【第二十三話】逆襲
ライオットはオーギュスター王とメイ王女に懇願した。「勇者バルスの肉体に魔王ゾルグの魂をもってして、蘇生させて欲しいと」
オーギュスター王とメイ王女はあっけにとられていた。そこには世界で唯一蘇生魔法を使える剣聖リヒトがいる。てっきり、バルスを蘇生させるのかと思っていたからだ。蘇生の原理は誰にもよくわからない。リヒトですらその仕組みから原理については理解できていない。
蘇生対象を思いて特定の呪文を詠唱し、魂を天界から抽出し肉体へと還す。このとき、対象となる肉体と魂が一致させないといけないというわけではない、とリヒトは言った。
「リヒトも魔王ゾルグの魂を勇者バルスの肉体に還すのに賛成なのか?」
オーギュスター王の問いに、リヒトは口をつぐんだ。誰の眼にも、リヒトは賛成とも反対とも決めあぐねているようには見えなかった。何か一つの決意のような強さが感じ取られ、だがそれは今言うべきではない。そんな強い意思のようなものを感じ取れた。
「どうなんだ?リヒトよ」
オーギュスター王の憤りがそのまま言葉になって出た。メイ王女はうつむいたままだ。
「そもそも、バルスは誰が殺害したのだ。貴殿たちはご存じか?」
オーギュスター王は続けた。
「いえ、わかりません。ただ、」
ライオットが何かを言いかけたとき、リヒトが重い口を開いた。
「オーギュスター王、私の仮説を申し上げます」
リヒトは跪いたまま顔をあげた。眼光鋭く、それはかつて剣聖でも賢者でもなく、戦場の死神と揶揄された温度のないまなざしだった。
「なんだ、申してみよ」
リヒトは眠りに落ちたままのリザードマンにバルスが転生したこと、このライオットが戦死したと欺き、蘇生魔法に見せかけて魔王ゾルグの魂が降ろされたこと。だがそれも魔王ゾルグの魂ではなく、別人のものであったこと。その別人とは、この場にいない、オーギュスター王の妻、グレイ・スンである可能性が高いこと。
ライオットの眼がリヒトに向かった。まるで裏切り者を見るかのような眼だった。
メイ王女はリヒトの仮説を食い入るように聞いていた。まるで自分が考えていた仮説と一致しているかのように、深く頷き、時に涙を流していた。隣で、オーギュスター王がその様子に自分が取り残されている感を強く抱いた。
「だが、そんな手の込んだことを。何のために」
オーギュスター王の疑問はもっともである。
誰が得をするのだ。魔王ゾルグを勇者バルスの肉体で蘇生させる、それによりアシュフォード王国近隣の魔物たちを活性化させ、国家間のパワーバランスを変える。
もっとものように聞こえるが、復活した魔王ゾルグを配下のように扱うのは困難であるし、そもそも魔物がそんなに思い通りに動いてくれるとは限らない。たとえ、魔王ゾルグの指示であっても末端の魔物にまで周知はできない。なぜなら魔物たちは理性も知性も持ち合わせていない。いわゆる人間性という、ヒューマニズムのような部分を持っていないがゆえに、誰かに無心で尽くすといった思想や理念すらないのだ。
食うために殺す、殺したいから殺す、魔物の本性というものはシンプルだ。
――グレイ・スン、オーギュスター王のもとにサグ・ヴェーヌ共和国から嫁いだ。サグ・ヴェーヌ共和国は民主主義国家ゆえに、王家は外交体裁のための存在にすぎない。国と国との協調関係を維持するための駒でもある。
グレイ・スンは二十年前にオーギュスター公国へと人質に出されたようなものだった。
王女であっても政治には介入できないサグ・ヴェーヌ共和国よりも、王政を敷いているオーギュスター公国に嫁ぐ方が、グレイの性に合っていた。
オーギュスター公国はオーギュスター・スンが一代で建国した国家だが、政治的なセンスが未熟だったオーギュスター王を影で操っていたのはグレイだ。操るというと言葉は悪いが、オーギュスター王への助言を適宜与える立場とでも言おうか。
