ソムリエはチョコの味
セポールには捧酒祭という祭日がある。
自然の恵みに感謝し、皆で杯を重ねて次期の豊作を祈るというものだ。
郊外にあるエリオスの丘が会場の大衆的なイベントだ。
この日は多くの市民が酒飲みにいくので休業する店が多い。
祭りの1週間前、シエリアの雑貨店も休みの告知を出していた。
セポールでは飲酒できるのは16歳からなので、17のシエリアは酒が飲める。
彼女は仕事に支障が出ないようにと、普段は全く酒を飲まない。
だが、意外にも酒飲みは好きであるし、アルコール類には強かった。
そんな少女もここぞとばかりに祭りにかこつけて、ジャブジャブ飲むのだ。
ボンモールの嘆きが聞こえるようである。
ともかく、彼女は捧酒祭をとても楽しみにしていた。
そんな昼下がりの事だった。
「やあやあ。シエリアちゃん、元気でやってるかな?」
表通りの酒場のオーナーのフェステが声をかけてきた。
すらっと背が高く、愛嬌のある目元、明るい茶髪におしゃれなヒゲ。
それにバーテンの服がよく似合う色男だ。
本人は謙虚だが、とてもモテているらしい。
シエリアにとっては気さくなお兄さんくらいの認識でしかなかったが。
そんなフェステが両手をパンッと合わせて頭を下げてきた。
「シエリアちゃん!! 頼みがある!! 捧酒祭の利き酒大会に出てほしいんだ!!」
少女は厄介な頼みに身構えた。
正直、祭日くらいはのんびりして骨休めがしたい。
それでもお人好しはとりあえず話を聞くことにした。
「近いうちに表通りに大手の酒場"ヴォンシー"が開店予定なんだ。そいつが厄介でね。オープンしたらカネに物を言わせて、この街の酒屋をすべて傘下に置く気なんだよ!!」
それがなぜ利き酒と結びつくのかと少女は首を傾げた。
「そいつが実力を見せつけるために利き酒に参加するんだよ。それを叩けば地方進出計画は白紙になる!! 頼むよシエリアちゃん!! 俺だけの頼みじゃないんだ!!」
酒場の主は普段とは違う真剣な表情を見せた。
「ハンパもんの俺達じゃ無理なんだ。悔しいが、ヴォンシーの舌にはかなわない。だからこそ頼みに来たんだ。キミがウワサの雑貨屋じゃないのか?」
そうやって聞かれてしまうと断るに断れない。
彼がどこで聞いたのは知らないが、"厄介なお悩み解決します"の店なのだから。
今回はやや害悪があるようにも思えるが、街の酒場
の存続を考えると致し方ない。
とりあえず、なんであれ受けるのは確定だ。
「わかりました。利き酒大会、できれば優勝します……」
いつもなら勢いよく声をあげるのだが、今回の少女は渋い顔をした。
あまりにも達成の見込みがないからだ。
依頼を受けておいて失敗するのはトラブル・ブレイカーの沽券に関わる。
なんとか勝てる手段はないかとシエリアが考えていた時だった。
「へへっ。シエリアちゃんよ。流石に俺らも丸腰でキミを送り出すわけじゃない。秘密兵器があるんだぜ……」
彼はトランクケースを取り出すと蓋を開けた。
実際は地味な色合いだったが、シエリアにはその中身が黄金色に輝いて見えた。
「こっ……これは!! クランドール20(トゥエンティ)のリカー・ボンボン!!」
この国の酒風味を閉じ込めた、ひとくちチョコレートのセットである。
思わずヨダレを垂らす少女を見て酒屋は手応えを感じた。
「おー!! 一目でこれの名前を当ててくるとはさっすがー!! 酒場連中で有り金はたいて買った高級品だ。三度の飯より酒とお菓子が大好きなシエリアちゃんならこれで自然と利き酒の特訓ができるってわけよ!!」
お菓子に釣られた感は否めなかったが、たしかにこれならばチャンスはある。
「へへ……頼むぜトラブル・ブレイカーさんよ……」
少女に勝機を見出したフェステは帰っていった。
その夜、自室に戻ったシエリアはトランクを開けた。
そこには20種類の酒風味のチョコが揃っていた。
それぞれ何個か入っており、数には余裕があった。
利き酒といっても完全に銘柄がわからないわけではなく、12種の酒が指定されている。
つまり、このセットの中の12種を当てられるようになればいいのである。
「う〜ん、こっちがドラゴン・ボーン、こっちかわ・ピクシーズ・ウィスパー?」
少女は交互に違うチョコを食べた。
しばらく黙ってから彼女は頭を抱えた。
「あぁぁ〜〜!!!! 全然わかんない!! またやっちゃったよぉ〜〜!!」
後先、考えずに後悔するのはいつもの事だった。
「こういう時はチョコを食べて休憩しよう!! ………ああぁ!! なんの味だかわかんないよ〜〜!! こういう時はチョコを……あああ!!……」
そして捧酒祭の日が来た。
フェステがシエリアの様子を見に行くとその様子に驚いた。
「あっ、おはようございます。フェステさん」
彼女の目の下には大きなクマが出来ていた。
心なしか瞳の色がいつもの青さに欠ける。
アルコールを多量に摂取した割には影響がほとんど見られない。
彼女は本当にアルコールに強かったのである。
「えへへ……フェスタさん。チョコ、美味しかったですよ……たぶん、今日はいけると思います……」
彼女はチョコを食べる、風味、忘れる、チョコを食べる、風味、忘れる……。
というサイクルをひたすら繰り返すことによって、頭と身体、そして舌に情報を刻み込んでいたのだ。
荒行だったが、その分はパフォーマンスが上がっていた。
向かうところ敵なしで予選を勝ち抜いていき、あっという間に決勝に進出していった。
対戦相手は問題の"ヴォンシー"の経営者だった。
「お嬢さんはよく頑張りました。ですが、私のメンツにかけてもここで負けるわけにはいきません」
街の人からはブーイングが起こった。
すると審判がを静粛を促した。
「ヴォンシーさん対シエリアさんの決勝です。先に間違えたほうが負けです」
ワイングラスで酒を飲み、口ですすいで次の酒を当てていく。
舌を転がして酒と空気を混ぜ、テイスティングを繰り返していった。
シエリアの舌は絶妙な味の違いをとらえた。
チョコの中に圧縮された香り風味は実物に近かったのだ。
2人の激闘は9問目まで続いた。
先にヴォンシーが答えた。
「ケルベロス・ウィング!!」
次いでシエリアが答えた。
「クリーン・ダイナソー!!」
答えが割れた。どちらかが間違えていれば決着が付く。
ギャラリーいっぱいの会場は静まり返った。
そして審判はハタを振った。
「勝負あり!! 勝者は……シエリアさんです!!」
歓喜した市民達が押し寄せて彼女を胴上げし始めた。
「あはは!! やめてください!! きゃっ!! そこは、ちょっとぉ!!」
……あれからゆっくり休んで元気になりました。
でも、体重計に乗ったら3kgも増えていました。
酒屋さんをピンチから助けたけど、私の体重は大ピンチです……というお話でした。




