第四章:小さな衝突
新学期が始まって数日、学校の空気も徐々に落ち着きを見せ始めていた。柊木康介と雪城飛鳥も、日々の登校と授業に少しずつ慣れていく。しかし、康介の中にはいまだに晴れないものがあった。
その日、放課後の教室で康介は机に座り、ノートを整理していた。クラスメートたちは次々と帰り支度を済ませ、教室を後にしていく。ふと顔を上げると、教室の隅に飛鳥の姿が見えた。彼女は窓際に立ち、外の景色をぼんやりと眺めている。
「飛鳥、帰らないのか?」
声をかけると、飛鳥は振り返って微笑んだ。
「うん、今行こうと思ってたところ。康介くんも一緒に帰る?」
「もちろん。」
二人で並んで教室を出ると、廊下はもう人影がまばらだった。校舎を抜け、夕日が差し込む道を歩きながら、飛鳥がぽつりと呟いた。
「最近、圭一くんとあまり話せてなくてね。」
康介の胸に緊張が走る。親友の名前が出るたびに、彼の心はどうしようもなく揺れ動いてしまう。
「そうなのか?なんか理由でもあるの?」
「うーん…。彼、クラスが別だから忙しいのかな。それとも、私が何か悪いことしちゃったのかも。」
飛鳥の声には少し不安が混じっていた。その様子を見て、康介は一瞬言葉を飲み込む。しかし、結局こう言葉を返した。
「そんなことないと思うよ。圭一がそんなに薄情なやつじゃないのは知ってるだろ。」
「そうだといいんだけど。」
飛鳥の表情は曇ったままだ。康介はその顔を見るのがつらかったが、どうすることもできなかった。
しばらく無言の時間が続き、やがて二人はいつもの分かれ道に差し掛かった。康介は勇気を振り絞って声をかける。
「もし何かあったら、俺で良ければ話を聞くよ。」
その言葉に、飛鳥は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みを返した。
「ありがとう、康介くん。でも、大丈夫だよ。自分で解決できると思う。」
康介はそれ以上言葉をかけることができなかった。飛鳥が背を向けて歩き出す姿を見送りながら、彼の中にはもやもやとした感情が残ったままだった。
翌日、康介はいつものように飛鳥を待ち合わせ場所で待っていた。しかし、彼女が現れると、その表情に何か違和感を覚えた。いつも明るい笑顔が少し硬く感じられる。
「おはよう、康介くん。」
「おはよう。なんか元気ないように見えるけど、大丈夫か?」
飛鳥は一瞬目をそらし、それから小さく頷いた。
「うん、大丈夫。気にしないで。」
しかし、康介は気にしないわけにはいかなかった。彼女が何かを抱えているのは明らかだった。
その日の昼休み、康介は思い切って飛鳥を屋上に誘った。周囲の視線を気にせず、二人きりで話せる場所が欲しかったのだ。
「飛鳥、何か悩んでることがあるなら言ってくれないか?」
屋上の風に吹かれながら、康介は真剣な表情でそう言った。飛鳥はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「昨日ね、圭一くんから連絡があったの。でも、その内容がちょっと気になって…。」
「どんな内容だったんだ?」
「なんだか、今の関係がうまくいってない気がするって…。私に原因があるのかな。」
飛鳥の声は少し震えていた。康介はその言葉に戸惑いを覚えたが、同時に圭一に対する苛立ちも湧いてきた。
「それって、圭一が一方的に言ってきたのか?」
「ううん、そうじゃない。私もどこかで壁を作っちゃってるのかもって思う。」
飛鳥の自己反省の言葉に、康介は胸が締め付けられるような思いを感じた。彼女はこんなにも自分を責めているのに、圭一はその気持ちに気づいていないのだろうか。
「飛鳥、それって君だけが悪いわけじゃないと思う。関係って二人で作るものだろ?」
その言葉に、飛鳥は少しだけ表情を和らげた。
「そうだね。康介くんの言う通りだよ。でも、やっぱりもっと頑張らなきゃって思う。」
康介はその決意に何も言えなかった。ただ、彼女の隣に立ち、そっと背中を押してあげることしかできなかった。
それでも、彼の中では一つの感情が少しずつ膨らんでいくのを感じていた。それは、親友とヒロインとの関係に割って入ることへの罪悪感と、それを超える彼女への想いだった。