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【第五話】明察

 夜明け前、カチャカチャ、カチャカチャ、鎧の擦れる音が次第に大きくなる。近づいているのだ。得体の知れない何かが。


 ゴード・スーはライオットたちを叩き起こした。

「村人たちが来た。起きて。自警団だ、クソ」


 ゴード・スーは窓から外の様子をうかがう。五百メートルほど離れた教会には火が放たれ、離れの家からでもその様子はわかる。時折ドン、バンといった音がここまで聞こえる。自警団の数は五十程度。ライオットは、このメンバーで勝つのは無理だと判断していた。

「うーん、コレ、なんだろ。戦おうとしているんですかね」


 舌先をチロチロ出し入れしながら、バルスは部屋に飾られていた三叉の槍を手にした。

「それ、使っていいわよ」

 ジェムがロッキングチェアで小刻みに揺れながら言った。バルスは一晩でさらに成長しており、五十センチほどだった背丈は、百七十センチほどにまでのびていた。

「魂の形に合わせて、変わったのさ」

 ジェムは続けて言った。

 「セイレンとメルフは待機だな。魔力がまだ回復していないし、そもそも君たちは魔力の上限値が低すぎるから」


 バルスは三叉の槍を振り回しながら、構えた。

「家の中で槍を振り回すんじゃないよ!」

 ジェムは舌打ちした。


「ライオットは後衛に、僕の後ろに入れば大丈夫」

「ゴード・スーは二人を護って、ジェムは火の精霊でサポートしてくれれば」

「もうやってるさ」

 薪ストーブの火が強い、火の精霊たちの活動が活発な証拠だ。バルスが様子を伺いながら、一階の表入り口から堂々と出た。

「さぁ、死にたいやつはどいつだ?」


 三叉の槍は既に火の精霊たちが取り囲み、エンチャント状態になっている。一振りすれば、ドラゴンブレスのように炎が直線に三十メートルほどは排出される。


 鎧に身を包んだ村人はわずか五人ほど。武器の槍は先端が折れているものばかりだ。畑の害獣駆除用につかっているのだろう。それ以外は鍬や鎌といった農具を武装している。


「リザードマンめ。人語は理解できまいが、魔物の手先となり果てた教会・牧師もとろとも死んでもらうぞ」


 一歩前に出てきた男の装備は少しまともだった。銀色の鎧に、レガースや小手まで装備している。剣は小ぶりで、鞘はなし。剣先は歪んでいる。年のころは俺と同じくらいか、ライオットはバルスの後ろで村人たちの様子を分析していた。


「リザードマンじゃないぞ。見た目はそうかもだけど。僕は、人間だ。ちょっとした、罪滅ぼしみたいなもんで、今はリザードマンの見た目になっているだけだ」

 バルスが人語を話すと、リーダーと思わしき男はじりっと左脚を後ろに下げ、いつでも踏み込めるようにと準備態勢に入った。周りの村人たちも、戦闘態勢を崩さない。


「人語を理解でき、話せるとは驚いた」

「いや、違うって。リザードマンに魂が転送転移したんだって」

「そんなことあるわけないだろ!」

「だから…」


 バルスが思わず、元勇者の魂がライオットの中に入り込み、といったくだりから説明しそうになったとき、明けかけの夜空に鳥の大群が押し寄せてきた。鳥ではない、コウモリだ。コウモリはひとつの塊となり、大柄で怪しさを携えたヴァンパイアと姿を変えた。


「ちょっと、皆さん!私の家の前で何をなさっているんですか?」

 丁寧な口ぶりのヴァンパイアだ。その怪しい妖気は村人たちの精神を混乱状態に陥らせた。鎧を装備した男たちも正気を保てなかった。ライオットはその様子を眺めながら、自分が混乱せずに済んでいるのは、ちょっとの間でもバルスが自分の中にいたせいだと理解した。バルスの魔力の残影がライオットを強化しているのだと、ライオットは考えた。


