【第十六話】微笑
リザードマンハーフのリム・ウェルは父ベルク・ウェルに逃げた第二婦人ムメの顛末を報告した。ムメが殺害され、腹の子が取り出され、どうやら宿敵バルス・テイトが意識を支配して乗っ取っている、と。
ベルク王の表情が曇る。理解に苦しむ様子をリムは感じた。
「どういうことだ、ムメの体内には勇者バルスが転生すると聞いておったぞ。バルスが乗っ取るというのはどういう意味だ」
まったく説明が困難だ、リムは宮廷大理石につけていた片膝をすっと伸ばし、立ち上がった。地階にあるリザードマン住処はジメジメとしたものであるが、ベルクの謁見の間はほどよい湿度で、尻尾を生やしている以外外見がほぼ人間のリムにとっては快適だった。
「つまり、我が弟の魂はバルスが転生したものだと思っていましたが、弟の魂をバルスが乗っ取ったということと」
「お前の説明は要領を得んな」
ベルク王は吐き捨てるように言った。一年前、バルスの魂を胎児の状態で確認したのは、産婆であり宮廷占い師であるスフォーという女だった。スフォー曰く、「ムメさまの体内には悪魔が宿りましてございます」と。百年に一回あるかどうかの転生は、憎むべきか歓迎すべきか、勇者バルス・テイトであるとスフォーは続けざまに言ったのだ。
だとしたら、バルスが生後三日程度の息子の意識下で覚醒していることは考えにくい。スフォーの予言は外れていて、そもそもバルスの転生などなかったのか、別の誰かが転生したのか。その後、何らかの術によりバルスの魂が移動し、弟を支配しているのか。リムは軍勢を引いた理由を、ベルク王から詰問された。
「まず、弟の身体には確かにバルス・テイトの魂の波動を感じました。スフォーの予言から私は毎日のように、第二婦人ムメ殿の元に通っておりました。待望の弟です、王子です、父上の系譜が途切れることなく続くのです。うれしくてうれしくて」
リムは涙を小手で拭いながら続けた。
「私は一度バルスと剣を交えました。ですから、魂がそこに、弟の中にあることは感じました。ですが、弟は自身をバルスと名乗りました。転生者は自身の記憶が戻り覚醒するのに、半年はかかると言います。ですから、産まれたての弟がバルスを名乗ることはできません」
「確かに」
ベルク王は腕組みしながら、リムの話に聴き入った。
「私の見立てでは、表に出ている人物はバルスではありません。バルスは生まれてほぼ目覚めることなく、表の人物に封じられているといったところです」
リムは語気を強めながら持論を展開した。
「では、その表に出ている人物とは?」
「それは…」
「どうした?わからんのか」
「父上もよくご存じの方かと」
「誰だ、もったいぶるな」
「魔王ゾルグでございます」
ベルク王は人払いをした。大臣や侍従たちを謁見の間から出るように促した。
「それは、確かなのか!」
「はい、強大な魔力でした。それゆえ、バルスと名乗ったあと、下手に事を構えるのは得策ではないと判断。撤退を決め込みました」
「そう感じただけではないのか?魔王ゾルグと」
「いえ、バルスと名乗った弟は、三叉の槍を持っていました」
「三叉の槍か、それは勇者なら手にできんな」
「ええ、忌み神器、魔物・魔族・魔人、あらゆる魔を打ち倒しすぎた故、魔の呪いが強く出ています。皮肉にももう、勇者が手にすることはできず、魔の最上位者、魔王程度でないと手にはできないとされています」
「そうだな、あれは歴戦の魔導士が保管しているはずだが」
「ええ、おそらくガル・ハンの元妻、ジェムが保管していたかと」
「ジェムか、ガル・ハン以上に曲者だな。わかった、我が王子は内側にバルス、外側に魔王ゾルグとまぁ、因果な組み合わせとなっておるということか」
ベルク王はため息交じりに言った。
「弟がバルスとして転生・覚醒すれば、残りの族も滅ぼし、われらがリザードマンの頂点に立つと考えておりましたが」
「そうだな、バルスは残酷な男、世間が勇者と称するに足る男ではない」
「はい、むしろ魔王の方が厄介だとは思います」
リムは言った
「魔王ゾルグは争いを好まぬ御人であったからな。ならば、魔王ゾルグの狙いはなんと考える?」
「おそらく、魔王ゾルグはイコタ・プロストで降ろされた魂。狙いは、バルス・テイトの骸。あの肉体を手に入れるのではと」
「何ゆえに?」
「それは、おそらく」
リムはベルク王の耳元で囁いた。ベルク王は、ふふ、っと小さな笑いをこぼした。それは王ではなく、父の顔。ここ何十年もみたことのない、優しい笑顔であった。




