おいしいシチューが出来ました!!
クランドール王国で3番目に規模の大きい街、セポール。
その街の繁華街の路地裏……密かにウワサとなっている雑貨屋があった。
正式名称はボンモール雑貨店。
それは創業者の名前であって、普段の呼び名は今の主の名を取って"シエリアの店"と言った。
雑貨店を切り盛りしているのは1人の少女だ。
店名にあるように彼女の名はシエリア。
髪の長さはミディアムで、色は淡いピンクをしていた。
ウェーブがかったくせっ毛が特徴的だ。
本人としては毛先のハネがコンプレックスらしい。
まんまるの碧眼に、小さな鼻、化粧もしないあどけない唇。
そして透き通るような白い肌。
背丈はちいさく、およそ152cmで体重秘密。
まるで小動物のような愛くるしい姿だった。
とても幼く見えるが一応、17歳だ。
そんな雑貨屋は、別の顔としても定評があった。
請け負う仕事が幅広いなんでも屋――――。
裏では''トラブル・ブレイカー''などと呼ばれている。
夕暮れ時が近づいて、路地裏は夜の帳が下りようとしていた。
「う~ん。今日はもう終わりかな。閉店も近いし……」
シエリアが高めのカウンターに顎をついて寄りかかっていると、どこからか声がした。
「……ケテ……タス……」
何か聞こえる。シエリアは耳をそばだてた。
「ケテ……ケチャウヨぉ……」
たしかに声がする。だが、店先には誰もいない。
もしやと思い、店主がカウンターから乗り出して覗き込むと、そこには溶けかけた雪だるまが居た。
「わぁ!! す、スノーマンさんじゃないですか!!な、なんでこんなに暖かい場所に!?」
雪の塊のような姿をしたこの精霊はスノーマン。
なんでも3度の春を乗り越えた者だけが化けて出るらしい。
本来、彼らは寒い地域に存在する。
それが迷子にでもなったのか、気温の高い市街地にやってきてしまったのだ。
雪山の精霊は既に下半身がすっかり溶けてしまっていた。
事態は急を要する。もたもたしているとただの水になってしまうからだ。
店主はあたふたしたが、すぐに手際よく対処しはじめた。
「ええと、タライを用意して……アイシクル・ジェムはっと……あ、これじゃ店中氷漬けになっちゃうからだめだ!!」
この小さな宝石は氷山で手に入るレアな宝石で、割ると一面を氷漬けにしてしまう。
「それなら雪泣き草にホワイト・リカーをかけて……フランベ!!」
雪泣き草は積雪の下に咲くが、シクシクと泣くので場所がわかる。
この草の涙の脂はアルコールとよく反応する。
特に白酒をかけると氷点下の炎が生まれる。
鮮やかな手つきで彼女が素材を混ぜ、白酒をかけてフランベすると青い炎があがった、
炎からは冷気が放たれ、凍えるような冷風が生まれた。
正確な知識と技術がなければこう上手くはいかないが。
「うわっ!! ずいぶん溶けちゃってる。さ、このタライに!! 大丈夫、この炎はヒヤヒヤしてるから!!」
そう言いながら店主は子供くらいの丈のスノーマンに肩を貸した。
タライの中で炙られた雪だるまは、安堵したようだ。
どうやら融解の苦痛からは解放されたらしい。
「ホッ。よかったぁ。とりあえず溶けるのは止まったみたいだし、ひと安心かな。でも、下半身を元に戻すのはちょっと骨が折れるなぁ」
そう呟きながら少女は背中越しに分厚い雑貨のカタログを取り出した。
小さいレンズを目に当てると細かい文字と格闘し始める。
「う~ん、こういう場合のベストなチョイスは……これかな? いや、こっち? それとも 」
彼女は見かけによらず、アイテムに関しての深い知識を蓄えていた。
最善と思われるアイテムを調べ、店の在庫から持ち出して、使ったり組み合わせたりする。
情報が頭に入っていないと、とても真似できない芸当だ。
彼女は時に診察して投薬する医師のようなことをやってのけることもある。
裏っぽいため、非合法のモグりを疑われそうだった。
だが、この店は街から薬品使用の許可証をもらっていたので、その点は問題なかった。
シェリアは2冊目に移って分厚い本をペラペラと高速でめくった。
凄まじい速さで彼女の目は文字を追っている。
「ふぅ、やっぱ大変。薬草は瞬発力に欠けるし、かといってサジェの氷瓶はご近所さんが凍えちゃうし……。うーん、そうだなそうだなぁ……」
少女は頭を抱えてしまった。
「うーん、参った。これは難しいケースだよ。煮詰まっちゃったな…。こういう時は、''エリキシーゼ''を食べよう!!」
彼女は素材を保存しておくクーラーからカップに入ったアイスクリームを取り出した。
エリキシーゼという高級ブランドの氷菓である。
「とりあえず山は越えたし、休憩休憩っと! いただきまーす!!」
なんとも間の抜けた息抜きだが、このマイペースさは彼女の強みでもあった。
小さなスプーンに紫色のシャーベットを掬って食べる。
フローズン・ヴァイオレット味だ。
次の瞬間、シェリアに衝撃が走った。
すぐにアイスそっちのけでカタログに食らいついた。
「これだ!! フローズン・ヴァイオレットの風味付けは巨人ブドウ、氷結の触媒はノーブル・コールディの香水!! これでこのアイスは固めてあるはずだよ!! なら、これでどうだろう⁉」
そう言いながら少女は店の奥の棚から例の香水をたくさん引っ張り出してきた。
「さぁ、これをイッキ飲みしてください!! そうすれば元あったように下半身が凍りついて再生するはずです!! ノーブル・コールディは食用にも使われる無害なものですので、安心してください!!」
言葉が通じているか怪しかったが、少女は必死にジェスチャーで伝えた。
雪山の精霊は不安げだったが、藁にもすがる思いで香水をぐびぐびと飲み始めた。
すると5分もかからないうちに丸い下半身が再生していった。
「アリガトウ。カンシャカンシャ」
客はペコリとお辞儀し、鼻のニンジンをカウンターにコトリと置いた。
石で出来た目は笑っているようにも見える。
「いえいえ。お役に立てて幸いです。あ、香水を持っていってください。寒い地域まではそれを飲めばなんとかなると思います。もう迷子にならないでくださいね!!」
雪だるまは香水を背負うと木の腕を降って去っていった。
シエリアは精霊を笑顔で送り出した。
「あ…お、お代は……ニンジンだけ…。ま、まぁ、人助けは出来たし、いいかな……。よ、よーし!! 今晩はこれをシチューの具にしよう!!」
……雪だるまさんはお金は持っていなかっただろうし、今回は仕方なかったかなと思います。
だからお人好しだって言われるのかもしれません。
でも、その夜はほっぺが落ちるくらいおいしいシチューが出来ました……というお話でした。