第六章:隠された感情
週末がやってきた。学校のない土曜日の朝、柊木康介は何も予定のない一日をどう過ごすか考えながら、ゆっくりと朝食をとっていた。だが、心の中は複雑な感情でいっぱいだった。
雪城飛鳥への気持ちを意識するようになってから、康介は自分の感情を整理するのに苦労していた。一方で、飛鳥には須賀野圭一という彼氏がいる。そして圭一は康介にとっても大切な友人だ。この三角関係が康介の心を押しつぶしていた。
「散歩でもしてくるか。」
康介は家を出て、近所の公園に向かった。晴れ渡る青空の下、風に揺れる木々の葉が心地よい音を立てている。そんな中で、彼は頭の中のモヤモヤを少しでも晴らそうとしていた。
公園のベンチに腰を下ろし、ぼんやりと景色を眺めていると、ふいに後ろから声をかけられた。
「康介くん、こんなところで会うなんて偶然だね。」
振り返ると、そこには高橋咲希が立っていた。彼女は控えめな笑顔を浮かべながら、康介の隣に座った。
「咲希か。珍しいな、お前が公園にいるなんて。」
「うん、私も散歩がてら、ちょっと考え事してたの。」
咲希の言葉に康介は少し驚いた。彼女は普段から控えめな性格で、あまり自分の気持ちを表に出すタイプではなかったからだ。
「考え事って、何かあったのか?」
「ううん、大したことじゃないよ。ただ…康介くんはさ、誰かを本気で好きになったこと、ある?」
その問いに、康介は言葉を失った。咲希の真剣な瞳が、自分の胸の奥を見透かしているような気がした。
「どうだろうな…。正直、自分でもよく分からない。」
そう答える康介の声はどこか弱々しかった。咲希はそんな彼の様子を見て、ふと微笑んだ。
「そっか。でも、康介くんみたいに真面目な人なら、きっと大切な人を本気で守りたいって思うんじゃないかな。」
その言葉に康介はハッとした。咲希の言葉は、自分自身の迷いを映し出しているようだった。
「咲希はどうなんだ?誰かを本気で好きになったこと、あるのか?」
康介が逆に問い返すと、咲希は一瞬だけ目を伏せた。その仕草に、康介は彼女が何かを隠していることを感じ取った。
「うん…あるよ。でも、その気持ちを伝えるのってすごく怖いよね。」
咲希の声は少し震えていた。康介は何と言えばいいのか分からず、ただ静かに彼女の隣に座り続けた。
しばらくの沈黙の後、咲希がポツリと呟いた。
「康介くん、飛鳥ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
その言葉に、康介の心臓が大きく跳ねた。自分でもまだ整理がついていない気持ちを、咲希に見抜かれていた。
「そ、それは…」
「ごめんね、変なこと聞いて。でも、康介くんが誰を好きでも、それは素敵なことだと思うよ。」
咲希の優しい言葉に、康介は少しだけ救われた気がした。彼女は康介の気持ちを責めるでもなく、ただそっと寄り添ってくれている。
「ありがとう、咲希。お前って、すごく優しいな。」
康介がそう言うと、咲希は照れくさそうに微笑んだ。
その後、二人は特に何を話すわけでもなく、公園の景色を眺めていた。だが、その静かな時間の中で、康介は少しだけ自分の気持ちに向き合う勇気をもらえた気がした。
家に帰る途中、康介は少し遠回りをして歩くことにした。咲希との会話で少し気分が軽くなり、自分の気持ちに向き合おうとする意識が芽生えてきたからだ。
その時、不意に飛鳥の笑顔が頭に浮かんだ。中学校時代、二人で受験勉強をしていた時の楽しげな彼女の表情や、高校でふいに見せた寂しげな横顔。すべてが鮮やかに蘇る。
「俺、本当に飛鳥のことが好きなんだろうか。」
独り言のように呟くその声には、自分でも認めたくない感情の断片が含まれていた。
青空を見上げ、康介は静かに深呼吸をした。そして小さな決意を胸に刻む。
「少しずつでいいから、自分の気持ちに正直になってみよう。」
そう心に誓い、康介は家路についた。