小銭で会計する男ってどう?
昼休み時、シエリアはカウンター裏のイスに座ってお弁当を食べていた。
これは今は亡き祖父ボンモールの「早飯は三文の得」という信条から来ている。
慌ただしいが、店先の駄菓子をつまみぐいできるというメリットもある。
今にも祖父の怒鳴り声が聞こえてきそうであるが。
孫娘は頬にひっつくプリン・スライムのねばねばと格闘していた。
ここのところ、彼女の店は至って平和だ。
だが、穏やかな日々が長くなればなるほど厄介な依頼が来る。
これはシエリアの経験則だった。
きっと次はもっと変わった案件がくるだろう。
少女は悪意がなければ、変わった悩みでも出来る限り相手の気持ちを汲む。
しかし、それがウワサの連鎖を呼び、ますます奇っ怪な依頼がやってくるのだが。
店主がむぐむぐとスライムを噛んでいると、表通りが騒がしくなった。
淡く長めなピンクの髪を揺らして、ふっと彼女は顔を上げた。
綺麗な碧眼が音のする方に向く。
「キャーーーキャーーーー!!!!」
「うわぁぁぁ!!!!」
これはただごとではない。表通りで何が起こっている。
「おえっ……おぉえっ!! げぇッ!!」
―――ジャラジャラジャラジャラッ!!!!
湿り気のある嫌な嘔吐音のあと、金属が落ちるような音がした。
その生々しい嘔吐きと匂いにおもわず少女はもらいかけた。
「ううッぷ!!」
少女の頬は一気に膨らんだ。八分目でなんとか踏ん張る。
シエリアが耳を澄ますと確かに声がした。
「なん……でも……おえっ!! かい……け……つ……げええええぇ!!」
――ジャラジャラジャラジャラ!!!!
恐る恐るカウンターから顔だけ出すと、そこには小銭を吐きまくっている若い男性が居た。
「あ、あなたが……ごええぇぇ!!」
――ジャラジャラジャラジャラ!!
胃酸の混じった酸っぱい感じの酷い悪臭だ。しかし、普通のそれより臭いが強い。
シエリアはあまりの刺激臭で涙があふれてきた。
思わず緊急時用に店先にかけてあったガスマスクをかぶる。
匂いをシャットダウンするとやっと状況が見えてきた。
男性は一番安いコインである1シエール硬貨を大量に吐き出し続けていたのだ。
この国はかつて貝がお金がわりだったので、貝の意のシェルがなまって今の"シエール"になった。
さすがに今は金属で出来ているが。
お金を吐き出すなんて、人が群がってきそうなものである。
だが、彼の悪臭と吐き出している金額の少なさで完全に厄介者になっていた。
「たの……む…げろぉ!! たす……たすけ……ゔぉぉ!!」
―――ジャラジャラジャラジャラ!!
おそらくトラブル・ブレイカーのウワサを聞いて、助けを求めにやってきたのだろう。
しかし、身体の病気ではなく見るからに呪いかなにかの類である。
シエリアの店は確かになんでもやる店ではあるが、なんでも出来る店ではない。
勘違いされているが、そこは重要なポイントだ。
解呪は明らかに守備範囲外。
それでも取り組んでしまうのはシエリアの長所でもあり、短所でもあった。
雑貨店には様々な売り物の本がある。
さすがに図書館ほどの蔵書はないが、問題を解決するのには十分だった。
店主は"怖い!! 世界の呪い大百科!!"というブ厚い本を取り出した。
この本は読んだことがあったので、すぐにそれらしい頁を見つける事ができた。
「なになに……これかな? ガマグチの怨念?」
少女は解説をつらつらと読んでいく。
「ふむふむ……お金、特に小銭に対してバチあたりな事をするとかかる呪いかぁ。このお客さん、何したんだろ?」
店主は疑惑の目を向けていたが、銭吐き男は苦しそうだ。
「まぁ罪を憎んで人を憎まずかなぁ。とりあえず、後で事情を聞こう。えーっと……解呪、解呪は……あぁ!! これ簡単なやつだ。難しい呪いじゃなくてよかったぁ!!」
呪われた男はそれを聞いて救われた顔をしたが、また勢いよく吐いた。
「おろっ、るろろろろォッ!!!!」
――ジャラジャラジャラジャラ!!
シエリアはガスマスクのまま、怨念男の背中をさすった。
「いいですか? あなたが粗末にした小銭たちに誠心誠意をこめて謝ってください。直接です」
それを聞くとすぐに男性はよろよろと歩き始めた。
彼が表通りに出ると野次馬が集まってきた。
小銭を吐く度に人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていったが。
やがて男は街の広場にあるダンチェの泉へついた。
ここは円形の泉で、コインを入れると幸運が訪れるというセポールの観光名所だ。
そこで呪いの男は土下座して叫んだ。
「家中の小銭を泉に捨てて、申し訳ありませんでしたーーッ!!」
彼が謝罪すると小銭の嘔吐はパタリと止まった。
街の人々は事情はわからないものの、とりあえず拍手を送った。
シエリアは呪いの原因が知りたかった。
かといって目立ちたくないので、ガスマスクを脱いで若い男性に声をかけた。
「解呪に成功してよかったです。ところで、なんでそんな事をしたんですか?」
解呪をやり遂げた少女は気の毒だと思いつつも、好奇心からそう尋ねた。
すると呪いが解けた若者は暗い顔をした。
「それがですね……彼女との初デートで僕がおごったんですよ」
何の変哲もない話だったが、案の定、オチがあった。
「会計のとき、僕はすべて小銭で払ったんですよ。300枚くらいですかね。そしたら何が気に食わないのか彼女の態度が急に冷たくなって……。友達に相談したら『お前それはねぇよ』って。僕が何か悪いことをしたんですかね……」
少女は内心で思った。
ちょっとこの男性の擁護はしかねる……と。
「そして私は小銭に恨みを抱きました。家中の小銭を集めてやつあたりで泉に捨てたんです。コインへの憎みが呪いとして返ってきたんでしょう」
今回は犯罪沙汰になるかもしれないと店主は身構えていた。
しかし、それは杞憂に終わった。
シエリアの店は筋金入りの悪人や犯罪者の依頼を受けたことはない。
商店組合に所属しているので、お巡りさんがこまめに見回りに来てくれるというのもある。
薄暗い裏路地の割には意外と治安が良いのである。
よって、この青年のようにトラブルを抱えた人が来やすい環境でもあった。
ただ、片っ端から依頼を受けていると流石にさばききれない。
そのため、シエリアは自分がトラブル・ブレイカーだとは名乗らない。
呪いの解けた小銭の男は爽やかに声をかけてきた。
重荷が下りたからか、とても調子が良さそうに見える。
「代金はそこの泉に沈んだ僕のコインです。受け取ってください」
シエリアは思わずあんぐりと口をあけた。
「えっ……えぇ〜。どれが誰のコインかわかんないよぉ……」
……今回は専門外の解呪の依頼でしたが、簡単なものでよかったです。
でも、お店のお会計で小銭ばっかり出されたらちょっと困っちゃうかなぁ……というお話でした。