シュッシーなんていないよ
シエリアの元へはどう考えても無茶な依頼が入ることがある。
その中でもUMA関連は極めて厄介だ。
未知の生物なんてあらかたほじくり返されており、今時分、そんなものは存在しないからだ。
それでも発見してみせるのがトラブル・ブレイカーである。
今回は中年のおじさんがやってきた。
冒険家の被るような白いサファリハットとそれに合わせた作業服を着ている。
首からはでっかい双眼鏡とカメラをぶら下げていた。
「シュッシーは……シュッシーは本当に居ますよね!?」
シュッシーとは市内の湖であるシュレイン湖に住むとされるUMAだ。
ウワサによると頭部は首長竜のような見た目であり、背中には複数のコブがあるという。
そのコブからは勢いよく潮を吹くとされる。
その姿を写した写真で爆発的に知名度が上がったが、フェイクである事が知られると一気に下火になった。
その後も、ダイバーを使ってしらみつぶしの探索なども行われたが、目撃情報は一切あがってこなかった。
そんなこんなで今は子供でさえ存在を信じないUMAとなっている。
この調子だ。この男性は今も必死にシュッシーを探しているのだろう。
シエリアとしてはこの都市伝説に懐疑的で、発見は現実的ではないと思った。
しかし、依頼はなんとかして成功させなければならない。
「わかりました。シュッシー、見つけましょう」
男性は安堵したのかにこやかになった。
彼の名前はトルネ。何年もそのUMAを探している。
こういった謎の生物を見つけるにはまずは足である。
マメに現地に足を運んで観察することだ。
シエリアとトルネは早速、シュレイン湖へ向かった。
その湖は市民の憩いの場となっていて、散策する人や釣り人が見かけられる。
とてもではないが、そんな大それた珍獣がいるような気配は無い。
そんな時、水面に激しく飛沫が上がった。
「おっ!! あれはッ!!」
中年男性はカメラを構えた。
シエリアがそれを止める。
「待ってください!! あれ淡水魚のセポール・バスですって!! シュッシーじゃありませんよ!!」
今度は水面が揺らいでコブのようなものが浮き上がってきた。
「ムムッ!! 今度こそ!!」
トルネはギョロリと双眼鏡で覗き込んだ。
「あれ、シュシュカバの背中ですよ。のんびりした性格の」
それはしばらくプカーっと浮いていたが、潮を吐くでもなく沈んでいった。
しばらくあちこち探しているとついにシュッシーが現れた。
首長竜の頭、背中のコブ、吹き上がる潮。
トルネはカメラを激しく連写した。
すると子どもたちの笑い声が聞こえた。
「ははっ!! なんだこのオッサン!! これ、最新型のシュッシー・ラジコンだよ。まぁ、高かったしぃ? 本物と勘違いしちゃうのもしょうがないかな。アハハハ!!」
明らかに純粋な中年男性の逆鱗に触れていたが、流石にそこは大人であるからして怒りを飲み込んだ。
ただこのシュッシーマニアの男、ガッツはかなりのもので何があっても朝から夜までずっと捜索を続けていた。
一体、何が彼をここまで駆り立てるのかはわからなかったが。
その熱意に押されてシエリアも朝から晩まで気合を入れて付き合うことにした。
ある日のこと。いつもと変わらず湖を眺めていると異変が起こった。
シュッシーらしき生物が浮き上がってきたのである。
シエリアは辺りを見回したがラジコンを操作している人やフェイクを仕込んでそうな人はいない。
間違いない。本物である。
当たり前だが、その場にいる人は珍獣の出現にパニックになった。
ウワサやネタで聞く程度ならまだしも、いざこんなのが実際に現れたら仕方がない。
しかもかなり大きいわけであるし。
トルネはアドレナリン全開で狂ったようにカメラのシャッターを切りまくった。
こんなに肝が据わっているのは彼とシエリアくらいである。
もっとも、2人はこの生物を探すつもりでここにいるので心の準備が出来ていたのだが。
こうしてトルネが撮った写真はセポール新聞に載った。
最初は地方紙だったが、マジなUMAだったのでその情報は国中に届いた。
すぐにシュレイン湖は人だらけになった。
皆が皆、シュッシーを求めてやってくる。
時折、水面に姿を現すと歓声とともに写真のシャッターを切った。
晴れてトルネの依頼は達成された。
だが、彼の顔色は優れない。詳しく話を聞いてみることにした。
「『昔、近所のお姉さんにシュッシーなんていないよ』って、からかわれたんです。それが悔しくてしょうがなくて私は探し求めてきました。ですがどうでしょう。いざシュッシーを白日のもとに晒したら脱力感がわいてきまして……」
マニアは伏し目がちに続けた。
「思い出したのです。お姉さんは『でも、もし私がシュッシーなら、静かにくらしたいかな。私ならそうしたい』……と言ったのです」
トルネは虚ろな瞳をシエリアに向けた。
「そう。私は最初の言葉に強烈に縛られたあまりに、重要な後半の言葉をすっかり忘れていたのです。でも、今ならそれもわかる。シエリアさん、シュッシーを逃がしてやってくれませんか?」
その依頼を聞いて、正直UMAを発見するより楽勝だと少女は思った。
その日の夜、岸に誰もいないのを見計らってシエリアとトルネは水門沿いの通路を歩いていた。
その先には詰め所があり、わずかな明かりが水門を照らしていた。
「あ、あの……ここは?」
詰め所につくと老人の男性が現れた。
「シエリアか。よくきた。3分だけじゃからな。ほら」
水門の番人はカギを放り投げた。謎のコネである。
「バーンズじいさん、ありがとう!!」
そのままシエリアとトルネは水門の通路を歩いていった。
そして門の上の通路へと出た。
足元には水を仕切るブ厚い鉄板が沈んでいる。
湖に出入りする水はこの水門でコントロールされているのだ。
「これはもしかして……ここからシュッシーを逃がすんですか?」
シエリアはコクリとうなづいた。
「3分間しか開けられないんです。これを使って」
雑貨屋少女は白い玉を取り出してきた。
「ほっ」
彼女がそれを水面になげるとプシャアーっと潮のように水が跳ね上がった。
「これ。ハッピー・スプリング。水に触れると噴水みたいに吹き上がるんですよ。確か、シュッシーは潮で仲間を判断するって聞いたことがあります。水門を開けつつ、とにかく投げてみましょう!!」
ギギギと重々(おもおも)しい音を開けて門は開き始めた。
2人が必死に玉を投げると無数の水柱が上がった。
すると黒い巨大な影がこちらにやってきた。
シュッシーである。それはそのまま悠然と門を抜けると広い水場へと旅立っていった。
「これで……よかったんでしょうか?」
そう聞くトルネにシエリアは答えた。
「静かに暮らせるんだから、いいと思いますよ」
シュッシーの発見から逃がすまで目まぐるしい依頼でした。
でもなんだかんだでめでたしめでたしで良かったと思います。
ん……? この段ボールは……。
そこにはシュッシーが見つかった直後に売ろうとして注文した大量のグッズが詰まっていた。
「すぐに消えたシュッシーの存在はまたインチキ扱いされるでしょう。こんなグッズ売れるわけありませんよ!! どーしよー!!」
……というお話でした。




