【第十九話】狂気
セイレンはふかふかのベッドで目を覚ました。セイレンの目覚めを傍らで見守っていたギャザリンは、同じエルフ調査団という使役させられてきた過酷な運命に同情を覚えていた。自身も同じ立場であるというのに。
「目覚めたか」
「はい、ここは」
「客間だ。それも来賓用のな」
ギャザリンはティーカップにお湯を注いだ。目覚めには白湯がいい。一週間、飲まず食わずで眠りに落ちていたセイレン。オーギュスター公国の高次魔法・呪因。耳たぶに印されたその呪いは、何らかの発動条件で作動したとみられる。ギャザリンはセイレンの耳たぶにその呪因が消えているのを確認した。一時的なものなのか、発動条件も解除条件もわからないが、命を奪うものでもなく。エルフ調査団でもこうした呪因を刻まれる誓いを立てることもなかった。ならば、これは、ライオットの仕業。
ギャザリンがライオットへの不信感を高まらせているなか、セイレンは差し出された白湯を不器用そうな手つきで飲み干した。
一週間飲まず食わずでも、死なないというのは高度に結界を張り込んでいるからであって、こんな芸当ができるのは、オーギュスター公国の宮廷魔術師だ。ルイ様にもそのように進言したが、宮廷魔術師がセイレンに容易に接触はできまい。セイレンも第三次エルフ調査団の団長、たとえ未熟な僧侶を装っていたとしてもそこまで演じ切ることもないだろう。ならば怪しいのはライオット。だが、ライオットにはオーギュスター公国のにおいがしない。むしろ、あのリザードマンのメイン人格ともいえる勇者バルスの方が怪しい。だが…
「ギャザリンさん、ライオットたちは?」
「ライオットとバルスは、剣聖リヒトのもとへ旅立った」
「私を置いて?」
「あぁ。ところで、セイレン。どこまで、事情を知っているんだ。バルスの正体やら、ライオットの出生やら」
ギャザリンは時間がなさそうな素振りをしなかった。忙しそうに振舞えば、セイレンにごまかされる。それでは意味がない。リザードマンの中にいるのは確かにバルスだが、それは閉じ込められた人格の方。むしろ表に立っているのは誰なのか。そして、ライオット自身にもどこかきな臭い匂いがする。ただ、ライオットにもセイレンにもルイ様にもなにか通じるものを感じている。だとしたら、ライオットにも。ギャザリンが一人考えを巡らせている間、セイレンは着替えを済ませ、金色の髪をとかしていた。
「ギャザリンさん、その見立てはおそらく正しいと思います。ライオットはエルフです」
心を読むのか、ギャザリンがセイレンを睨みつける。それは恐怖から来るものだと、ギャザリン自身も理解していた。
「心を読んだりしません。できませんもの。私精神魔法は苦手で。でもここまできたら、元エルフ調査団団長同士、腹を割って話さないと取り返しのつかないことになりかねませんから」
「どういうことだ」
「アシュフォード王国、いやスレイ・アシュフォード国王にエルフは借りがありました」。
スレイ・アシュフォードといえば、ルイ様に第一次エルフ調査団を命じたアシュフォード王国の楚。なにがあったのだ。もちろん学校では習ってはいない。私たちエルフ調査団が代々アシュフォード王国の命を受けて、勇者バルス・テイトを捕獲または暗殺を命じられてきた。バルスは第四次調査団のギャザリンの時代まで追われてきた。そこから考えてもバルスが長寿であることは明らか。つまり、人間ではない。ドワーフとも考え難い、ドワーフの寿命はせいぜい二百年程度だからだ。この調査団は第一次から数えると、三百年は経っている。ならば、バルスもエルフ!
「たどり着きましたか。そこに」
じっと固まったように考えを巡らせているギャザリンを嘲笑うように、セイレンは言った。
「そういうことか」
「ええ。バルス・テイトは元エルフ。それもダークエルフ。罪人です」
「アシュフォード王国の命の体裁をとりつつも、エルフの面子を守るため、罪人を捕らえるということが目的だったと?」
「察しがいいですね。でも、うすうす気づいていたでしょう。調査団のなかにも既に、バルスが堕ちエルフ、ダークエルフだということをうそぶくものもいましたよね」
セイレンの表情に憎しみを感じる。調査団の団長といっても、初代のルイ様や二代目のリブイング・ブレイドとは違う。三代目のセイレンや四代目の自分などは、その目的の背景など知らされる立場ではない。団長とはいえただの目的を完遂すべきまとめ役にすぎないのだ。
「バルスが犯した罪はわかりません、ですがエルフは秩序を重んじる種族。はみ出し者には容赦はしません」
そうだった、だから自分もアンデッドとなり果ててもルイのもとを頼り、こうして生きながらえているのだ。
「さきほど、ライオットもエルフと言ったな」
「はい、だから近づきました。ひそかに命じられていたのです。第五次エルフ調査団の存在はご存じで?」
「噂程度だが」
「そのなかに、あの男がいたと考えると話は繋がりませんか?」
セイレンは髪をとかし終え、マジュの杖を手にした。
「あの男、ライオット。第五次エルフ調査団か」
「そうです。ただし、アシュフォード王国の命ではなく、オーギュスター公国の命。しかも、オーギュスター・スン王直々によるものだとしたら?」
オーギュスター・スン王は東の国の王として、バルス・テイトを姫の夫として迎え入れ、次期国王へと据えるつもりだったのは周知のことだ。バルスとの関係は厚い。だからこそ、バルスを守るためにも、バルスを追うエルフ調査団を自身の管理下で掌握し、新たな目的を与える。それも自国に意味のある。そう、目的は【仇敵アシュフォード王国を落とすこと】。
魔王ゾルグが現れるまでは、百年戦争といわれるほど戦いに明け暮れていた両国。魔王ゾルグ討伐のために、休戦していたにすぎない。そのために、第五次エルフ調査団を招聘し与えた勅命とはなんなのか。
「第五次エルフ調査団の目的は、アシュフォード王国の転覆または、従属的降伏。そのための手段として、ライオットは魔王ゾルグの復活を最適手と考えていた」
「なんだ、やはり心を読んでいたのか」
「一緒に行動すれば、わかるものですよ。だから私は、蘇生魔法と称して、降霊の儀で魔王ゾルグの魂をライオットに落とした。ちょうどバルスが殺害され、再び何者かに転生すると信託があった頃です。魔王ゾルグをライオットに降ろして、バルスの魂と称させることにしたのです」
「そんなにペラペラと話していいのか?」
ギャザリンはセイレンの挙動を注視していた。目を離した記憶はない。簡易詠唱にせよなんにせよ、杖の動きで魔法発動が予見できる。ノーモーションで魔法は繰り出せない。
ギャザリンはセイレンが髪をとかしていた鏡に自分が映るのを確認した。アンデッドと化したその肉体も、顔は魔力のかかったフードなしでも保てる。ルイ様、と鏡を見るたびに感謝の気持ちがとめどなくあふれる。そのとき、気づいた。自身の耳たぶに印された呪因を。
「ノーモーションでも大丈夫なのよ、呪因は特定条件で発動するから。この呪因の発動条件は、エルフ調査団という言葉を耳にすること」
ギャザリンは意識をすっと失った。セイレンは倒れ込むギャザリンを受け止め、魔法で浮かせてベッドに寝かせた。
「呪因は感染するのよ。私はもう免疫があるから大丈夫」
その後、セイレンはルイの居城から姿を消した。奪った馬の足跡は、ライオットたちの向かうオーギュスター公国へと向かっていた。




