【第十八話】因縁
アンデッドたち、骨だけのスケルトン、腐った身体のリビングデッド、厄介なことに首無し騎士のデュラハンまでもが、ライオットたちを囲んでいた。上空には霊体の中でも魔力を備えたレイスとその手下にワイトが円を描くようにして暗闇を回廊する。
「こりゃぁいかんな」
リヒトは剣を抜いた。狼狽の大剣が吠えた。アンデッドたちの呪いの歌声を鎮静化させる。
御者は暗闇から姿を現した。東洋の忍者と呼ばれるその姿は、目元だけがあらわになり、両手に握りしめていたクナイの代わりに、片刃の長刀を構えていた。
「僥倖ムラマサか」
リヒトがそう言うと、小さく御者は頷いた。
「青年、魔法で一掃すべきかと思うが」
リヒトがそう言うと同時に、ライオットは回復の雫を詠唱した。
「ルード・ルード。精霊の御霊を、御身をここに。ルル・レタリウム」
ライオットの周囲十メートル範囲に、回復魔法が発動する。それはアンデッドたちに対してというよりも、ライオットの周囲を護衛するように包み込む。回復魔法が球状になると、そこにうっかり足を踏み込んだスケルトンは蒸発した。
「ほぉ、エルフなのに回復魔法とな。セイレン以来だの。エルフが女神の加護を受けておるとは」
ライオットは三叉の槍を上空に掲げ、轟雷を放つ。ほぼ詠唱なしの簡易詠唱ゆえに、上空を飛び回るワイトはあっという間に雷撃の餌食となった。その隙に、レイスが窮鼠の咀嚼を詠唱。猛毒効果のある魔法の矢が雨のように降り注ぐ。
御者は僥倖ムラマサで実体化した魔法の矢を薙ぎ倒す。リヒトは抜いた大剣を握り構えたまま微動だにしない。ライオットの様子をじっと観察している。
「リヒトさん、倒してくださいよ。そこの御者のあなたも」
ライオットの叫びも虚しく、夜空に吸い込まれる。リヒトが顎髭をなびかせながら、御者に言った。
「手出しするなよ、今あいつを見極めているからな」
アンデッドたちは隊列を組み始めた。デュラハンは首を持たない騎士であるが、リーダー格ではない。従者的存在ゆえに、団体を率いることはできない。だが、スケルトンをはじめすべてのアンデッドたちは統率がとれている。迂闊に攻め込むこともなく、ライオットの動きに合わせて陣形を変えている。これは誰かが指揮しているといっても間違いない。
ライオットが三叉の槍に大火をエンチャントし、さらに自身に金色の夜叉をかけた。肉体強化である。わずか三分程度の時間に、四種類の魔法を詠唱。喉が焼け切れるのを防ぐために、簡易詠唱を盛り込むあたりが手練れである、リヒトの見立て以上にライオットは優秀なハーフエルフだ。同じハーフエルフの姪セイレンと比べても遜色はない。
ライオットが扇型の陣形となったアンデッドたちを次々と打ち倒す。大地に槍を突き刺し、その反動で上空へ。強化された肉体のおかげで十メートルもの夜空に飛び上がり、レイスたちをアンデッドロックにより次々と浄化し、魂を空へと返す。
「リヒト様、確かにこのライオットは力はエルフ調査団としては申し分のない実力かと」
御者が口を開いた。
「そうだな、このライオットな。ライオット・ブレイドだな。ライオット・ウェルと名乗っていたのはただの気まぐれの偽名か、それとも」
「リザードマン・ハーフの王女、リム・ウェルですか?」
普段あまり話さない御者の饒舌ぶりにリヒトは耳を傾けた。
「そこまで調べていたのか、流石だな。あのいまいましいリム・ウェルの弟が、あの荷台にいるリザードマン。そして、ライオットの偽名がライオット・ウェル。苗字が同じか、単なる偶然とは思えんのだな」
リヒトは集団からはぐれたスケルトンを小手の裏側で撫でるように触れた。それだけで、スケルトンは骨が蒸発し、叫ぶ間もなく消えて行った。御者も小刻みな動きで僥倖ムラマサを揺らし、エンチャントした凍土襲来をアンデッドたちに放っていた。武器にエンチャントした魔法はそのまま魔法剣のようにして使うものだが、御者は魔法ストックとして最適な量にして放つことができる。
「私の配下どもの報告では、ライオットは下級戦士。ゴブリンすらまともに倒せない男。女神の祝福も受けているとは思えませんし、回復魔法が使えるなんてありえません」
「だが、ほら、あの青年は回復魔法を身体にエンチャントさせているぞ。ほら面白いようにアンデッドたちが浄化されておるわ」
リヒトは大笑いしながら戦況を眺めている。もはやライオットの独り舞台のごとく、アンデッド五百のうち八割がたは倒している。
「天地葬礼を自ら施していると思われます」
「それは、禁呪。ワシでさえ見たこともない。それをか、それは本当か」
