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【第六話】見方

 朝焼けを浴びる割れた窓、粉々になったガラス片の一部がぬかるんだ地面に落ちている。キラキラと反射する光をじっとみるリザードマンたち。村長の首を誇らしげに槍に刺し、高らかと掲げているリザードマンがいた。ひときわ屈強な姿だが、知性はどこかに置いてきたようだとバルスは感じていた。


 リーダーは他にいる、バルスの読み通りだった。屈強なリザードマンに話しかける少女。少女が二言三言話すと、その屈強なリザードマンは自軍の兵たちに向かって叫んだ。地響きのような咆哮、ドラゴンとまではいかないが。大気が揺れるなか、人間には聞き取れない周波数での会話があったとバルスは感じ取った。リザードマンの言葉なら、あいさつ程度なら習得している。


 リザードマンの兵士たちは、全員が村人たちの頭が刺さった槍を地面に置いた。戦闘の意思のないことを示してているようだった。

 

 この少女がリーダーで間違いない、バルスの読みは確信に変わった。子どもというには幼い、レディというには大人過ぎる。少女と呼ぶのがちょうどいい、バルスは少女の目を見た。目つきは鋭く、ローブは汚れやほころびはなく、戦闘用とはとても思えない。杖は持ってはいなかったが、一見すると魔法使いのようにも思えた。部屋のなかから様子を伺っているライオットたちもその異変に気付いていた。いつでも加勢するように、とバルスは事前に伝えていたことを思いだした。たいした力にはならないだろうが。


 リーダーと思わしき少女は、裾から長めのまだらの尻尾がゆらゆら揺れている。尻尾の大きさと色、柄はリザードマンの位を表す。群れのなかでのポジショニングを示すということゆえに、尻尾を切り落とされると新たに生えてくるまでの間、身分が保証されない。ゆえに、リーダー格のリザードマンたちは戦闘で尻尾を守ろうとするのだ。


 だが、この少女は違った。ローブの裾から顔を出す尻尾はあまりにも無防備で、大きかった。背丈は百五十センチ程度だが、尻尾はどう見ても百センチ近くはある。まだらな模様の尻尾の色までははっきりわからない。少女は上り始めた太陽を背にし、逆行で表情もわかりにくい。口角がゆっくりと上がっているようにも、バルスには見えた。


 リザードマンハーフ、人間またはエルフ、ドワーフなどの人的な形状をしたものとの間に産まれたデミ・ヒューマン。人語を理解していれば助かるが、とバルスは三叉の槍を構えながら、近づいてくる少女を観察していた。


 少女はバルスの前で王に謁見するように膝をついた。

「おぉ、我が弟よ。生後三日といったところか、ずいぶん大きくなったものだ。さすが王の子、成長が早い」

 人語を話している、バルスは構えを解き、少女に話しかけた。

「僕の名は、バルス・テイト。訳あって、このあなたの弟君の身体を間借りさせていただいている」

 少女の表情が変わった。

「バルス・テイト?そうか、あの、バルス・テイトだな」

 語気が荒い。いきなりの自己紹介はまずかったか、バルスは地面に置いた三叉の槍をじっと見た。足ですくい上げて、右手でつかんで刺す。同時に、電撃系の魔法をエンチャントすればリザードマンなら致命傷を与えられる。リザードマンの種族を幾つも壊滅させてきたバルスにとっては、朝飯前だった。

 少女は怪訝な表情をしながらも、片足をついた膝を上げ、バルスの手を掴んだ。

「な、なんだ」

「黙っておれ」

 少女は心の中でバルスに語り掛けてきた。

「そうか、そういうことか。ムメを殺したのは貴殿のパーティーだったということか。弟の命を結果的に救ってくれたのだな。自らの魂の移動まで行い、礼を言う」

「礼?どういうことだ?」

 バルスは少女に訊いた。


「弟を身ごもっていたのは、わが父ベルク・ウェルの第二婦人ムメ。私は第一婦人の子だが、ハーフリザードマンゆえに王位を継承することができずでな。待望の弟がという時に、ムメは弟を盾に逃げおったのだ。おそらくダンジョンから出てきたところを、そなたたちパーティーに狙われ殺害されたといったところだ」

 なるほど、あのリザードマンの女は逃げていたのか、とバルスは厄介なモンスターを殺したものだと後悔した。なぜ第二婦人が腹の中の我が子を盾にするのか、問うても仕方ない、バルスは詮索ではない自分たちに関わる問いをした方が無難だと考えた。

「村人たちを殺害したのはなぜだ?」

「あぁ、これか。これは正当防衛というやつだ。我らがそなたを追跡しておったところ、出くわしてな。殺気だっていたのはわかるが、いきなり攻撃してきたのは向こうだ。道中燃え盛る教会を見て、暴徒化している村人たちと遭遇したくはなかったのだが」