「ぬぅ、ヴァンパイアということは、貴様ガル・ハンだな」

「その通りでございますよ。名乗る手間が省けた」


 村人たちのリーダーは剣を捨て、腕を十字に組みガル・ハンに向けた。

「効きませんよ。そんなの今時のヴァンパイアに。それよりも、教会を焼き払っていただきお礼をしたいくらいですのに。我が息子があんな教会を作るもんだから、いつまで経っても帰宅できずでしたので」


 村人たちは混乱を極め、戦闘から離脱し、まちまちに村へと逃げ帰って行った。統制がとれないのは、村人だけではなく鎧を着た男たちも同じだった。リーダーだけが残ったが、ほどなく捨て台詞だけを残してその場を去った。


「次来たら、全員の血吸いますからねぇぇ」

 ガル・ハンは逃げ惑う村人たちにそう言うと、リザードマンとなったバルスをじっと見た。

「バルス・テイト、お久しぶりでございます。念願のモンスターになれたってわけですねぇ」

 ガル・ハンは跪いて、バルスに挨拶した。元パーティーメンバーとは思えない上下関係、だとライオットは理解した。


「助かったよ。このままじゃ、火の精霊をぶちまけざるを得なくなるところだったから」

「あらあら、カワイイ子たちだこと。ということは、ジェムの火の精霊ってことかしらね」

「あぁ、ジェムもゴード・スーも家の中だ」


 バルスは三叉の槍を収めて、家のドアを開けた。

「それは、私の槍じゃぁないですか。まぁ、ジェムが許可したのですか。それなら、構いませんが。それ、神器ですからあげませんよ」

 ガル・ハンは家の中へと入って行った。途中、ライオットとすれ違ったが目もくれなかった。


「はぁーん、そういうことね」

 バルスはガル・ハンのあとに続いて、家の中へと入って行った。ライオットも続いた。

「どういうことですか?」

 ライオットはバルスに訊いた。


「いや、ガル・ハンは強い相手とは目を合わせないんだ」

「それって、俺が強いということ?」

「いや、たぶん、ライオットの中に潜む可能性みたいな厄介な何かを恐れたんだと思う」

 バルスは言った。


「おかえり、ずいぶん長い買い物だったんだね」

 ジェムは嫌みたっぷりに、ガル・ハンに言った。

「そうなんですよ、ニンニクが買えなくてねぇ。ペペロンチーノが作れないじゃないですか、ニンニクがないと」

 ガル・ハンはそう言うとゴード・スーに駆け寄った。

「父さん。久しぶりです」

「うぅ、牧師になんてなって。これ以上近づけない。神父になってしまったら、その駕籠で私溶けてしまいます」


 ガル・ハンは家族の再会を懐かしみつつ、いつもと変わらない会話をしているようで、メルフもセイレンも話をする隙間がなかった。


「そういうことでしたか」

 バルスは蘇生の際にライオットの肉体に魂が送り込まれたこと。ライオットに自分を殺した人物を探して欲しいと頼んでいること。瀕死のリザードマンの子に魂を移したこと、など包み隠さず話をした。


「そうですか、虫の知らせと言いますか、バルスが亡くなったのは遠くから感じ取っていました。会いに行きたかったんですが、死んでしまってはねぇ。ゴード・スーを派遣して蘇生をさせようかとも考えましたが、こちらはこちらで家族が危機的な状況でして」

 ガル・ハンは陽気に語った。


「どの口が言うのよ。勝手にヴァンパイアになんかなっちゃってさ」

 ジェムはロッキングチェアを高速で揺らしている。

「父さん、偶然戻って来たにしては、タイミングが良すぎませんか?」

 ゴード・スーがジェムに寄り添いながら冷静に言った。

「そうそう、要件はね、リザードマンの大群が蜂起しようとしているという知らせをコウモリたちから聞いてね。フォ・イーズ村に向かっているって、あの子たち、あ、コウモリたちが言うもんだから。夜明け前だけど、助けに来たのよ。ジェムとゴード・スーを。そしたら、バルス一行様がいらっしゃったってワケ。しかも、バルスがリザードマンになってるって。アンタが原因ってことねぇ」


