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だって歯ブラシ他人と共有できる?

作者: 佐伯帆由


「すまなかった、本当に出来心だったんだ。ふとした気の迷いだ。どうかしていたんだ。僕には君だけだ。もう二度とこんなことはないと誓うよ」


 扇で顔の下半分を隠した私の前には、膝をついて首を垂れる夫。両脇には嫁ぎ先の義両親。三人で夫を見下ろしていた。私は扇を閉じて突きつけた。


「浮気相手とほんの出来心で子まで儲けられてはたまりません。幸いお義父様もお義母様も、私が産んだ二人の孫さえいればもう息子(あなた)は必要ないと仰せです。浮気相手を連れて、とっとと出て行ってくださいな」


 実は、私にはぼんやりとした前世の記憶がある。生活環境とか考え方とか、そのくらいだけど。物心つく以前には、さまざまなことを覚えていて両親に頭を抱えさせたようだが、成長するにつれ忘れてしまい、今ではほとんど覚えていない。

 そんなわずかな記憶だが、前世でも妊娠中の妻がいるのに他所で子を作ってくるような輩はクズだったはずだ。こちらでももちろん、クズだが、前世よりは大目に見られている。それはこの家が貴族の家で、貴族は政略結婚が大多数だからだ。私や義両親も政略結婚だ。だから、夫はこんな発言をする。


「そんな、ちょっと遊んだだけじゃないか、甲斐性のうちだ。産まれる子も認知しないし、二度とよそ見はしないと言っているじゃないか。貴族の妻なら、このくらいのこと笑って許すべきだろう。狭量がすぎるのではないか」


 夫が喚く。最低だ。「このくらいのこと」だそうだぞ。子供はどうするつもりなんだ。私の隣で孫を一人ずつ抱いている義両親がため息をついた。


「私が双子の出産で苦しんでいた間に、他の女を孕ませるようなあなたのことを、もう信じることができないのです。将来、あなたはきっと同じことをします。断言できます。これ以上、この家をお家騒動で弱体化させるわけにはいかないのです」


 私の隣の義父が、ふと顔を逸らせるのを感じた。私が嫁いでくる前、義父がこさえた数々の庶子の相続争いの結果、この家は相当に疲弊した。原因となった義父は、一族から大顰蹙を買って責め立てられ、今ではすっかり義母の尻に敷かれ小さくなっている。それもあって、私の政略結婚の際、将来火種になるような不貞行為はしないというのが、婚前の約束だったのだが。


「それになんといっても、私がもう我慢できそうにないのです。あなたに散々、尽くしました。その結果がこれですからね」


 私は傾いたこの家を、様々な意味で支えてきた。政治的にも経済的にも、すでに実権は私が握っている。顔も見たこともない政略結婚の相手だったのは、私にとっても同じこと。それでも尽くして家を建て直してきた。そんな私を蔑ろにして、私はもちろん、義母も噴火寸前なのである。


「だからそれは……!謝ったじゃないか。ほんの気の迷いだと……」


 お義母様が横で首を振った。そして小声で「何度も聞いた台詞ね……」とこぼした。さてはと思い、私は思わずお義父様を見ると、首を縮めて萎れていた。やっぱりね。親子で同じ台詞を吐いてたんですのね。


 いや、本当、無理。この夫はいわば、誰かが使ってしまった私の歯ブラシだ。いくら綺麗に洗って消毒したとか、もう二度と他の誰も使わないとか言われても、もう使う気にはなれない。だって、ばっちいもの。キモチワルイ。そんなものは、ポイです、ポイ。


 この世界には、なんと歯磨きの習慣がなかった。食後に口をすすぐぐらいで、せいぜい爪楊枝状のもので簡単に掃除するくらいだった。現在では私が金属片に獣毛を植毛する技術を開発し大流行させている。さすがに歯磨き粉は開発できなかったけど、丁寧に磨けばスッキリ爽やか、口臭ともさようならできる。虫歯も激減した。ただメンテの大変さと単価の高さで、なかなか庶民まで行き渡らないのが課題だ。


「あのですね。あなた、誰かが使った歯ブラシを使えます?」

「は?」

「いくらきれいに洗ったとか、もう他の誰も使わないとか言われても、その歯ブラシ、使用する気にはなれないでしょう?」

「……」


 夫は口を開いたまま絶句している。夫にとっても、他人が使用した歯ブラシを使うことは無理なのだろう。


「いわばあなたは、浮気相手が使った私の歯ブラシのような存在です。私には二度と使用する気になれません。もう無理だという私の気持ち、わかっていただけましたか?使ってしまった本人(浮気相手)に差し上げますので、大人しく貰われていってくださいませ」


 夫は絶望の目で私や義両親を見たが、義父は下を向いたままだし、義母は燃えるような目で私の夫を見ている。実は夫はこの義母の子ではなく、義父の庶子なのだ。義母は義母に成り代わろうとする数多の女どもを蹴散らしてきたが、残念なことに嫡男は亡くなってしまったそうだ。そこで数多い庶子の中から実母が他界している夫を養子としたのだが。


 夫の浮気相手は私を追い出すつもりのようだが、同じような目に遭ってきた義母の助けもあり、すでにこの家の大黒柱である私は、夫の方を追い出すことができそうだ。私としては、ポイする歯ブラシの行末はどうでもいい。が、将来を考え禍根を断つことにした。


「お義父様に感謝してくださいましね、孫に対して一定の年金をくださるそうですよ。自分の分は働いてくださいな。親子三人でなら暮らしていけるでしょう。

 お義父様は引退なさり、私の子が家督を継ぎます。お義母様と私が後見につきますので、お義父様に泣きついても無駄ですよ。

 こちらの家との接触は一切お断りいたします。お守りいただけないのなら年金も停止しますのでそのおつもりで」


 私は夫の顔を見ることなく背を向けた。

 歯ブラシを使った女(浮気相手)の面なんぞ知りたくもないので、そちらとは会うつもりはない。夫と浮気相手は子が産まれる前に出て行くので、たとえ夫の子でもこの家とは無関係。我が家からの年金はその子がまともに育つための養育費だ。子どもには関係ない話だからね。使い込まないでくださいね!


 あー、スッキリした。歯磨きの後の爽快感みたい。



お粗末様でした。あー、歯医者行かなきゃ。

誤字バスターズの皆様、いつもありがとうございます。ポンコツ作者がお手間をおかけして、申し訳ございません。どうぞお見捨てなく。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
「歯ブラシは共有できない」、的確に浮気に対する嫌悪感を表していて星5つ以上さしあげたいです スカッとするお話をありがとうございました
他人が使った歯ブラシ…至極名言ですね。 人によっては他人どころか便所掃除に使われたくらいの忌避感でしょうね。消毒したって無理無理(笑)
誰かに使われた歯ブラシ。良い表現ですね……(自分の使った歯ブラシならその後掃除の道具に使えるけど赤の他人じゃね……)
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