第七章:すれ違う想い
放課後、柊木康介は部活動の見学を終えた後、教室に戻って荷物をまとめていた。新しい高校生活が始まってまだ数日。慣れない環境に戸惑いつつも、少しずつ日常が形作られていくのを感じていた。しかし、心の中にはある一つの思いが渦巻いている。
雪城飛鳥と須賀野圭一。
親友である圭一が、密かに想いを寄せていた飛鳥と付き合っているという現実。それを知った日から、康介は自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。
「康介、帰りにちょっと寄り道しない?」
教室の入口から飛鳥の声が響いた。彼女はいつも通りの明るい笑顔で康介に手を振っている。その笑顔を見るたびに、康介の心臓は痛むような感覚に襲われる。
「寄り道って、どこに行くの?」
「駅前の新しいカフェだよ。ちょっと気になってたんだ。」
「いいけど、今日は圭一は?」
その言葉を口にした瞬間、飛鳥の表情が一瞬曇ったように見えた。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「今日は用事があるって言ってたから、二人で行こうよ。」
康介は心の中で軽いため息をつきながら頷いた。飛鳥と二人で過ごす時間は、嬉しくもあり苦しくもある。彼女が圭一の恋人であるという事実が、いつも頭を離れなかった。
カフェに入ると、店内は落ち着いた雰囲気で、木の温もりを感じさせるインテリアが広がっていた。二人は窓際の席に座り、メニューを眺める。
「ここのスイーツ、すごく美味しそうだね。康介くんは何にする?」
「そうだな……俺は普通にコーヒーでいいかな。」
「えー、せっかくだから何か甘いもの頼もうよ。」
飛鳥は楽しそうにメニューを指差しながら提案する。その無邪気な姿に、康介は思わず微笑んでしまう。彼女のこうした一面が、康介を惹きつける理由の一つだった。
やがて注文が運ばれ、二人は穏やかな時間を過ごし始めた。しかし、その静かな空間の中で、飛鳥がぽつりと呟く。
「康介くんは、恋ってどういうものだと思う?」
唐突な質問に、康介は驚きつつも真剣に考える。飛鳥の瞳はどこか遠くを見つめており、その横顔には普段の明るさとは違う影が差しているように見えた。
「恋か……。誰かのことをずっと考えたり、一緒にいたいと思ったり、そんな感じかな。」
「そっか……。なんかね、最近自分でも分からなくなることがあって。」
飛鳥の声はどこか寂しげだった。康介は彼女の言葉の真意を探ろうとするが、彼女はそれ以上話そうとはしない。
その帰り道、二人は並んで歩きながらも、どこかぎこちない空気が漂っていた。康介は、飛鳥が何を悩んでいるのか知りたいと思いながらも、それを聞く勇気が出なかった。
駅に着くと、飛鳥が突然立ち止まる。
「康介くん、ありがとう。今日はすごく楽しかった。」
「それならよかった。俺も楽しかったよ。」
飛鳥は微笑みながら軽く手を振り、駅の改札をくぐっていった。その後ろ姿を見送りながら、康介は心の中で何度も問いかける。
――自分は一体、どうしたいんだろう?
彼の心には、飛鳥への想いと圭一への友情が複雑に絡み合っていた。それでも、どこかで答えを見つけなければならない。康介はそう自分に言い聞かせるのだった。