 ガル・ハンはカーテンを閉めながら、落ち着きなく部屋を歩いた。


「どうするのがいい?」

 ライオットは恐れずに訊いた。

「手負いでない限り、あの数のリザードマンを相手にするのは得策じゃない。リザードマンは聖なるオーラ―を嫌うから、教会が結界となってたんだけど、あのバカたちが焼いたでしょ。まぁそのおかげで私は久々に家族に会えたわけだけども」

 ガル・ハンはライオットに目を合わせることなく言い、続けた。

「だから、あなたたちは逃げるのがいいわね。戦ってもわかりあえる相手じゃないし、そもそも村人たちとも対立しているなら、三すくみって感じでしょ。数も違いすぎる」


 メルフはベッドに腰かけながら、ガル・ハンに向かって言った。

「ジェムさんとゴード・スーさんはどうなるのよ?」


「そうよ、ここでじっとしていたら、リザードマンか村人、どちらかに殺されるわよ」

 セイレンがそう言うと、うつむきながら自分の足りない魔力を回復させていた。

「あのさぁ、セイレンもメルフも詠唱できる魔法は上位クラスも習得しているみたいだけど。魔力が全く足りていないというか、キミたちは、どうやって魔法を習得したんですか?」

 チロチロと舌先を出し入れしながら、バルスが尋ねた。

「それは、」

 セイレンが口を開いた瞬間、カーテンを閉じた窓ガラスを矢が貫いた。石鏃(せきぞく)(石の矢じり)だ、リザードマンたちが好んで使う。


 ライオットが窓から外の様子を覗いた。

小さな火が整然とした隊列を組んだように、燃え盛る教会からここまでつながっている。

「あれは?」

「あぁ、来ちゃいましたか」

 ガル・ハンがあごひげを撫でながら答えた。


「なんなんですか?あれは」

 ライオットが苛立ちながら訊いた。

「あれは、怒れるリザードマンですね。ほら槍の先端を見て、さっきのリーダーじゃないかな」


 ライオットは目を凝らした。整然と並ぶ火はトーチを持ったリザードマンたちだった。どこかの王国の軍隊のように、隊列が整い戦闘の陣形凸型で歩みを進めている。トーチと反対の手には、二メートルほどの長槍を各々が構え、先端には先ほど逃げ惑った村人たちの首が刺さっている。先駆けを務めるひときわ屈強に見えるリザードマンは、槍先に先ほどのリーダーの首を刺している。


「逃げ道がないねぇ」

 ジェムがすっと立ち上がって言った。同時に火の精霊を召喚した。

「んっ、愛する妻よ、物騒なものは御仕舞なさい。私が方をつけますよ」

 ガル・ハンは深紅のマントをなびかせ、戦闘態勢に入った。窓から朝日が差し込む。朝を迎えたのだ。

「あぁ、ごめんなさい。これはイケない」

 ガル・ハンはそう言うと、無数のコウモリへ姿を変え、天上に張り付いた。


「父さん、なんかダサい」

 ゴード・スーはそう言うと、ジェムに目配せした。

「こちらから、脱出できる地下道があります。みなさん逃げましょう。炭鉱の坑道を掘りつないだものです。村の外に繋がっていますから」


 ゴード・スーは食卓を動かし床をめくった。床下には、地下道につながる階段があった。

「たぶん、これは逃げてもダメですね」


 バルスは一重の目をくわっと開いて、ゴード・スーを制した。

「僕というか、このリザードマンの子を探しているみたいですから。どこかで決着をつけないと」

 バルスは窓から、リザードマンたちに向かって叫んだ。

「私はここだ。無用な争いは御控え願いたい。できれば、貴殿たちの上官と話がしたい。いかがか!」


 リザードマンたちの歩みが止まった。トーチの火が風で揺れる。朝日が出てきたものの、森を切り開いたゴード・スーの家までの道はまだ薄暗い。地面はオレンジに輝く火と朝焼けで異様な赤さに染まっていた。覚悟を決めたバルスの横顔はどこか清々しい。それは死の覚悟ではなく、生きる覚悟。誰も死なさないという決意のようなものを感じた。


 バルスは、三叉の槍をライオットに渡し再び外に出ていった。


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