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3.公爵夫人の尋問

『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』

挿絵(By みてみん)

よろづ先生より9巻発売記念イラストを頂きました!

ライアス、カッコいいです。

 レオポルドは態度こそ辛辣だが、なんだかんだいって面倒見がいいことを、従妹であるサリナはちゃんと知っている。


 だから彼女がきちんと頼めば断られることはないだろう。


(けれど安易に呼びだすわけにもいかないわ……それに海遊座でお見かけしたレオ兄様はピリピリして、いつにも増して神経質だったもの)


 婚約したばかりだという師団長ふたりのあいだに、冷ややかな空気が漂っていたのも気になる。


(『あのギンイワシ』ってレオ兄様のことよね?)


 サリナもそれがどんなものかは知らないが、きっと銀色をした何かだろう。


「わたくしがエンツを送ったとしても、断られるかもしれませんもの。どうしたらいいかしら?」


 おっとりとほほえんで、サリナは困ったように首をかしげる。まばたきをするだけで可憐な令嬢のまわりに花が咲くようだ。


「困りましたわね……」


 アンガス公爵夫人も扇を広げてため息をこぼした。事態はふりだしに戻っただけだ。


 そしてふたりの視線はなんとなく、ニーナとミーナに向かう。さっきから息を潜めて気配を消して、空気になっていたニーナたちはビクッと背筋を伸ばした。


「そういえば王太后陛下のお茶会でも、後から小姓の子がお菓子を取りに来ましたわね。ネリア様はお菓子はお好きかしら?」


「は、はい……」


 にっこりとほほえんでたずねるサリナに、しかたなくニーナが答えると公爵夫人の目がキラリと光った。


「まぁ!どんなお菓子を好まれるのかしら?」


「それは……」


 秋の収穫でにぎわう王都の市場でアマ芋を見つけたネリアは、張り切ってライアスのかまどで焼きアマ芋や、ペーストを使ったアマ芋タルトにアマ芋パイ、たっぷりの砂糖とバターでアマ芋の形にして焼いた菓子を作って楽しんでいた。


 それを七番街の工房にも、たっぷりと差しいれで持ってきてくれた。


 でもアマ芋は……食べると腸の動きが少々活発になるため、貴婦人たちには好まれない食材だ。


 ニーナとミーナが彼女につき合っておいしく食べたのは、社交の場ではなく職場への差しいれだったのと、そん現象が起こるとはいえ、アマ芋菓子がとてつもなく美味だったからでもある。


(アマ芋をパクつくネリィって……つくづくレディらしくはないわね)


(シッ……でもあれおいしかったわよ)


 素揚げして糖蜜をからめたものや、サクサクの衣で揚げた揚げアマ芋……アマ芋を手にしたネリアの瞳はキラキラと輝いて、グリドルを使った実演販売でもしそうな勢いだった。


 公爵夫人が扇をパタパタとあおいで、ふたりは現実に引き戻される。


「あ、あの……ミッラを使ったミュリスを食べられていました」


「そ、そうですね。三番街のトポロンも……」


 とりあえずニーナたちは当たり障りのなさそうなお菓子の名を挙げた。


「まぁ!取り寄せられるかしら」


「王都からですと四日、サルカス名物のミュリスですと十日はかかるかと……」


 控えていたスタッフが汗をかきながら答え、公爵夫人は扇を広げて眉を寄せる。


「そんなに待てるわけないでしょう。通信用魔道具でレシピを取り寄せ、同じものを作るよう厨房のスタッフに指示してちょうだい」


 それから悠然とひと言つけ加えた。


「費用はいくらかかってもよくってよ」


「かしこまりました!」


 スタッフが一礼して去る横で、ニーナとミーナは暖かいとはいえ暑くもない温室でダラダラと汗をかいた。


(ひいいいいぃ!)


(当たり障りのないお菓子を答えただけなのに、もう大騒ぎになってる!)


