3.公爵夫人の尋問
レオポルドは態度こそ辛辣だが、なんだかんだいって面倒見がいいことを、従妹であるサリナはちゃんと知っている。
だから彼女がきちんと頼めば断られることはないだろう。
(けれど安易に呼びだすわけにもいかないわ……それに海遊座でお見かけしたレオ兄様はピリピリして、いつにも増して神経質だったもの)
婚約したばかりだという師団長ふたりのあいだに、冷ややかな空気が漂っていたのも気になる。
(『あのギンイワシ』ってレオ兄様のことよね?)
サリナもそれがどんなものかは知らないが、きっと銀色をした何かだろう。
「わたくしがエンツを送ったとしても、断られるかもしれませんもの。どうしたらいいかしら?」
おっとりとほほえんで、サリナは困ったように首をかしげる。まばたきをするだけで可憐な令嬢のまわりに花が咲くようだ。
「困りましたわね……」
アンガス公爵夫人も扇を広げてため息をこぼした。事態はふりだしに戻っただけだ。
そしてふたりの視線はなんとなく、ニーナとミーナに向かう。さっきから息を潜めて気配を消して、空気になっていたニーナたちはビクッと背筋を伸ばした。
「そういえば王太后陛下のお茶会でも、後から小姓の子がお菓子を取りに来ましたわね。ネリア様はお菓子はお好きかしら?」
「は、はい……」
にっこりとほほえんでたずねるサリナに、しかたなくニーナが答えると公爵夫人の目がキラリと光った。
「まぁ!どんなお菓子を好まれるのかしら?」
「それは……」
秋の収穫でにぎわう王都の市場でアマ芋を見つけたネリアは、張り切ってライアスのかまどで焼きアマ芋や、ペーストを使ったアマ芋タルトにアマ芋パイ、たっぷりの砂糖とバターでアマ芋の形にして焼いた菓子を作って楽しんでいた。
それを七番街の工房にも、たっぷりと差しいれで持ってきてくれた。
でもアマ芋は……食べると腸の動きが少々活発になるため、貴婦人たちには好まれない食材だ。
ニーナとミーナが彼女につき合っておいしく食べたのは、社交の場ではなく職場への差しいれだったのと、そん現象が起こるとはいえ、アマ芋菓子がとてつもなく美味だったからでもある。
(アマ芋をパクつくネリィって……つくづくレディらしくはないわね)
(シッ……でもあれおいしかったわよ)
素揚げして糖蜜をからめたものや、サクサクの衣で揚げた揚げアマ芋……アマ芋を手にしたネリアの瞳はキラキラと輝いて、グリドルを使った実演販売でもしそうな勢いだった。
公爵夫人が扇をパタパタとあおいで、ふたりは現実に引き戻される。
「あ、あの……ミッラを使ったミュリスを食べられていました」
「そ、そうですね。三番街のトポロンも……」
とりあえずニーナたちは当たり障りのなさそうなお菓子の名を挙げた。
「まぁ!取り寄せられるかしら」
「王都からですと四日、サルカス名物のミュリスですと十日はかかるかと……」
控えていたスタッフが汗をかきながら答え、公爵夫人は扇を広げて眉を寄せる。
「そんなに待てるわけないでしょう。通信用魔道具でレシピを取り寄せ、同じものを作るよう厨房のスタッフに指示してちょうだい」
それから悠然とひと言つけ加えた。
「費用はいくらかかってもよくってよ」
「かしこまりました!」
スタッフが一礼して去る横で、ニーナとミーナは暖かいとはいえ暑くもない温室でダラダラと汗をかいた。
(ひいいいいぃ!)
(当たり障りのないお菓子を答えただけなのに、もう大騒ぎになってる!)
たまたま思いついた、だれもが知っているお菓子を答えただけなのだ。どちらも売る店は決まっていて、だからこそ名物となっているお菓子だから、レシピを譲ってもらうにしても、いくらかかるか予想もつかない。
(どうしようミーナ!)
(知らないわよっ!)
「そういえばわたくし、秋の対抗戦で〝最高殊勲者〟となったヴェリガン・ネグスコという錬金術師について、ちょっと小耳に挟んだのですけれど……」
「ああ、リコリス家の令嬢を射止めたとかいう?」
貴婦人たちがサワサワと話をはじめ、ニーナとミーナはホッとして肩の力を抜いた。ヴェリガンのことならサシェを作ったときのこと以外、何も知らないと言い張れる。
「六番街の市場に錬金術師団が屋台を開きましたの。そこを任されているそうですわ」
「錬金術師団が屋台ですって?」
「なんでもコールドプレスジュースとかいう飲みもので、王太子殿下の栄養管理をしているのも彼だとか……」
「コールドプレスジュース?」
錬金術師団の資金源が多岐に渡っていることに、貴婦人たちは驚いてささやきあう。グレンのころよりも今のネリス師団長に変わってからのほうが、錬金術師たちはめざましい活躍を見せている。
アンガス公爵夫人はまたもや扇をひらめかせて、スタッフを呼び寄せた。
「気になりますわね……コールドプレスジュースのレシピは錬金術師団が持っているということかしら?」
「さようでござます。季節ごとにメニューも変わるそうですわ。わたくしどもは市場に出入りすることがありませんし……実物を目にしてはいないのですけれど」
年配の淑女がていねいに答えると、公爵夫人はいならぶ貴婦人たちの顔を見回した。
「これはぜひコールドプレスジュースを体験してみたいものですわ。王太子殿下の凛々しいお姿をご覧になりましたでしょう?」
「ええホントに。しばらく公務からも離れてひっそりとお過ごしでしたものね」
あの小さかった殿下が……そう口には出さないものの、ユーティリス王子がチョーカーをはめていたころの姿を、全員が思いだしていた。
「屋台といえば、派手に『ヴェリガンのボッチャジュース!愛のお守り!』などという垂れ幕がかかって宣伝しているそうですわ」
「まぁ!」
貴婦人たち全員の目が輝いた。秋の対抗戦で最高殊勲者賞を獲得したヴェリガン・ネグスコが、その場でひざまづいてヌーメリア・リコリスに求婚したのは有名な話だ。というよりも対抗戦は何がなんだかわからないうちに、あっさり終わってしまって話題になるようなことは、それぐらいしか挙がらなかった。
公爵夫人の目がぐるんとニーナ&ミーナのほうを向いた。
「ニーナたちは何か聞いていて?」
「うぐっ!」
お茶会の席では大変はしたないことだけれど、すっかり油断していたニーナはビスケットをノドに詰まらせる。
「失礼しました」
にこにこと愛想笑いをふりまいて、ミーナがニーナの背中をさすると、公爵夫人はパチリと扇を閉じた。
「そのようすだと……何か知っているわね」
ニーナは青くなってブルブルとかぶりを振る。公爵夫人の目がすっと細くなった。
「ニーナ……ウソはよくないわ。ボッチャジュースについて何を知っているの?」
やんわりと公爵夫人に問いつめられ、ニーナの顔がどんどん白くなる。口にほおばったビスケットがなくなれば、彼女は問いに答えなければならない。
(ちょっと、私どうすればいい⁉)
(どうもこうもないわよ。しらばっくれなさいよ!)
(だってえぇ!)
視線のやり取りで会話するふたりに、公爵夫人がビシリと割ってはいる。
「ミーナ、ニーナのかわりにあなたが答えなさい」
(ひいいぃ!)