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3回転目

 東京都葛飾区環状七号線沿いのとある自動車販売店にて。

 

 三人でノリ打ちを始めた当初からの目標の一つである自動車の入手、目的は地方のホールへの遠征、時折鈴が中古車サイトを巡回していて程度が良い車輌を購入出来るまでに勝ち分が貯まった。

 

 「すみませーん、この車ってまだありますか?」

 購入する車輌は事前に話し合って決めていた為、店内を見回ることなくスマホの画面を向けながら鈴が販売員に近寄っていく。

 「あっはい、もしかしてお問い合わせ頂きました斉藤様でしょうか?」

 「はい、斉藤です」

 「ご来店ありがとうございます、返信のメール送らせて頂きました加藤です、宜しくお願い致します、早速車輌までご案内致しますね」

 三人で現車確認を済ませ、走行距離の割に綺麗な車体に喜ぶ。

 「私、手続き済ましてくるわね」

 「じゃあチャクとウロウロしてますね」

 

 「ねぇねぇカンちゃん、ここ結構古い車もあるんだね」

 「うん、それチャクパパが乗ってたヤツじゃない?」

 「やっぱりそうだよね、よく覚えてるねカンちゃん」

 「チャク、外のも見にいこうよ」


 カウンターで契約手続きを進めている鈴。

 「では、お支払方法はいかがしますか? 今ご新規様限定で特別低金利のローンのご案内も可能でございます」

 「一括で振り込みます、今日半分ぐらい持ってきてるので、手付けが必要だったら置いていきますけど」


 「ちょっと待った!」

 作業つなぎ姿見の髭男と店内で車を見ていたはずの真七海と桜坊がサービス工事側の扉から一緒に入ってきた。

 「えっ!池さん、どうしたんですか?」

 鈴と営業の加藤の商談が一時中断される。

 「加藤よ、このお嬢ちゃんらがアレに目つけたぞ」

 「いやでもアレ売っていいんですか?」

 「いいだろ別に、見積り作ってやってくれ」

 「あのこの方は?それでアレとは?」

 状況を正確に理解する為に、チームメイトといきなりやって来た髭男への直接の質問は避け、この中で一番信用のある営業加藤へ鈴は尋ねる。

 「あっすみません、こちらは弊社の整備士の池田です、アレというのはもちろん車なのですが売りには出していなかった物で、とりあえず斉藤様もご覧なられた方が」


 案内されたのはド派手な真っ赤のボディ、至るところにスポンサーロゴが貼り付けられたフランスメーカーの車輌。

 (うわぁ派手ぇ)漏れそうになった本音を閉まって、まずは確認事項、「どっち?」

 これは真七海に向けられた質問で、この車が良いと言い出したのは真七海と桜坊のどちらかを確認するもので、仮に答えが桜坊の場合は"諦め"、真七海の場合は"出来る限りの抵抗"。

 真七海達は趣味ノリ打ちではあるが、車を購入出来るほどの成果を出している、そのプラス分の約六割が桜坊、三割が鈴、一割が真七海といった比率だ。

 引きの強さを除いても愛くるしさから鈴は桜坊を溺愛している為、桜坊の意向は鈴にとって絶対的優位である。

 一方でほとんどプラス収支に貢献しない真七海は、端から見ればなんの決定権もあるはずがないが、持ち前のひねくれとデタラメ、加えて真七海と鈴の意見が割れた際は必ず桜坊が真七海側についてしまう為、基本的に三人間の決まり事は真七海の意のままとなってしまう。

 

 「監督、ここ見てください」

 真七海は質問に答えなかった。

 鈴は意図的な無視によって言い出しっぺが真七海であることの確認が取れたのでムカつきはするが深追いせず、話を聞く事にした。

 ボディにあしらわれた無数のスポンサーロゴ、真七海がその中の一つを指さしている。

 【NOKYO】「このフォントのデザインからして間違いなくあの能共ですよ」

 能共とは遊技機を開発しているメーカーで、鈴のお気に入りの台も能共製である。

 「お嬢ちゃん、能共知ってるのかい?」

 「知ってます、パチスロプレイヤーなので」

 「なるほどね、そこはねタイヤの空気圧モニターも造ってんだよ、この車にもそれがついてるよ」

 「あの、この車ってやっぱりレースとかで使ってたやつなんですか?」

 車について詳しくない鈴が池田に質問する。

 「本物のラリーマシンだよ、コレ」

 予想外に桜坊が答える。

 「いや残念ながら本物にはなれなかったマシンなんだよ」

 意味深な回答に、三人は目線だけでリアクションをとり話の続きを促す。

 「もう十年以上経つけど、この会社は本格的にレース活動をしててよ、全日本なんかでは優勝争いの常連チームだから、それなりに有名だったんだ、今では考えられないけど当時はメカニックが優秀ならプライベーターでも良い結果が残せたんだよ、ただどうしても金が絡んでくる世界だからよワークスの連中が黙ってないわけでさ、こっちに不利なレギュレーションに落ち着いちまうんだよ、『時代は空力だ』とか言いやがってよ、結局メーカーには勝てないようにエンジンのパフォーマンスは統一されたんだよ、この車はその次のシーズンに出す予定で仕上げてたんだけど、うちの代表が嫌気さして引っ込めたんだ、誰も反対はしなかったよ、メカニックってのは頑固者が多くてさ、勝つために作ったマシンを出場権得るためにデチューンするなんてのは出来るわけないんだ」

 車の中に乗り込み物色する三人。

 (あっ聞いてねぇこいつら)

 「あれ? これマニュアルじゃない」

 「当たり前じゃないですか」

 「私オートマ限定よ」

 「私とチャクが運転するんで」

 「え? チャクも持ってるの? マニュアル持ってないの私だけ?」

 「うん持ってるよ、バイクも持ってるよ中型だけど」

 「大丈夫ですよ、監督は後ろでふんぞり返ってて下さい」

 「いやだそんなの、私も運転したい、限定解除行く」

 「えぇいいですよワザワザ、土日ホール行けなくなっちゃうじゃないですか」

 「やだ、平日仕事終わってからでも行く」

 「とりあえず決まりでいいですね、ストロングチェリー号、契約して来て下さい」

 「は? なにそれ」

 「この車の名前です」

 こうして、彼女達の旅打ちを共に過ごす愛車が決まった。


 「池田さん、本当にアレ売ってよかったんですか? 半年前は別のお客さん断ったのに」

 「あぁ前来たヤツ、ただのラリーファンだろ、多分乗らねぇで写真だけ定期的とるタイプだな」

 「まぁそうだと思いますけど彼女達より全然高値で売れましたよきっと」

 「いや、いいんだよ、あのお嬢ちゃんらはアレに乗っていろんなパチンコ屋さん行きたいんだとよ、理由はなんであれちゃんと乗ってくれるつもりなんだ、キッチリ納車整備してやらねぇと」


 

 

 

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