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【第三話】孵化

 サレンダー地下ダンジョン一階入り口にライオットたちは待機していた。下層に潜る手練れのパーティーたちが取り逃がしたモンスターを狩るのだ。

《おい、ライオット。ここはどこだ?》

 バルスが不意に目覚めた。ライオットは剣を構えながら、ダンジョン入口に向かって逃げてくるモンスターがいないか目を凝らした。

「ちょっと話しかけないでくださいよ。フォ・イーズ村のはずれにあるダンジョンですよ」

 ライオットは小声で返事した。

「ちょっとぉ、ライオット。集中してよぉ!手負いってたって、前みたいにリザードマンクラスだって逃げ出してくるんだから!」

 メルフはギレの杖を握りしめながら、詠唱準備にかかっている。詠唱しきっては、魔法を発動せねばならない。じっくりとスローで詠唱を行い、モンスターが出てきたタイミングで狙いをつけて魔法を放つのだ。


《ここで何をしてるんだ?》

「逃げてくるモンスターを狩るんですよ。俺たちみたいな低級パーティーにはこんなところでしか経験値も金も素材も集められないんですよ」

《そうなのか。あの娘たちは相当な実力者に見えるのだが》

「なに?ボソボソ人の心のなかで呟かないでくださいよ」

《わかった、わかった。モンスター剥ぎだな。僕も協力しよう》

 バルスはライオットの意識の中心に割り込んだ。

「ちょ、ちょっと」

 ライオットに力がみなぎる。セイレンに蘇生されてから、体格が変わったと二人に言われる。筋力や魔力の底上げが蘇生によって行われたとライオットは想像したが、その実感を上回る感覚を覚えた。

《力を抜いて、敵さんが出てくるぞ。意外とデカいな。オーク?いや、リザードマンか》


 ダンジョンの地階が湖の場合、水生生物系が集落をつくることが往々にしてある。リザードマンのような群れで暮らすモンスターは、一度住み着くとなかなかその場からは離れない。つまり、縄張り意識が強いのだ。そのリザードマンが何者かによって攻撃を受け、ダンジョンから逃げ出そうとしている。筋骨隆々のリザードマンは、メスの方が危険と言われている。繁殖期、一匹のメスをかけて何匹ものオスが戦う。だが、繁殖にあたっては、メスに認められなければならない。武器なしの状態で、オスはメスに戦いを挑む。メスを屈服させたものだけが、子を作れるという仕組みなのだ。

《メスだな。こりゃ。強いなぁ。逃げた方がいいかもだぞ。ライオット》

「何言ってるんですか、手負いですよ。これで勝てなきゃ、僕たち強くなれるきっかけすら手に入れられませよ」

 意識の中心にバルスがどんと座っているにも関わらず、ライオットは自意識を失わずにバルスをいなしている。

《こいつ…》

「だってこれ、漁夫の利でしょ。逃しちゃもったいない!」

《それを言うなら、棚からぼたもち、な。または濡れ手で粟な》


 メルフの詠唱が終わったと同時に、ダンジョン入口からライオットと同じくらいの背丈のリザードマンが出てきた。出血が激しい。自慢のランスは先端が折れ、鋼鉄の棒状態になっていた。

「ライオット、メルフの魔法のあとに傷口狙って攻撃よ」

 セイレンが保護魔法・門壁の包(ガーディアン)を詠唱した。三人は光に包まれ、発光体となった。

《ほぉ、久々に見たな。人間が門壁の包(ガーディアン)を詠唱したのは》

 雌型(メス)のリザードマンはライオットに気づくと、折れたランスを構え、バックステップで距離をとった。同時に、メルフがリザードマンの左側から回り込み、至近距離で大火を放った。

 手負いのリザードマンは叫んだ。その言葉は聞き取れない。人類とは言語種が異なるのだ。

《ちょいちょいこの娘、大火を詠唱しているがこれは中級クラスの火炎魔法だぞ。魔力の底が見えない》

「ちょちょっと、いちいち僕の心の中で呟かないでくださいよ。いきますよ!」

《待て、決着はもうついている》

 リザードマンは傷ついた左腕にメルフの大火(ブエン)が直撃した。身体を丸める形で、火に包まれた。折れたランスとはいえリザードマンならランスで振り払えば、大火をレジストすることだって可能だ。だが、このリザードマンは、防御行動をとった。なぜだ?バルスはリザードマンの習性を思い出していた。

 リザードマンの夫婦結びつきは弱い。繁殖行動を終えたのちは、メスだけで子育てを行う。オスは群れ全体の父として、エサを獲り、外敵と戦う。よその子も自分の子として分け隔てなくオスは接するのだ。また、リザードマンは好戦的といわれるが、それは敵意を見せつけられた時だけだ。基本的には、不用意に縄張りに入り込まなければ、争いごともない。自ら戦いを挑むオークやオーガとは異なる。そういう意味では、人間の戦意こそが生物界の中で最も厄介なのだ、バルスは自戒した。


