【第二十五話】交代
死の誘惑の効果問題ということが魔法学校上級クラスでは常に議論される。火系・水系・雷系といったエレメント系の魔法の類は、その効果について検証は行われている。一方、眠り、混乱、錯乱、発狂、そして死といった精神に訴えかける魔法は検証が禁じられている。どういった条件で、その魔法をレジストするのかについては深く知られていない。過去の戦闘において、その効果効能を蓄積し書に記すことでしか後世に伝えられない。
ライオットは薄れゆく意識と目覚める意識の二つが交差するのを感じていた。主人格のライオット・ブレイドは死の誘惑によって魂を刈り取られ、天に召されようとしていた。代わりに、元々の人格ライオット・ウェルに意識のスポットライトが向けられた。
大きな椅子に一人座る感覚。ライオットは久々に生を感じていた。
ライオットはずっとこの状況を怯えながら観察していた。ライオット・ブレイドが意識のメインに立ってからは、眠ったフリをする。そうしなければ、いつかライオット・ブレイドに意識そのものを消されてしまうのではという危機感があった。
あれは剣聖リヒト、オーギュスター王に、隣はたしか、メイ王女、みんな動かない。リザードマンが辺りを見回している。あれが、バルス・テイトか、ライオットは息をひそめた。戦っても勝つことはできそうにない。
ライオットは昔、姉に教わった魔法を思い出していた。異父姉弟、母はエルフであるが、ライオットの父は人間。姉の父はリザードマン。リザードマンハーフの姉とハーフエルフの自分。異種族との血の混流を許さなかったエルフからは弾かれ、村の外でくらしていたがほどなく、村が魔物の大群に襲われ、姉はさらわれていった。
魔物たちの目的が姉の捜索であったことを知ったのはそれからずいぶん後のことだった。姉、リム・ウェルが教えてくれた魔法、重力の番。いわゆる、石化魔法だ。
リザードマンの活動領域は大きい。その運動量を支えているのは、肺の大きさ。
肺の活動を止めるには、石化が有効だ。
そもそも、火・水・雷・氷といったエレメント系には生まれながらにして耐性を持っていることがあるし、ダメージを与えたとて死に至らなければ、すぐさま回復されてしまう。
しかも、あのリザードマンは歴戦の雄、勇者バルス・テイトだ。バルス自体がレジストしてしまうことだった考えられる。
ここで、バルスを止めなくては、ライオットは焦る。ライオット・ブレイドは、グレイ・スン王妃とつながっていた。バルスの肉体を通じて、魔王ゾルグの復活蘇生を試みる、これは眠ったフリをしながら聴いていた。グレイ王妃の目的は、確かに母国サグ・ヴェーヌ共和国への復讐。オーギュスター公国との政略結婚を憎んでいたのだろうが、娘も産み、王国も安泰、オーギュスター王は為政者としては決して悪王ではない。むしろ、人格者とも言われている。どこに、不満が。
ライオットは副人格として眠りに落ちていた間、主人格のライオット・ブレイドが何度もグレイ王妃に会っていたのを思い出した。一つ一つの会話を思い出す。どこかにヒントはないのかと。
魔王ゾルグの復活蘇生、ここに大きなヒントがあったじゃないか!とライオットは気づいた。そうだ、そうだった。
グレイ王妃が魔王ゾルグを復活させたかった理由、それは、ただただ、魔王ゾルグを愛していたからだ。魔王ゾルグと人間、そこに愛が芽生えるかどうか、それはどうでもいい。グレイ王妃は確かに言っていた。愛する人を復活させたいと。
ならば、この状況はなんなのだ。バルスがリザードマンに転生した理由もわからない、誰に殺害されたのかもわからない。バルスを殺害できるのは。
バルスしかいないじゃないか。
ライオットが重力の番を詠唱しようにも、手を動かして印を結べばバルスに気づかれてしまう。バルスはさっきから、リヒトが身に着けている魔導書をあさっている。おそらく、蘇生魔法が記された魔導書を探しているのだろう。蘇生魔法は世界で一人だけしか詠唱できないという決まりだ。その継承はどうやって行われるのか、口伝や魔導書による魔法習得は一般的だが、この蘇生魔法はそんな常識は通用しないだろう。
ライオットはさっきからずっと印を結ぼうとしていたが、左手がうまく魔法詠唱と連携できない。重力の番のような石化魔法は古代魔法の一つだからこそ、その詠唱のタイミングや条件はシビアだ。
詠唱ミスであっても魔力は減る。慎重にかつゆっくりと時間をかける。バルスが悪人かどうかよりも、この状況だけを見れば、もう何人も殺害している。これは、犯罪だ。
ライオットの腰につけていた、鞘が床にこすれる。かすかな音、リザードマンとなったバルスは人間時代よりも五感が鋭い。
音のする方、ライオットの方へと振り返る。そのとき、王の間の扉が勢いよく開いた。
セイレンだ。その表情は力でみなぎっているかのように。魔法習得はしていても、魔力不足にあえいでいたセイレンとは違って見えた。それは、たしかに剣聖リヒトの賢者としての血を引く、稀代の魔法使いの顔であった。




