最終話【第二十七話】応報
「リヒト、身体の具合はどうなんだ?」
不死の王となったガル・ハンがリヒトの様子を伺う。リヒトはジェムの家で、失った魔法の習得に励んでいた。死んで蘇生されると、ロストするものがあると聞いていたが、まさかあれほど使い込んだ魔法が、とリヒトはバルスを恨んだ。
「ジェム教え方は上手だが、ほとんど魔導書を読めってやつばっかりでな。ようやく火系の魔法は制覇したってとこだ。
「バルスはあのあと、どうなったんだ?」
ガルが聴いた。
「あぁ、バルスは無事蘇生したさ。でもワシと同じ、蘇生痛に苦しんだのは愉快だったわ。あと、ロストもしているみたいだしな」
「あいつの優しさだけはロストして欲しくはないがな」
「やけに、おセンチじゃないか」
「バルスはいい奴だからな。ただ」
「無茶をする」
セイレンがそう言いながら扉をあけ、リヒトとガルにコーヒーカップを手渡す。
「聴いていたのか?」
「聞こえたのよ」
セイレンはそう言うと、二人の間に割って入って、広いソファーに腰かけた。
「ところで、あのリザードマンは誰の魂を蘇生したんですか?」
ガルがセイレンに聞いた。
「それはねぇ、ここだけの話。言っちゃだめですよ」
ごにょごにょと、セイレンがガルに耳打ちする。
「まさか、そうですか。それはそれは」
ガルがその後、腹を抱えながらコーヒーカップを握ったため、何度もこぼれそうになった。
「ところで、バルスはどこへ?」
「ルイさんのところよ」
バルスはオーギュスター家を滅ぼしたあと、公国にしばらく残り、新たな王ではなく新たな執政者を選挙と言う方法で選ぶよう提案した。これは、グレイ王妃の祖国サグ・ヴェーヌ共和国の政治手法を取り入れたものだ。奇しくも、サグ・ヴェーヌ共和国のはずれにはルイ・ドゥマゲッティの城がある。
オーギュスター公国は、王と王女の死を悼んだがそれは体裁だけのようでもあった。オーギュスター家は争いの中でその地位を確立し、争いを通じて国民にその存在意義を認めさせていたのだ。
つまり、オーギュスター公国にとって必要なものは、永遠の対立軸となる敵の存在。魔物がなくなれば、敵国を。敵国が周囲になくなれば、海を渡って争いを広げるだろう。
リヒトは王の間で、バルスに聞いていた。疑問が浮かぶとどうしても聞かざるを得ない性格は変わらないと改めて思った。
「どうして妻のメイ王女まで殺害したんだ?」と。バルスは少し戸惑ったが、リヒトにこう言った。
「彼女は魔物だよ。オーギュスター王とグレイ王妃の記憶干渉を行って、娘のようにふるまってきた。僕も、魔王討伐後にずっと探していたんだが、オーギュスター王のところに居ると聞いてね。だから、婿養子の話を引き受けた」
「ほう。なら、メイ王女、いやその魔物の狙いは?お前の首か」
「いや、そんなもんじゃないよ。僕の持ってる魔導書、死の誘惑だ。隠していたんだが、どうも感づかれてね。それに、国民たちをさらっては、喰ってる。何十人も」
「そうか」
「まぁ、オーギュスター王は気づいていたみたいだし」
オーギュスター王はメイ王妃の正体を隠し、側近から獲物となる国民をさらわせていた。バルスは公国で増え続ける失踪事件の犯人を追っていたということだ。
「オーギュスター王が元凶だったとはな」
「自分と自分以外がはっきり区分けされていた人だったな」
「どういうことだ?」
「人格のグラデーションが存在しないってことだよ。善悪なんてあっちこっち行き来するものだ。あの王にはそれはない。完全な悪だったってことだ」
バルスはそう言うと、リヒトの肩を二度ほど叩き、王の間をあとにした。
王の間での事件、半年後。リヒトは失った魔法を習得しなおす旅に出た。剣聖としての技量はそのままだったが、魔法の大半はロストしていた。
山岳地帯を抜け、広い草原に出た。魔物と人間の戦闘が始まっていた。一対二、数で優勢ではあるが人間側が押され気味だ。相手を見るなり、リヒトは「手助けしようか?」と声をかけた。
「お願いします!」と軽装の戦士風の青年が言った。
リヒトは背に抱えていた狼狽の大剣を滑らかな肩の動作で抜き、抜いた瞬間に魔物を真っ二つに斬った。
戦士風の青年と魔法使い風の少女は、リヒトの剣さばきに圧倒された。
「リザードマンに会うのは初めてで」
「尻尾ナシのリザードマンを二人がかりで苦戦するとは、この領域はキミたちでは危険だな」
リヒトはそう言うと、絶命したリザードマンをじっと見た。あの日バルスが言っていた。
オーギュスター王には償ってもらったよ、と。バルスの魂が抜けて、死んでしまったあのリザードマン。そこに、オーギュスター王を蘇生させたと。目印に、尻尾を切り落としオーギュスター家の家紋を呪因したと。
リヒトは半分になったリザードマンの骸に近づいた。尻尾があった付け根あたりに焼印のように刻まれた呪因を確認した。
「死んでから、発動する呪因じゃないか。バルスってやつは、本当に恐ろしい奴だ。血も涙もないってのは、こういうことだな」
リヒトは剣を納め、若い冒険者たちに別れを告げると、再び歩き出した。
(おわり)




