懐中時計のメモリー
今日は雑貨店の仕事がぼちぼち忙しかった。
一息ついてシエリアが休憩している時、いかにもジェントルマンといった老人が現れた。
颯爽とスーツを着て気品に溢れた人物だ。
「こんにちは。シエリアの店です」
そう少女が名乗ると老紳士は怪訝な顔をした。
「こんにちは。私はゼニスと言う者でね。ところで……ここは"ボンモール雑貨店"ではないのかね? お嬢さんは店番かな?」
すぐに彼が祖父の代の客だとわかった。
そのため、店主は名乗り直した。
「あ、はい。ここの正式名称はボンモール雑貨店です。でも、それは先代の名前でして。今は孫である私が引き継いでいます」
ジェントルマンは目をまんまるにした。
そして直後に声をあげてわらった。
「はぁっはっは!!!! あのボンモールが孫だって? そんなこともあるもんなんだな!! で、アイツは今、どこに? 話でもしようかと思ってね」
どうやら祖父の旧友のようだが、ボンモールはもうこの世にはいない。
孫娘の表情が曇った。
その様子を察して来客は首を横に振った。
「そうか……アイツは宝を残して逝ったか……。だが幸せなヤツだよ。立派な跡継ぎがいるんだからね」
しみじみとするゼニスを見て、少女は尋ねた。
「おじいちゃんに会いに来たということは、なにか他の御用もおありですか?」
老紳士はうなづくと懐に手を入れた。
「そうさ。ボンモールのヤツにこれを直してほしかったんだ」
取り出した手には銀色の懐中時計が握られていた。
「むか〜し、私が海外に旅立つ前のこと。『お前は寝坊するからそれでも持っていけ』とヤツに餞別としてもらったものでね。これに何度も助けられたもんだよ」
ジェントルマンは時計を磨きながら語った。
「ところがだいぶ前に壊れてしまってね。今はピクリとも針がとも動かない。貿易商として成功した私は忙殺されて、ここに来ることが出来なかったんだよ。今は隠居生活でね。やっと直しにこれたというわけさ」
雑貨店に来られたというのにゼニスは困り顔だった。
「それが、せめて機能だけはと思ってあちこちの時計屋に依頼をしたんだが、どこも造りが複雑すぎて直せないというんだ。ボンモールなら直せると思ったんだが……」
彼はシエリアを侮っていたわけではない。
しかし、祖父の傑作を任せるには荷が重いと思った。
孫娘はそんなゼニスに声をかけた。
「どれどれ……見せてみてください」
時計修理は結構やってきているので、彼女はある程度の自信があった。
蓋を開けて、小さいレンズで機構を確認する。
旧友は時計を直すその姿にボンモールを見た。
美しい碧眼がきらりと光る。
(良い目をしている。これならあるいは……)
しかし、少女が見たそれは今までの時計とは別次元だった。
(う〜ん、やばい。滅茶苦茶に複雑だよ。なんでおじいちゃんこんな組み方したんだろう……)
シエリアはじっとりと嫌な汗をかいた。
(でも、でも、ゼニスさんのためにも、おじいちゃんのためにもこれはなんとしても直さなきゃいけないッ!!)
シエリアに直されるべくしてやってきた。
なんらかの縁を感じずにはいられない。
「……やります。やらせてください。おじいちゃんに変わって、必ず直してみせます。少しお時間をください」
跡継ぎの瞳は熱く燃えていた。
ゼニスは近場の宿に泊まる事を告げると修理を任せていった。
彼の姿が消えると当時にシエリアは頭を抱えた。
「うわ〜〜!! どうしよ〜〜!! また受けちゃったよ!! こんな入り組んで、ぐちゃぐちゃな時計、直せるわけないよぉ!!」
格好つけたのはいいものの、今度こそ本当に失敗しそうである。
とりあえず、懐中時計の部品をボンモールの遺品の棚から引っ張り出してきた。
彼らしく几帳面にパーツごとに分けられている。
部品が古すぎて調達するのが難しいという事態は回避できた。
細かい作業なので、昼間に店先でやるわけもいかない。
シエリアは作業机に夜な夜な向かった。
パーツのスペアがあったのは幸いだが、どこが悪いのかがさっぱりわからない。
そのため一通りバラしたあと、また元に組み直すを繰り返し、原因を炙り出すしかなかった。
小さい部品は小指のツメより小さい。
くしゃみでもしようものなら大変なことになる。
分解まではなんとかなるが、それを再び組み直すのは困難を極めた。
ちゃんとメモしているものの、やはり組むのとバラすのでは全く加減が違ったのだ。
中途半端にしか復元できなくなり、絶望する事もあった。
そんな生活が何日も続いた。
だが、シエリアは挫けなかった。
かといって張り詰めてばかりいたら気が狂いそうになる。
そのため、彼女はしっかりオヤツ休憩をする事に決めた。
「じゃーん!! 今日は"エリキシーゼ"と芋星人のコラボ商品!! 上質のポテトチップスをアイスでコーティング!! あまあまサクサクがたまんないねぇ〜!!」
気づくとシエリアは時計の分解、組み立てが素早くできるようになっていた。
どのパーツがどんな役割をしているかが手に取るようにわかる。
今ならやれる。そう思った少女は全解体すると1から懐中時計を組み始めた。
しばらくするとピタリと手を止めた。
「ここだね。動力に関するポイントは……」
ルーペで問題の箇所を拡大すると、極小なギアの歯が欠けていた。
流れるような所作で予備パーツをはめ込むと、懐中時計は再び時を刻み始めた。
「やった……。やったよおじいちゃん!!」
無事に直った時計をゼニスに渡すと、彼は驚いていた。
「お嬢さんには失礼だが、正直、直せるとは思っていなかったんだ。でも君の手さばきはまるでアイツを見ているようで……。なぁ、ボンモールよォ……」
思わず老紳士は目頭を押さえた。
そして代金を払うとにこやかに帰っていった。
何日か経って、懐中時計の修理依頼が入った。
カウンターの上に時計が置かれると、シエリアの視線が鋭くなった。
すると彼女は高速で時計を解体し始めた。
そして、30秒とかからないうちに、全ての部位を可能な限り分解してしまった。
普通の修理でここまでバラす必要はない。やりすぎである。
「し、シエリアちゃん⁉」
少女は声をかけられて我に返った。
手元にはパーツの群れが規則正しく整列していた。
「あッ…これは…すすす、すいません!!」
完全に変な手癖がついてしまった。
だが、不幸中の幸いで''解体パフォーマンスが見られる店''として時計修理の依頼が増えたのだった。
……今回は正統派の依頼でしたが、とても難しかったです。
でも、なんとかおじいちゃんとゼニスさんとの友情の品を直すことができました。
長い時を経てもあせない想い出ってすっごく素敵だなぁ……。
ただ、時計を見ると身体が疼いちゃうな…というお話でした。




