【第十四話】剣聖
バルスはライオットとともに、東国・オーギュスター公国のはずれ、グランド・コフを目指していた。道中、一本道ではあるが至る所に冒険者と思わしき骸が転がっている。
「バルスさん、ずいぶんと物騒というか」
ライオットは周りを警戒しながらバルスの後ろを歩く。
「あぁ、剥ぎ屋すらいないからな。よっぽどだろうな」
ライオットが朽ち果てた冒険者に目をやる。重厚な装備が粉々に砕けているようだった。
「それはなぁ、ゴーレムの仕業だな」
バルスは落ち着いた口調で言った。ゴーレムの巨体から繰り出された、掌だろうか。その身体からもこぼれ溢れるほどの怒り、骸にはゴーレムたちの憤怒の残思がこびりついていた。
「剣聖、リヒト・スタインウェイって言いましたよね?」
「あぁ、それが」
「スタインウェイって、セイレンと同じ苗字というか」
ライオットは小石につまづきそうになり、前のめりになった。バルスがライオットに手を差し出す。ぬめり、リザードマンの身体はいつもヌメヌメとしている。
「スタインウェイって苗字はな、アシュフォード王国で武勲のあった連中に与えられた褒美みたいなものだ。乱発しすぎというかな。それに、セイレンは好きじゃない」
「好きじゃない?」
「あぁ、人間なのにエルフのニオイがするからな」
「でも、エイム・リバウムはお爺さんの書庫で覚えたとか言ってましたよ」
「エイム・リバウムを知っているスタインウェイといえば、ガープ・スタインウェイか。なるほど」
「そのガープ・スタインウェイって人は、セイレンのお爺さんだと思いますが」
「ガープ・スタインウェイには双子の兄弟がいてな、セイレンはその双子の兄の子だ。弟が剣聖、リヒト・スタインウェイというわけだ」
地鳴りがする。一本調子のまっすぐな道、山を切り崩しているせいか、地滑りしそうなむき出しの山肌が皮膚のような色合いで、気持ちが悪い。大きな人間の上を歩いているような錯覚にライオットは襲われた。
「来るぞ」
バルスが小声で言った。
地響きの主は両側のむき出しの山肌で擬態していたのか。ゴーレムだ。それも三体。屈強に見える巨体はところどころひび割れし、今にも崩れ落ちそうだった。
バルスが三叉の槍を上空に掲げる。簡易詠唱だ。二言三言、何か唱えている。ライオットはその様子を眺めるしかなかった。
「轟雷」
空が黒い雲で覆われ、激しく光り始めた。雷だ。ゴーレムに雷、効果はあるだろうが無機質の肉体に雷を打ち付けても、痺れるということもないだろうに、ライオットはバルスの意図を捕らえ損ねていた。
ゴーレム三体に、雷柱が落ちる。バルスの意思通りに動く雷柱は、何本も何本もゴーレムたちを直撃し、貫いた。だが、効いていない。雷の衝撃でゴーレムたちの膝が揺れた程度だった。
バルスが引き続き、再び簡易詠唱に入った。
「慕情の涙」
黒い雲がさらに結集し、雨雲となった。ゴーレムたちの頭上に滝のような雨を降らせた。ライオットにもわかった、あの轟雷は雨雲を降らせるための、触媒。通常こうした連携魔法は二人で詠唱する。それも、間髪入れずに唱えない事には、先に唱えた魔法効果が消え去る。
この場合、黒い雲だ。簡易詠唱を二連発で強力な雨を降らせるなんて、息の合った魔法使い同士でも難しい。それを一人で、あっさりとやり切ってしまうバルスに、ライオットは畏れを感じていた。剣を持つ手がずっと震えていた。
ゴーレムたちは叫んだ。その土くれでできた肉体は、少々の雨では崩れはしない。だが、打ち付ける滝のような雨だと話は別だ。肉体の先端から形を失い、指の類は消失。泥となり肌色の地面と一体化していく。
針金状の骨格だけとなったゴーレム三体は非力であったが、その戦闘意欲だけは失っていなかった。細い腕から繰り出される攻撃は、避けてくれと言わんばかりだった。三体同時に攻撃されても、バルスにとってはなんてことのないものだった。ゴーレムたちはリザードマンがここまでの魔力と身体能力を秘めていることに、畏怖しはじめていた。くりだされる単調な攻撃がライオットに向けられた。バルスはぬかるんだ地面に足を取られた。
「くぅ、ライオット。左に避けろ。簡単だ」
バルスの声がライオットに届かない。戦闘経験が少ないライオットにとって、自在に身体を動かすということがどれほど難しいか、バルスにはわからなかったのだ。バルスほどの生まれもっての戦闘の天才、勇者になるべくしてなった男と弱小戦士のライオットでは比べるものの土台が違いすぎる。
ライオットは身体が硬直するのを感じていた。動けない、かわすことも、守りに徹することもできない。呆然と、剣を両手で持つ姿は、立ちすくむといったところだった。
バルスがライオットの窮地を救うべく、簡易詠唱に入ったと同時に、光速の剣さばきで骨格だけになった巨体三体のゴーレムたちが粉々にされた。空中で頭部、肩から先、胴、それ以下が切り刻まれ、轟音を立てて地面に落ちた。濡れた地面のせいで土埃が上がることはなかった。
「戦闘中に目をとじちゃぁいかんな、青年」
男は薄汚れたローブをまとい、右手にはライオットの背丈ほどある巨大な大剣をすっと持っていた。大剣からは光速の動きで空気摩擦を起こしたのか、少し炎がかっていた。
「おっ、ピンチの時にいつもありがとう。リヒト」
バルスは三叉の槍を地面に突き刺し、男に近づいた。
「だれだ、貴様。リザードマン風情が口をきけるとは、驚きだぞ」
「僕だよ、バルス・テイトだ」
リザードマンの顔から、人語が発せられていることに男は困惑していた。
「あの、この人が剣聖リヒト?」
ライオットが割って入った。
「青年、そうだ。私が剣聖リヒト・スタインウェイだ。このリザードマンは青年が使役しておるのか?」
「いいえ、この人は、バルス・テイトですよ」
「本当なのか?」
「だから、本当だよ。僕だよ、ほら、リヒト」
リヒトは突然大声で笑った。
「すまんすまん、わかってたって。轟雷と慕情の涙なんて、そうそう連続詠唱できんからな」
リヒトは大剣を背中の鞘に器用にしまい込み、続けた。
「リザードマンを殲滅しすぎた呪いにでもかかったのか?」
「まぁ、そんなところだ」
バルスの表情が柔らかい。リザードマンの表情筋を使いこなしている。
「それで、何用だ?」
「エイム・リバウムを唱えて欲しい」
「随分、端的にして簡潔だな」
「あぁ、時間がないからな」
「詳しく聞こう、ウチまですぐそこだ。来てくれ」
リヒトはバルス、ライオットを自邸に案内した。丸太小屋のような家であったが、魔法陣がいくつも張り巡らされており、それは小さな防御要塞のようでもあった。