 たまたま思いついた、だれもが知っているお菓子を答えただけなのだ。どちらも売る店は決まっていて、だからこそ名物となっているお菓子だから、レシピを譲ってもらうにしても、いくらかかるか予想もつかない。


(どうしようミーナ!)


(知らないわよっ!)


「そういえばわたくし、秋の対抗戦で〝最高殊勲者〟となったヴェリガン・ネグスコという錬金術師について、ちょっと小耳に挟んだのですけれど……」


「ああ、リコリス家の令嬢を射止めたとかいう?」


 貴婦人たちがサワサワと話をはじめ、ニーナとミーナはホッとして肩の力を抜いた。ヴェリガンのことならサシェを作ったときのこと以外、何も知らないと言い張れる。


「六番街の市場に錬金術師団が屋台を開きましたの。そこを任されているそうですわ」


「錬金術師団が屋台ですって?」


「なんでもコールドプレスジュースとかいう飲みもので、王太子殿下の栄養管理をしているのも彼だとか……」


「コールドプレスジュース?」


 錬金術師団の資金源が多岐に渡っていることに、貴婦人たちは驚いてささやきあう。グレンのころよりも今のネリス師団長に変わってからのほうが、錬金術師たちはめざましい活躍を見せている。


 アンガス公爵夫人はまたもや扇をひらめかせて、スタッフを呼び寄せた。


「気になりますわね……コールドプレスジュースのレシピは錬金術師団が持っているということかしら?」


「さようでござます。季節ごとにメニューも変わるそうですわ。わたくしどもは市場に出入りすることがありませんし……実物を目にしてはいないのですけれど」


 年配の淑女がていねいに答えると、公爵夫人はいならぶ貴婦人たちの顔を見回した。


「これはぜひコールドプレスジュースを体験してみたいものですわ。王太子殿下の凛々しいお姿をご覧になりましたでしょう?」


「ええホントに。しばらく公務からも離れてひっそりとお過ごしでしたものね」


 あの小さかった殿下が……そう口には出さないものの、ユーティリス王子がチョーカーをはめていたころの姿を、全員が思いだしていた。


「屋台といえば、派手に『ヴェリガンのボッチャジュース!愛のお守り!』などという垂れ幕がかかって宣伝しているそうですわ」


「まぁ!」


 貴婦人たち全員の目が輝いた。秋の対抗戦で最高殊勲者賞を獲得したヴェリガン・ネグスコが、その場でひざまづいてヌーメリア・リコリスに求婚したのは有名な話だ。というよりも対抗戦は何がなんだかわからないうちに、あっさり終わってしまって話題になるようなことは、それぐらいしか挙がらなかった。


 公爵夫人の目がぐるんとニーナ&ミーナのほうを向いた。


「ニーナたちは何か聞いていて?」


「うぐっ!」


 お茶会の席では大変はしたないことだけれど、すっかり油断していたニーナはビスケットをノドに詰まらせる。


「失礼しました」


 にこにこと愛想笑いをふりまいて、ミーナがニーナの背中をさすると、公爵夫人はパチリと扇を閉じた。


「そのようすだと……何か知っているわね」


 ニーナは青くなってブルブルとかぶりを振る。公爵夫人の目がすっと細くなった。


「ニーナ……ウソはよくないわ。ボッチャジュースについて何を知っているの?」


 やんわりと公爵夫人に問いつめられ、ニーナの顔がどんどん白くなる。口にほおばったビスケットがなくなれば、彼女は問いに答えなければならない。


(ちょっと、私どうすればいい⁉)


(どうもこうもないわよ。しらばっくれなさいよ!)


(だってえぇ!)


 視線のやり取りで会話するふたりに、公爵夫人がビシリと割ってはいる。


「ミーナ、ニーナのかわりにあなたが答えなさい」


(ひいいぃ!)


ヴェリガンとサシェの話は7巻書籍SSです。

ボッチャジュースの話は短編集で書いてます。

『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』

挿絵(By みてみん)

挿絵②のために制作されたヌーメリアの衣装デザインです。

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