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拳骨Dr

シエリアがバックヤードで在庫(ざいこ)の管理(かんり)をしていると野太(のぶと)い声が聞こえてきた。


「おい。ボンモールの!!」


ボンモールの名前を出すのは古くからの客である。


ボサボサの髪(かみ)に、長めの不精(ぶしょう)ヒゲ。白衣(はくい)を着て、便所(べんじょ)サンダルを履(は)いていた。


お医者(いしゃ)さん……のように見えるが、それにしてはラフな見た目だ。


今まで見たことがないが、祖父(そふ)の旧友(きゅうゆう)なのだろう。


「俺ぁバッカスってモンだ。知ってると思うが、町外(まちはず)れで医者ぁやってる。嬢(じょう)ちゃんとはガキの時、以来(いらい)だな。まぁ覚えてねえか。早速(さっそく)だが、16リンケと32リンケのメスをくれ。ちょっと特殊(とくしゅ)な手術(しゅじゅつ)でな。セポールではここにしか扱ってねぇから死ぬほど久しぶりに……な」


シエリアは16のほうを取り出してきた。


「すいません。32は規格外(きかくがい)なので注文しなければお売りできません。明後日(あさって)には届(とど)くと思うんですが……」


それを聞いたバッカスは酷(ひど)く不機嫌(ふきげん)になった。


「あぁん!? それでもナンデモ屋(や)かよ。ボンモールが草葉(くさば)の陰(かげ)で泣(な)いてるぜ」


まさにその通りでシエリアは言(い)い訳(わけ)もできず、俯(うつむ)いた。


祖父(そふ)の名前を出されると余計(よけい)に弱い。


彼に恥(は)じぬようにと家業(かぎょう)をやっているからだ。


やたらと荒(あら)っぽい医者は舌打(したう)ちしながら背(せ)を向(む)けた。


「なんだよ。まるで俺が小娘(こむすめ)をいびってるみてぇじゃねえかよ。俺だって仕事なんだ。半端(はんぱ)にやられちゃ困るってだけよ」


バッカスがタバコに火をつけようとするとシエリアが声をかけた。


「あのぉ……店先(みせさき)は禁煙(きんえん)なんですけど……」


「ッッチッ!!」


苛(いら)ついた様子で白衣(はくい)の男は帰っていった。


「はぁ。怖(こわ)いお客さんだったなぁ。でも、言ってることは正論(せいろん)だったし、参考に(さんこう)して反省(はんせい)しなきゃ……」


翌日(よくじつ)の朝、昨日の町医者(まちいしゃ)が走ってきた。


なんだか慌(あわ)てているが、まだ32のメスは届(とど)かない。


せっかちでまたどやされるかと思っていた時だった。


「おい、ボンモールの!! 手伝ってくれ!!」


メスの調達から急激に依頼(いらい)は切り替(か)わった。


「ガキの急患(きゅうかん)だ。水解病(すいかいびょう)って知ってるか? 身体(からだ)が水に溶(と)けちまう珍(めずら)しい病気でな。問題の患者(かんじゃ)は後頭部(こうとうぶ)が溶けかけてる。手や足ならともかく、頭となると手遅(ておく)れになるのが速い。今すぐ処置(しょち)しねぇと、脳がやられてオジャンだ」


シエリアは以前(いぜん)にその病気について調べたことがあった。


薬類(くすりるい)も扱う店なので、そこも守備範囲(しゅびはんい)だ。


「たしか、同じ血液型(けつえきがた)かつ、水解病(すいかいびょう)の抗体(こうたい)を持つ血液(けつえき)を輸血(ゆけつ)する。確率がかなり低いのでは? ただの献血(けんけつ)では集まらないと思うんですけど……」


するとバッカスは雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)を怒鳴(どな)りつけてきた。


「馬鹿野郎(ばかやろう)! 不可能(ふかのう)を可能(かのう)にする。だからボンモールのに頼んでるんだろうが!! 俺は市街地(しがいち)で献血(けんけつ)の呼びかけを始める。なんとかしてくれ。頼むぞ!!」


この依頼(いらい)は困難(こんなん)を極(きわ)める。


かなりの大人数(おおにんずう)を集めないと輸血(ゆけつ)に適(てき)した型(かた)は集まらないからだ。


シエリアは思わず両手(りょうて)を組(く)んでボンモールに依頼(いらい)の成功を祈(いの)った。


祖父(そふ)の膝(ひざ)の上でエリキシーゼを食べた思い出が蘇(よみがえ)ってくる。


懐(なつ)かしさで思わずホロリと涙(なみだ)がこぼれた。


一方、街中(まちなか)で献血(けんけつ)を始めたバッカスだったが、案(あん)の定(じょう)、苦戦(くせん)していた。


献血(けんけつ)に来てくれる人は少なくはないのだが、常識(じょうしき)の範囲内(はんいない)に留(とど)まった。


焦(あせ)りからか荒(あら)っぽい医者(いしゃ)は机(つくえ)をぶち折(お)りそうな勢(いきお)いで叩(たた)いた。


そんな時だった。シエリアが袋(ふくろ)を担(かつ)いで走ってきたのである。


バッカスの顔色は明るくなった。


「おう!! ボンモールの!! なんとかなりそうか!?」


彼は少女の持ってきた袋(ふくろ)の中を覗(のぞ)いた。


中には大量(たいりょう)のエリキシーゼが詰(つ)まっていた。


「アイスなんてどうすんだ馬鹿野郎(ばかやろ)ォ!!」


乱暴(らんぼう)な医者は腕(うで)を振(ふ)り上げてシエリアの脳天(のうてん)に拳骨(げんこつ)を喰(く)らわした。


思わず雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)はカン高(たか)い声をあげた。


「ぎゃぴっ!! いったぁ!! なにするんですか!! もう!!」


ぷぅっとタンコブが出来(でき)て少女は涙目(なみだめ)になった。


「あててて……配(くば)るんですよ。献血(けんけつ)してくれた人に。お礼(れい)でコレをあげるんです。献血(けんけつ)のお返(かえ)しにしてはとてもリッチ!! きっとみんな集まってくれますよ!!」


