カポーテに火を付けて
セポールの路地裏に細く、白い煙が上がっていた。
「う〜ん、いい秋刀魚が買えたよ〜。美味しそうだなぁ」
新鮮な魚を仕入れることの出来たシエリアがそれを七輪で焼いていたのである。
うちわでパタパタと七輪を扇ぐ。
すると秋刀魚の良い香りが漂いだした。
だが、少しするとモクモクと凄まじい量の黒煙が吹き出し始めたのだ。
「えっほ、おっほ、ごほッ!!」
シエリアは焦ってバケツの水をぶちまけた。
すると煙は勢いを増して、ますます巨大化して雲のように上空で固まった。
そして、風に乗ってどこかへいってしまった。
かなり大きい雲だ。黒さからしても遠くからも見えた。
だが、発煙元が見つからなかったため気に留める人はあまりいなかった。
そして数日後、とある依頼が入った。
腕と脚にギプスを付けた中年男性がやってきた。
なんとも痛々(いたいた)しい見た目だ。
「ここが例の店か……? 俺はガンザン。闘牛士のリーダーをやってる。よろしくな」
彼はごつい手を差し出した。
律儀な性格をしているなとシエリアは思った。
「早速だが……。あんたには闘牛士を代理でやってもらいたい」
「!?」
雑貨屋少女は思わずのけぞった。
「見ての通り、俺は階段から落ちてこのザマだ。代わりを探したんだが、ヤバすぎて誰もやりたがらねぇ。だが、その対決は最も盛り上がる回でな。リーダーとしてはなんとしても成功させたい。あとはわかるな?」
シエリアは自分の身に危害が加えられる依頼は受けない。
だが、こういう場合、危害を加えること自体が目的ではないので引き受ける対象である。
「はい。お受けします!!」
少女の堂々(どうどう)とした名乗り出にガンザンは驚いた。
その瞳からは仕事に対する矜持が見てとれた。
「あぁ。頼んだぜ。本番は明日だからな。練習時間のないぶっつけ勝負だ。いけるか?」
全く自信は無かったが、受けないことには始まらない。
シエリアはコクリとうなづいた。
その日の夜、雑貨屋少女はガサゴソと店を漁り、例の怪しいフルアーマー・開運グッズを取り出してきた。
″成功は実力で勝ち取るもの″
それを座右の銘にしている彼女としては開運グッズに頼るのは意味のない事だった。
事実、このフル装備で救われた依頼人は見たことが……あるかもしれない!!
そう言い聞かせながらシエリアは幸運アイテムを身に着けた。
赤いローレルにラッキーが見えるメガネ、幸せの女神のリップ。
レア・エリマキトカゲのマフラー、ブレスド・プレート・アーマー。
神の賜り物のこしみの、たなぼたタイツ、安全靴。
これらを身に着けながら、幸運の呪文を一晩中、唱え続けた。
「ドゥードゥードゥー↑・ドゥー↓・ドゥードゥー↑……」
アホらしくなったら負け。
この手のまじないは信ずる心が大切なのである。
翌日、シエリアは汽車に乗って、南のヤーナ砂漠へ向かった。
ここには闘技場があり、様々なイベントが開催されている。
そのうちの一つが闘牛というわけである。
舞台袖で少女はマタドールの衣装を身にまとった。
金色の華美な刺繍がある青いジャケット、それと同じ生地のタイトパンツ。
それに白くてフリルのついたシャツ、腰巻、黒い帽子、
そして「カポーテ」と呼ばれる赤い布を身に着けた。
皮肉なことにこれは何のタネもないただの布である。
赤い布と青い衣装でコントラストが際立った。
見た目だけは様になっている。
ただこのシエリア、運動神経はゼロで闘牛なんてとんでもなかった。
セコンドのガンザンが声をかけてきた。
「いいか、相手はここで一番強い″グラン・ブルズ″だ。気合い入れていけー!!」
気合とかそういう次元の話ではない。
ルールは闘牛士が麻酔のダーツを投げて、闘牛が意識を失うまで戦う。
もしくは闘牛士が戦闘不能になると終了する。
その場合、当然ながら人間の方はただでは済まない。
最悪、死んでしまうケースもある。
降りるのは今しか無かった。
だが、シエリアはクマの出来た瞼で笑った。
「勝ちます。絶対に。不可能を可能にする。それがトラブル・ブレイカーですから」
完全に根拠のない自信だった。
徹夜特有の妙な高揚感もある。
こうして決戦の時がやってきた。
シエリアにとってはまさに死闘である。
登場した少女の姿を見て、誰もが目を背けた。
こんなちんちくりんが挑んだら間違いなくぶっ殺されるに決まっている。
戦いをやめるようにコールがかかったが、シエリアは腕を天高く突き上げた。
そんな時、突然として黒い雲が闘技場の上空を包んだ。
すると急激に大雨が降り出し、会場をビショビショにした。
「これは……秋刀魚の煙……?」
しぱらくの間、雨天で試合は中止していたが、日光が差し始めると本番が始まってしまった。
相手はグラン・ブルズ。とても巨大な角、筋肉質な身体が特徴的だ。
この闘牛場で一番に強い闘牛である。
しかし、シエリアは恐れることはなかった。
というか、恐れる余裕さえ無かったのである。
そして闘牛は仕切り直しで始まった。
少女がひらりひらりとカポーテを振ると牛が突っ込んできた。
もうだめだ。皆がそう思った時だった。
″ズルリ……″
雨の降った会場のぬかるみでシエリアが仰向けに滑ったのだ。
するとグラン・ブルズがシエリアの真上を飛び越えていった。
少女は我に返ると牛の腹めがけてダーツを打ち込んだ。
だが、当たりどころが悪く、これだけではビクともしなかった。
闘牛少女は泥だらけになって身体を起こしたが、今度は前のめりにずっこけた。
うっかり何本ものダーツをこぼしてししまった。
山なりに飛んだダーツの殆どが外れたが、そのうちの3発は牛の頭部にクリティカルヒットした。
これはかなりの有効打で、ブルズの動きが明らかに鈍った。
サンマ豪雨といい、ダーツのまぐれヒットと言い、これは幸運以外の何物でもなかった。
ここまできたら運で勝負してみようとシエリアは腹をくくった。
カポーテを揺らすと巨牛が突っ込んできた。
いくら勢いが鈍っているとはいえ、この突進はどう考えても避けきれない。
観客がそう思った時、カポーテがプルズの角に引っかかったのである。
そのまま少女は宙に投げ出された。
やぶれかぶれで全部のダーツを投げるとそのすべて牛の頭部に直撃した。
そしてよろけながらもシエリアは着地に成功した。
傍から見れば、ハイジャンプでブルズをかわしたように見え、非常に格好の良いフィニッシュとなった。
これに感動したのか、会場ではスタンディング・オベーションが起こった。
ガンザンも感動の涙を浮かべていた。
正直、今回はヤバい依頼でしたが、なんとかこなすことが出来ました。
いや〜、たまには運頼みも重要ですね。
でも何でしょう。最近、タンスに小指をぶつけたり、ハチに刺されたりしました。
なにもないところで転んだり、坂道でりんごを落としたり。
風邪気味にもなりましたし、花粉症デビューもしました。
まだまだありますよ……。
これもしかしてこの間の幸運の反動じゃないですかね!?
不幸のフルアーマーで中和しなきゃ……。
というお話でした。




