【第八話】覚醒
バルス・テイト、農家の生まれ。小作人の父は働き者で、地主の女中だった、母は父以上に働き者だった。手の平で豆を育てているのかと言われるくらいに、両親の手はマメだらけだった。バルスは働き者の両親の血を受け継いでか、身体は丈夫だった。地主は温厚であったが、その妻は守銭奴であり人格者ではなかった。そのおかげで、農園で働く者たちからは恐れられていた。だが、同時に小さな憎しみの種火は風受ければ、一瞬で大火になるほどの危うさを備えていた。
バルスが十五歳の秋、東の国に五十年に一回の大飢饉が起きた。巨大イナゴのモンスターだった。収穫目前の稲・小麦・大麦をことごとく食い尽くされたのだ。それはバルスがいた農園に限った話ではなかった。聡明な東の国の王は飢饉に備えて穀物を備蓄していた。各地の地主を通じて、民に配給を滞りなく行っていた。が、一部の地主はそれらをわが物にし、小作人・女中をはじめとする使用人たちには配給を渋った。
バルスの父は正義感の強い男だった。周りの小作人たちに担がれ、地主への交渉にあたった。地主の妻は、大挙する小作人たちに恐れをなしたが、地主は違った。金で傭兵を集め自警団を作り、なんと小作人たちを見せしめに捕らえ、拷問にかけ、吊るし首にした。温厚で人格者と思われていた、地主の正体はその妻よりも非道で極悪だったのだ。バルスの父は、最初に捕らえられ、指を一本ずつ折られ、眠らされず、食事も与えられず、皮膚を剥がれ、最後に首を吊るされて、死んだ。
死んだというよりも、殺害された。
バルスは無残に殺された父を見て、言葉を失った。自慢気に自警団のリーダーは、バルスに「俺がお前の父を拷問した」と告げた。
バルスが小さく呟いた。魔法学校には通えなかったが、幼馴染のロキが毎日学校で習ったことを教えてくれた。バルスが呟いたのは
【死の誘惑】だった。ロキが学校の図書館地下室で偶然見つけた魔法書。そこには、古代文字で禁呪がいくつも綴られていた。そのひとつが【死の誘惑】。
バルスは口元をゆっくりと動かしていた。
「死者たちよ、壮大なる地の、かの地の盟約を。バルゴに葬られし、我が兄弟・姉妹、その御霊に魅入られし、我が神と子。父なるものを、母なるものをその手に」
【死の誘惑】は致死率が五十%の即死魔法。エルフとドワーフの間に産まれた魔導士が差別と偏見に満ちた社会を粛正するために、悪魔と契約して解放した魔法だ。術者のポテンシャルによって、その致死率は向上する。
バルスの茶色い目が蒼く光る。詠唱が終わり、魔法効果が発動した。地主とその妻、自警団をはじめ小作人やその家族、友人のロキ、そして最愛の母までも、半径一キロの生物を即死させた。バルス・テイトは勇者と讃えられる一方、実は地主以上に非道の血が流れる魔法使いでもあると恐れられていた。
異変に気付いた東の国の王は、一個大隊を派遣する。隊を率いたのが、ガル・ハン。傍らに若きルイ・ドゥマゲッティがいた。ガル・ハンは東と西、北と南の国全土で名を馳せた賢者であった。ルイ・ドゥマゲッティはまだ若い召喚士であったが、地霊・怨霊・魔人・悪魔・神を調霊し盟約を交わしていた。
「ちょ、ちょっと。面白いから聞いてたけど、何自分語りしてんのよ」
メルフは遠くを見ながら語り部になっているバルスに言った。
「いやぁー、言わないと誰も聞いてくれないからねぇ」
チロチロとバルスの舌がギザギザの歯の隙間から蠢いている。リザードマン、差別はよくないが、一緒に居るのはなかなかキツイ、とライオットはバルスから目を逸らした。
「お母さんまで殺しちゃったって、で、どうなったの?その後。ガル・ハンとルイ・ドゥマゲッティが来たんでしょ?」
メルフはいつになく食いつく。
「それはな、ガル・ハンがエイム・リバウムで全員蘇生させて事なきを得た。地主とその妻は東の王の御前裁判にかけられ蟄居となったし、自警団は無期の禁固刑が言い渡された。とにかく、東の王は裁判によって、罰をあたえるという方針だったからのう」
ジェムがふわふわと浮遊しながら、バルスに代わって話してくれた。
「そういうこともあって、僕も裁判にかけられたんだが、東の王は有罪として魔物討伐という労役を僕に与えたんだよ。お目付け役に、ガルとルイが任命されたんだけどね」
バルスが再び遠い目をしながら言った。
「それが、バルスパーティの起源ってことね」
セイレンは続けた。
「バルスの勇者としての凄みは、祖父からもよく聞かされていたし。あなたと一緒に居られるのは、たとえリザードマンの姿をしていても光栄です」
「あ、ありがとう」
「でもなぁ、なんだか、殺される理由がたくさんありそうですね」
ライオットは無神経な言いっぷりだったが、バルスの殺害犯の心情をよく考えていた。
「ルイと婚約破棄したし、生き返ったとはいえ地主と妻も殺したし、自警団も。そう、友達のロキもでしょ。あと、お母さんも。リザードマンの種族も三つほど滅ぼしたみたいだし、他にもいろいろ魔物の種族は滅ぼしてそう。あとそう!魔王も殺しちゃってる」
セイレンがそう言うと、ジェムを含めてみんな頭を抱えた。
「これは、恨みを買いすぎてるねぇ。ガルが言ってたけど、ルイに会ってみたらって。ネクロマンサーになり果てたけど、まぁ調霊で死界の誰かと会話もできるんだろうし。死人たちが知ってるかもよ、アンタを殺したのがだれかって」
ジェムはそう言うと、家の中へと戻って行った。
「行きましょう!お供します。ちょっと気持ち悪いけど、バルスさんを殺した犯人を捜しますよ。なんか、興味が湧いてきました」
ライオットはそう言い、バルスに手を差し出した。セイレンも手を差し出したが、メルフはじっと前を向いて、強い決意を表した。
「私、ここに残って、ジェムさんに魔法修行してもらう。盗人だけど、ちゃんと修行を受けて、一人前の魔法使いになりたい。だから、みんなとはここで一旦お別れ」
セイレンが驚きで言葉を失うも、すぐにメルフをハグした。
「一旦だよね、待ってるから。メルフが選んだ道、私、応援するから」
セイレンはメルフにそう言うと、山道を下って行った。
「セイレン~、そっちじゃないよぉ~。ルイはコッチの方向だよ~」
バルスはセイレンを追いかけた。メルフはその隙をついてか、どさくさに紛れて、ライオットの頬にキスした。
「ぬ、なにをぉ」
「餞別、待っててね。大魔導士になるから」
「それは、頑張り過ぎでしょ」
「セイレンをよろしくね」
「あぁ」
ライオットはそう言うと、振り返ることなくセイレンとバルスの後を追いかけて行った。