バッカスはイライラしていたが、それを聞くと小難(こむずか)しい顔になった。


「……いけるかもしれんな。よし、献血(けんけつ)を再開するぞ!!」


看護師(かんごし)が2人、応援(おうえん)に駆(か)けつけた。


シエリアが店や家の中から持ち出してきたエリキシーゼはおよそ40。


人が大挙(たいきょ)した場合はこれでは足りない。


セポールにはエリキシーゼの工場(こうじょう)がある。


そこで注文(ちゅうもん)をかけて、献血会場(けんけつかいじょう)まで配達(はいたつ)してくれるよう頼(たの)んだ。


お得意様(とくいさま)であるシエリアということで事(こと)はスムーズに運び、すぐに150個ほどのエリキシーゼが集まった。


最初、参加者(さんかしゃ)はちらほらだった。


だが、「献血(けんけつ)するだけで高級氷菓(こうきゅうひょうか)が食べられる」というウワサが広がると、住民が列を作り始めた。


バッカスと看護師(かんごし)2名は忙しさのあまり、目が回(まわ)るほどになった。


だが、その甲斐(かい)もあって、肝心(かんじん)の抗体(こうたい)を持つ血液(けつえき)の必要量(ひつようりょう)が確保(かくほ)できた。


「よしッ!! これなら!!」


荒(あら)い医者は便所(べんじょ)サンダルを鳴(な)らしながら病院へ戻っていった。


こうして、無事に患者(かんじゃ)は助かり、水に溶(と)けた部分も、綺麗(きれい)に元に戻ったという。


後日(ごじつ)、バッカスが店にやってきた。


すると彼はエリキシーゼを取り出してきた。


「うわぁ!! スルメイカ・フレーバーじゃないですかぁ!! 珍(めずら)しいんですよコレ!!」


目を輝(かが)かせるシエリアにバッカスは声をかけた。


「ボンモールが嘆(なげ)いてるなんて言っちまってすまなかったな。前言撤回(ぜんげんてっかい)だ。緊急時(きんきゅうじ)なのに妙(みょう)な事を思いつきやがるのはアイツ似(に)だよ……。ヤツもあの世で満足してるだろうよ」


それを聞いてシエリアはにっこりと笑った。


「あとな、この間の献血(けんけつ)ですげぇ量の血液(けつえき)のストックが出来(でき)たっつうんで、なんでも国の保健省(ほけんしょう)が俺らを表彰(ひょうしょう)してくれんだと。おまえさん出るのか?」


雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)は首を左右(さゆう)に振った。


仕事を円滑(えんかつ)に進めるためにも、不用意(ふようい)に目立たないというのはトラブル・プレイカーの原則(げんそく)だ。


「そうか。俺もだ。そんなご立派(りっぱ)なもんじゃねぇしな。なぁ″シエリア″よぉ」


2人は達成感(たっせいかん)を共有(きょうゆう)しながら店先(みせさき)で談笑(だんしょう)していた。


だが、それをうち破(やぶ)るようにして女性が駆(か)け寄(よ)ってきた。


何を思ったのか、彼女は拳(こぶし)を握(にぎ)ったままバッカスの顔面(がんめん)をグーパンで殴(なぐ)りつけた。


「ふうっぐ!!」


激しく転(ころ)げた医者の前で彼女は仁王立(におうだ)ちした。


「か、かあちゃん、カンベンしてくれ!!」


状況(じょうきょう)を見るにその女性は、医者の奥(おく)さんらしかった。


「聞いたかんね。こんなお嬢(じょう)さんにまで拳骨(げんこつ)してたってェ!?」


医者の奥さんは更に往復(おうふく)ビンタで追撃(ついげき)し始めた。


血(ち)の気(け)が多いのは夫婦揃(ふうふそろ)ってらしい。


「シ、シエリア……。今回の件、本当にありがとうな……」


こうしてバッカスはどこへともなく引きずられていってしまった。


あの調子では大惨事(だいさんじ)は免(まぬか)れないだろう……。




今回は人命(じんめい)に関わる依頼(いらい)だったのでヒヤヒヤしました。


でも、ボンモールおじいちゃんが助けてくれたんだって、今になって思います。


さーて、祝杯(しゅくはい)のエリキシーゼを……。


あ″!! 家にある分は全部、持ち出しちゃたんだった……。


と、いうことは……あわわ、コレクションのレアなやつまで配(くば)っちゃいました!!


「ふっぐう!!」


こうして気絶した私はバッカス先生のところへ担(かつ)ぎ込まれたのでした。


……というお話でした。


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