 少女の尻尾がビタビタと地面を叩く。土埃が舞い、登り切った太陽の日差しを受けて、バルスの視界を白く遮る。

「事情はわかった。不躾な申し出だが、しばらくこの弟君の身体をお借りしたいのだが」

 バルスは少女に願い出た。ダメもとだと思っていたが、返事は意外だった。

「構わぬ。弟の魂が起きてこない以上、仕方なかろう。そなたの魂と共鳴してもしかして目覚めるかもしれん、その一手に懸けるとするか。もしくは、魂が同化するかもしれんな。それも、運命」

「いいのか?」

「武人に二言はない、元勇者の魂が我が一族に加わるとなれば父上も喜ぶだろう。なんせ私はハーフ・リザードマンだぞ。そのあたりは寛容なのだ」


 玄関側からではこのやり取りが聞き取れないらしく、ライオット、セイレン、メルフが玄関から出てきた。ゴード・スーはジェムの側にいるのか、家から出てこなかった。母を護るように、父から言いつけられたせいだ。肝心の父ガル・ハンは太陽の日差しを避けるように、無数のコウモリの姿のまま勝手知ったる自宅の天井裏へと逃げて行った。


「大丈夫ですか?」

 ライオットがバルスに声をかけた。セイレンとメルフがその後ろで様子を伺っている。

「おや、これは珍しい二人だ」

 少女はセイレンとメルフに向かって呟いた。

「知り合いか?」

 バルスは少女に訊いた。

「ああ、ここにおったか。盗っ人のニオイがしたからまさかとは思ったが」

「盗っ人?」

 ライオットは少女にその言葉の意味を尋ねた。

「われらの王国の魔法書を盗んだ二人だからな。次会った時には殺す。今回はバルス殿に免じる」

 バルスは少女の言葉で察した。絶対的な魔力が足りないにも関わらず、高度な魔法を習得しているセイレンとメルフ。その違和感の正体がわかったのだ。

 少女は屈強なリザードマンに合図を送り、兵たちを引き上げさせた。

「首は燃え落ちた教会の側で、埋葬しておく」

 そう言い、バルスに背を向けた。

「あの、あなたの名前は?」

 ライオットが割って入った。

「私の名は、リム・ウェル」

 セイレンとメルフの表情が曇った。

「リム・ウェルといえば、人外の子にして地階の魔導士とも言われている、あの」

「妙な徒名だな。そうだ、バルス殿には同族たちが随分滅ぼされた。そのおかげで、我らは繁栄を手に入れたのだ。戦わずして勝つ、それゆえ、バルス・テイトといえばわれらの英雄でもあるのだぞ」

 屈強なリザードマンがリムに帰還を促した。


「お前は先に帰ってろ。村人たちの首は教会の側に埋めるのだぞ。私は途中で精霊の祈りを捧げ、王国に帰還後、父上に報告をしておく」

 リムがそう言うと屈強なリザードマンは軍を率いて進軍した。


「大切なことを訊き洩らした。バルス殿の心を先ほど読んだが、誰に殺されたのかはわからんということだな?」

 リムはバルスを見上げながら問うた。

「ああ、僕を殺したのは誰なのか。とても個人的な理由だが、僕はその犯人を捜している」

「見つけてどうするのだ?復讐か?つまらんぞ、復讐は」


 ライオットは固唾をのんで様子を見守っていた。セイレンとメルフもリムの言葉をひと言も聞き逃さないようと必死だった。

「わからない。だが、僕を殺したせいで世界に混乱がもたらされた。せめてその理由を聞かねば、僕も成仏できない」

 バルスは一途なまなざしでリムに答えた。この目、勇者と言われるが自分たちからしたら悪魔、リムはバルスの瞳の奥にある狂気を感じ取っていた。

「理由をきいてどうする?裁くのか?」

 リムはバルスに突っかかった。リザードマンの種族を三種ほど滅ぼした、自分とはそういう男だ、バルスは自分を正当化することを諦めた口調で返事をした。


「いや、僕は死ぬべき人間だった。大量殺戮者だから。だから、誰に殺されたのか、どうして殺したのか、知るべきだ。弔いなんてセンチな話じゃなくて、たった一回の死は誰かのためにあるべきだと思っているから」

 バルスはうつむいた。

「エイム・リバウムで生き返るのは、本意じゃなかったようだな」

「あぁ、だが生き返ったからには、もう一度誰かの何かのために死ぬ覚悟だ」

「随分と、皮肉な話だ」

 リムはそう言って、踵を返した。

「そうだ、私たちとて魔王に従っていたのではないからな。魔王の魔力の駕籠は受けていたが、それは肉体特性によるものだ。望んでではない」

「つまり?」

「我々の信条が魔に堕ちたもの、と考えるのはバルス殿たちの都合のいい見方というもの。我らの主は魔王ではないということだ」


 リムは振り返ることなく、来た道を帰って行った。尻尾がビタビタと大地を打つ。


「都合のいい、見方か…たしかに」

 バルスはそう言うと、三叉の槍をヒョイと足の甲ですくい上げ、密かに仕込んでいた雷撃のエンチャントを解除した。


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