リヒトは久しぶりに背中に冷や汗をかいた。魔王ゾルグとの一騎打ち以来だった。
「天地葬礼により、魂を二つに分けたのでしょう。おそらく、父のリブイング・ブレイドにより」
「天地葬礼は、いわゆるサブの保険用人格を作り出して、万一死亡時にもう一方が発動する、簡易蘇生のようなものだが。それをあの男が息子にかけたということか」
リヒトと御者が会話する間にも、ライオットはほぼすべてのアンデッドたちを倒した。敗走するアンデッドたちを追い、一匹残らず駆逐するかの如く容赦はなかった。
「ライオットは二つの人格を巧みに操れるのでしょう。主人格がどちらかと言うのなら、ライオット・ブレイドの方です。状況のすべてを知り尽くしています。ライオット・ウェルは状況をよくわかっていないのでしょう。報告を読む限り、とても演技しているとは思えないようです」
御者がそう言い終えたと同時ぐらいで、ライオットは全てのアンデッドたち五百体を打ち倒していた。三叉の槍は一段と呪いを吸収し、穢れをまとっていた。
「どうして、戦闘に参加してくださらなかったんですか」
ライオットは息を切らすこともなく、リヒトに近づいた。リヒトは思わず右脚を後ろに下げ、踏み込みができる体制でライオットを迎えた。殺気走るリヒトの背中は、滝のように汗が吹き出していた。背中を伝わり、腰に汗が溜まるほどだった。
「青年の実力を見定めたかったからな」
リヒトはそう言うと、消えた焚火に再び火を灯した。
「アシュフォード王国と対立するために魔王を復活させると言ったが、青年の本当の目的は何だ?」
ライオットは槍先を地面に向け、リヒトと対面に座した。二人の間には焚火の炎がゆらゆらと空気をくゆらせている。御者は興奮した馬車馬を落ち着かせ、荷台のリザードマンの無事を確認した。
「父、リブイング・ブレイドは第二次エルフ調査団の際、勇者バルスの暗殺に失敗しました。調査団如きで、バルスの暗殺は無理です。相手は老獪にして狡猾」
「いやいや、バルスを老獪というには、あの頃のバルスはまだ二十代」
「ご存じでしょ。あの男が追われる真の理由。勇者バルスは純血のエルフ」
「ということは、ダークエルフということか」
リヒトは焚火に枝を投げ入れた。
「ご存じでしょう。あの男の魂の色を」
リヒトは馬車の荷台に目をやった。あのリザードマンに転生したのがバルスだということだけは事実だった。
「魔王ゾルグを復活させる、それも勇者バルスの肉体に。それは、バルス自身をあの肉体に復活させないことを意味します」
「つまり?」
リヒトは遠回りにライオットの考えを確認した。なんとしてでも言わせる算段だと、ライオットには感じたがその手に敢えて乗った。
「つまり、転生したリザードマンのバルスは東の国、オーギュスター公国を憎みます。なんせ暗殺されたわけですから。だから、成長すればかならずリザードマンの大群を率いて、アシュフォード王国に下ります。もしくは協定を結ぶはず」
ライオットの弁に熱が入る。早口になるライオットの言葉に、焦りがみえた。
「バルスがその力を覚醒する前に、あのリザードマンのまま殺せばいいのではないか」
リヒトはライオットに投げかけた。その方法が最も妥当。今のリザードマンに転生したバルスなら、ライオット・ウェルにだって倒せる。
「いえ、あの戦闘の最中でもバルスのまわりには、古代神の加護が発動しています。太古のエルフが密約を結んだのでしょう。バルスが覚醒するまで、誰もその加護は打ち破れません」
「エルフはいつも面倒を起こすな。これで、ようやくわかった。エルフ調査団、お前たちはダークエルフ、バルスが勇者になったことを隠蔽すべく派遣されたのか。しかし、アシュフォード王国いや、アシュフォード家がエルフと結託するとはな。なんの貸し借りがあるのやら」
リヒトはそれ以上、ライオットに質問するのをやめた。わからず仕舞いだったバルスの正体がつかめた、それだけでも収穫だった。リヒトの目下の悩みは、バルスの肉体に蘇生魔法をかけ、魔王ゾルグを甦らせていいものか。剣聖であり賢者であるリヒトは女神に最も愛された人間。それゆえに、蘇生魔法の継承と詠唱を許されたただ一人の人間だ。魔王ゾルグの蘇生は、女神の法に反するのではないかと。
ライオットは戦闘に疲れ、御者が作った簡易テントで仮眠をとった。リヒトは敵襲に備え、焚火の番を買ってでた。眠らなくていい魔法を覚えた甲斐があったと、リヒトは御者に呟いた。暗闇のなかで御者は頷くと、朝が来るのをじっと待った。




