第五章:すれ違いの予感
屋上でのやり取りを経て、柊木康介は雪城飛鳥の言葉にますます心を揺さぶられていた。飛鳥の中に芽生えつつある迷い。それは康介にとって小さな希望のようでもあり、同時に友人としてその気持ちを支えたいという葛藤でもあった。
翌日、康介はまたいつものように家を出て、待ち合わせ場所へ向かった。そこにはすでに飛鳥が立っていた。彼女の笑顔は眩しく、彼の胸を締め付けるようだった。
「おはよう、康介くん。」
「おはよう、飛鳥。」
言葉を交わしながら、二人は学校へと歩き出す。だが、どこかぎこちなさが残るやり取りだった。康介は屋上での彼女の言葉が気になって仕方がない。
「飛鳥、昨日はその…ありがとな。話してくれて。」
「ううん、康介くんがいてくれるから、私も話せたんだと思う。」
飛鳥は柔らかく微笑む。その笑顔は、康介にとって嬉しいはずだったが、圭一の存在がそれを複雑なものにしていた。
クラスに着くと、教室はいつものように賑やかだった。新しい環境に馴染もうとする生徒たちの声が飛び交い、教室全体が活気に溢れている。しかし、康介の気持ちはどこか落ち着かなかった。
昼休み、康介が一人で弁当を広げようとしていると、突然後ろから声をかけられた。
「康介、一緒にいい?」
振り返ると、そこには須賀野圭一が立っていた。彼は持ち前の明るい笑顔を浮かべながら康介の隣の席に腰を下ろす。
「もちろん、どうぞ。」
康介は努めて平静を装ったが、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。圭一は弁当箱を開きながら、何気なく話しかけてきた。
「いやー、新しいクラスって最初はちょっと緊張するよな。でも、お前も飛鳥と同じクラスだし、心強いだろ?」
「まあ、そうだな。」
康介は短く答えた。圭一はそれ以上深く詮索することもなく、自分の弁当をつつき始める。だが、その姿を見ていると、康介は改めて圭一という存在を強く意識せざるを得なかった。
圭一は優しく、明るく、誰とでもすぐに打ち解けられる性格だ。だからこそ、飛鳥が彼に惹かれたことも理解できる。康介は自分の中の嫉妬心を押し殺そうと必死だった。
その日の放課後、康介は図書室に足を運んだ。勉強を口実に、少しでも気を紛らわせたかったのだ。本棚を眺めていると、ふと後ろから声がかかった。
「康介くん、ここにいたんだ。」
振り返ると、そこには飛鳥が立っていた。彼女は手に何冊かの本を抱えており、控えめな笑顔を浮かべている。
「飛鳥。どうしたの?」
「ちょっと借りたい本があって。それで、康介くんがいるかもって思ったの。」
「そうか。」
康介は少し照れくさそうに答えた。二人は自然と並んで座り、各々の本を開き始めた。だが、しばらくして飛鳥が口を開いた。
「康介くん、昨日のことだけど…聞いてくれて本当にありがとう。」
「別に気にするなよ。友達だろ?」
「うん。でも、康介くんがいてくれるから、私も少し楽になれたんだ。なんていうか、圭一くんに全部を話すのは、まだちょっと怖いの。」
飛鳥の声には迷いが含まれていた。それを聞いた康介は、彼女の気持ちをもっと知りたいと思いつつも、踏み込むべきではないとも感じていた。
「無理に話さなくてもいいと思うよ。自分のペースで考えればいい。」
その言葉に、飛鳥は感謝の眼差しを向けた。
「ありがとう、康介くん。」
その瞬間、図書室の静けさの中で、二人の間に確かな絆が生まれたように感じられた。だが、それは同時に、康介の心を一層複雑なものにしていくのだった。
家に帰った康介は、自分の中で生まれつつある想いを自覚せずにはいられなかった。飛鳥への気持ち。それは確実に友達以上のものだった。
「俺、どうするんだろうな…。」
夜の静けさの中、康介は天井を見つめながら、自分の想いと向き合うのだった。