容姿端麗で聡明なグレイは、オーギュスター王と同年代であり二人は仲睦まじい理想的な夫婦でもあった。だが、この数年グレイの様子に変化があったと鈍いオーギュスター王でも気づいていた。――
グレイが亡くなったのはバルスが亡くなった三日後だった。バルスの死は国民に伏せられていたが、グレイはそうはいかない。王妃であるがゆえに、即国葬となった。時系が間違って国民、および諸外国に伝わり、グレイはバルスより先に亡くなったとも伝えられた。西にその話が伝播すると、バルスがグレイを殺害し、その罪が発覚することを恐れ自害したとも言われるようにもなった。
バルスが冷徹な勇者と広く誹りを受けていた背景もあり、グレイ殺害の悪人として伝わるのも誰も違和感を持たなかったというのだ。
「ライオットよ。グレイが魔王ゾルグと偽ってお前の肉体に魂降ろしされたのか?正直に申せ」
「私は確かに死んだと思いました。ですから、セイレンというそこのリヒトの姪に、蘇生魔法で甦らされたと思っておりました」
「それが違うということだが」
オーギュスター王の鼻息が荒い
ライオットは何も言えない。
「オーギュスター王よ、こちらのライオットは貴国より第五次エルフ調査団の副団長に任命されたハーフエルフでございます」
「エルフ調査団?それは南の国、アシュフォード王国のお家芸だろうに」
オーギュスター王はイライラを隠せない。
「いえ、オーギュスター王、私は王の勅命により第五次エルフ調査団副団長に任命されました」
ライオットは手持ちのカードをすべて出したような顔をしていた。ライオットは勅命書を大臣経由で、オーギュスター王に渡した。
「これは、ワシの字ではないな。そもそも誰からこの勅命書を受け取ったのだ?」
「それは、グレイ王妃からです」
ライオットの告白に、王の間にイヤな空気が流れた。リヒトの仮説の信ぴょう性が高まっている。勅命書には「魔王ゾルグの復活を目的とす」と記されている。
魔王ゾルグの肉体自体は朽ち果てている。あれほどの魔力を持つ生命体を蘇生させるには、強靭な肉体が必要だ。この時代に最強と呼ばれる肉体の持ち主は、剣聖リヒトと勇者バルスしかいない。
魔王ゾルグの器として、勇者バルスは適切であり、どこにいるか所在が明らかになっている。つまり、勇者バルスは自分より暗殺はしやすい、とリヒトは言った。
「つまり、勇者バルス殺害はグレイによるもの。その目的はバルスの肉体を介して、魔王ゾルグの復活。魔王ゾルグを配下にし、南の国アシュフォード王国を皮切りに、西の国ラグ王国を制圧する。最後に北の国、サグ・ヴェーヌ共和国をも落とす、と」
オーギュスター王は饒舌に語った。
「そうですね。グレイ王妃は母国への復讐を遂げたかったのでしょうね」
「だが、お母さまは亡くなったわ」
長い間沈黙を守っていたメイ王女が言った。
「だから、勇者バルスの肉体に、魔王ゾルグを蘇生させるなどもってのほかなのです。それに勇者バルスの魂は、このリザードマンのなかで転生を果たしております。だとするならば、その肉体に何の意味がありましょう。次の勇者はこのリザードマンに転生したバルスの宿命でもあるのです」
リヒトは言いたかったことをオーギュスター王とメイ王女に伝えた。
大臣たちも言葉がでなかった。窓も扉も閉じられている王の間に風が吹いた。
「では、バルスを、夫を殺したのはだれなのですか?」
メイ王女が最大の謎を投げかけた。
ライオットは勅命がオーギュスター王でなかったことに、心を折られていた。王妃による偽造した勅命書には何の大義も名分も存在しえないからだ。
一同は「勇者バルスを殺害したのは誰なのか?」という問いを目の前に、呼吸を整えた。そのとき、眠りに落ちていたリザードマンの右手がかすかに動いたのをリヒトは感じていた。