 火だるまになったリザードマンに駆け寄り、セイレンは手持ちのダガーで、腹の鱗を剥がし始めた。

「セイレン、それ俺がやるよ。素材収集は俺の仕事だし」

「ううん、ちょっと気になることがあって」

 セイレンはダガーの先端で分厚い脂肪に覆われたリザードマンの腹を真横に裂いた。

《なるほど、そういうことか》

 バルスはセイレンが何をしようとしているのかわかった。タマゴを取り出そうとしているのだ。

 セイレンは器用に、絶命したリザードマンの腹からキャベツ一玉ほどのタマゴを取り出した。

「妊娠していたのね。悪いことしたわ」

 セイレンはタマゴについた滑りを包帯で拭き取った。

「仕方ないじゃん、下手したらフォ・イーズの村に入り込んで、村人たちが襲われたかもしれないのよ」

 メルフはセイレンに反論した。タマゴはメルフの火炎魔法で外部から強制的に高熱を浴びせられたせいで、熱を帯びていた。

《ありゃぁ、孵化(ふか)するな》

 バルスがそう言うと、セイレンが抱える腕の中でリザードマンのタマゴが割れ、小さなリザードマンの子が誕生した。

「どうするんだよ。リザードマンの子供って、捨てるわけにもいかないでしょ。育てるの?誰が、どうするの」


 ライオットはうろたえた。まるで、自由奔放に性行為をしたあと、妊娠しちゃったって告げられた男のように。ダイジョブっていったじゃん、と彼女に全責任を擦り付けるような、どこにでもいる若者のように。「ライオット、それはリザードマンの子だ。安心しろ」とメルフは遠くから細目で眺めていた。


 セイレンはリザードマンの子を地面に下ろした。焦げた母の方に見向きもせずに、リザードマンの子はセイレンにすり寄った。

「インプリンティングだな。セイレンを母と間違ってるんだ」

 メルフはリザードマンの子の頭をなでながら言った。メルフは反射的に手を引っ込めた。リザードマンの子の様子がおかしい。生命の波動が感じ取れない。セイレンよりも魔力の高いメルフは、生物の体内から溢れる魔力を感じ取ることができる。魔力は言い換えると生命の波動。魔力を魔法化して扱えるかは別として、魔力が小さくなることは、死を意味するのだ。

「この子、もたないかもね」

 メルフがそう言うと、リザードマンの子はパタッと地面に倒れ込んだ。本当の母に抱かれることも、慈しむこともされず、生まれたてのその命を終えようとしていた。

《フォ・イーズ村には、確か教会があったはずだ。魔王討伐の道中、僕が建立するように命じたのを覚えている》

 バルスは、ライオットに伝え意識の中心から外れた。

「ねぇ、ライオット。さっきから独り言みたいに何を話してるのよ」

 セイレンがライオットを問い詰めた。

《隠しきれん、言っていいぞ》

 「うまく説明できませんよ」

《僕が説明するよ》

 バルスはそう言うと、ライオットの意識の中心に戻り、話し始めた。

《僕はバルス・テイト。セイレンがエイム・リバウムで僕の魂も蘇生してしまい、ライオット中で生き返ってしまった。魂だけね。ライオットには誰が僕を殺したのか探して欲しいとお願いして、彼の中に居させてもらっている》

 バルスは端的に、セイレンとメルフを交互に見ながら説明した。

「あなた、バルス・テイト。勇者の」

 セイレンが目を白黒して言った。

「勇者ってあの、この前死んだ?」

 メルフがつまらない質問をした。

《そうです、死んで半月も経ったら蘇生は不可能なのですが、どういうわけか、セイレンさんのエイム・リバウムで》

「私が、名前を間違えたからかな」

 セイレンは申し訳なさそうに言った。

「そんなことより、このリザちゃんどうするのよ。死んじゃうよ」

《フォ・イーズ村の北のはずれに、教会があります。そこで手当を受けましょう。》

 リザードマンの子は瀕死のまま、セイレンのマントにくるまれた。

 バルスの意識が再びライオットの中心から外れていった。

「んぁ。バルスさん?バルスさん?」

 ライオットは頭の中に呼び掛けた。

「大丈夫?ライオット」

 メルフはライオットの剣を拾い渡した。

「あ、あぁ。頭の中に霧がかかっていたみたいで。記憶はあるんだけど、自分で自分を動かせないみたいな」


 ライオットはセイレンからマントに包まれたリザードマンの子を受け取った。時間がないため、母リザードマンの亡骸はそのままにして、一行はフォ・イーズ村の教会を目指した。


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