてはならないわね……」
それはどういう意味だろうとミーナたちが考える前に、サリナは遮音障壁を解除して公爵夫人へレオポルドの返事を伝えた。