ん
シエリアの雑貨店は食品も取り扱っている。
その中でもキノコを専門に仕入れてくれるおじいさんが居た。
彼の名前はクリフォ。
普段は渋い帽子に山男風の格好をしている。
白髪が美しく、銀髪のようだった。
シエリアが全幅の信頼を寄せる、キノコのエキスパートである。
親しみと尊敬を込めて、少女は彼の事を''おじい''と呼んだ。
おじいは今日も朝早く、雑貨店にキノコを納品しに来た。
「ん」
クリフォはとても無口だった。
だが、それでも分かる人にはわかる。
「へ〜。そうなんだ。最近は珍しいキノコが増えてるんだね〜」
シエリアは鮮やかな手付きで山の幸を分類した。
キノコの目利きは図鑑と見比べた程度では、絶対にわからない難しい分野でもある。
「ん」
店主は思わずカウンターから身を乗り出した。
「へ〜!! 今度の国王様がくるんだね。歓迎会があるの? マルンモルンホテルでやるんだね。え!? おじい、そこにキノコの納品を依頼されてるの? すごい!! 名誉なことだよ!!」
「ん」
クリフォはにっこりと笑った。
数日後、国王歓迎会の開催日が来た。
おじいはシエリアの店にキノコを届けてから、来賓用のキノコをホテルに納品すると言っていた。
しかし、時間が来てもおじいがこない。少女は嫌な予感がした。
そうこうしていると朝もやの中から人影が現れた。
おじいである。だが、様子がおかしい。
彼はふらふらしながら雑貨店のカウンターによりかかった。
「ん」
顔が真っ赤で明らかに体調不良だ。
「おじい!! どうしたの、酷い熱じゃない!! 無理しないで!! 今、救急士さんを呼ぶから!!」
シエリアが老人に肩を貸そうとしたが、彼は立ち上がり始めた。
「ん」
少女は眉をハの字にした。
「ダメだよ‼ そんな身体でキノコを採りに行くなんて!! いくらサミットが大事でも、おじいの命の代わりはないんだよ!!」
そう言いながら、シエリアはアンビュラ花火を持ち出してきた。
これは火をつけると高音を出しながら空高く飛ぶ。
救命士を呼んだり、遭難時のSOSに使ったりもする。
「ピーーーーエーーーーーンッ!!‼」
音と煙が急病人の位置を知らせた。
雑貨店は表通りに近かったので、すぐにタンカの救命士がやってきた。
シエリアは心配げにおじいの様子を見ていた。
すると、彼は震える手でメモを手渡してきた。
「ん」
店主はそれに目を通した。
''納品予定のキノコの数と種類''
「ん」
おじいは目で訴えかけてきた。
「サミット用のキノコを採ってきて欲しい!? 私に⁉」
老人は静かに頷いた。
キノコを届けられないことの無念さがひしひしと伝わってくる。
同時にシエリアなら出来ると勇気づけているようだった。
「…わかったよ、おじい。私がマルンモルンホテルにキノコを納品するよ‼ だから、ゆっくり休んで‼」
すると高熱の病人は満足げに微笑んだ。
すぐにおじいは病院へ搬送された。
「よし。おじいの山に行こう‼」
クリフォは自分の山を持っていた。
シエリアも時々、つれてきてもらったことがある。
だが、採取スポットにやってきた少女は絶望した。
見たこともないキノコがワラワラと生えていたのである。
おじいは「最近、珍しいキノコが増えた」と言っていた。
そのせいで、鑑定が非常に難しくなっていたのである。
しかも納品メモを見るに、かなりの数を採取する必要があった。
毒ありと毒なしで恐ろしく外見が似ているものがある。
歩くトリュフに関してはすぐに逃げていって隠れてしまう。
トラブル・ブレイカーは後悔した。
「うわぁぁ〜‼‼ ムリだよ〜‼ どれも同じキノコだよ〜!! こんなの目利きできるわけないよ〜!! うっかり毒入りなんて採ったら外交問題に発展しちゃう‼ うわあ〜〜‼」
次の瞬間、シエリアは苔で滑って、尻もちをついた。
そして怪しいキノコを思いっきり踏んづけてしまった。
ピンクの甘いもやもやがあたりに舞う。
少女はそれを思いっきり吸い込んでしまった。
すると、甘さでどんどん神経が研ぎ澄まされていった。
「これは…エリキーゼのマッシュルーム・フレーバー‼」
踏んづけたのは高級氷菓に使われる香料だった。
この香りが彼女の鼻を敏感にした。
「それぞれのキノコから違った臭いがする…」
シエリアは判別できるキノコで調べてみた。
「間違いない。毒があるのは酷いニオイがする。これなら目利きできるかもしれない‼」
そういえばおじいがよく、キノコのニオイを嗅いでいたのを思い出した。
彼女は慎重に食べられそうなものを狩った。
歩くトリュフも残り香を追いかけて捕まえることが出来た。
もちろん、毒見をしなければならない。
おじいの識別法を信じてキノコを少しづつ食べて行く。
恐る恐る食べていったが、毒性のキノコは無かった。
数は多かったが、なんとか集めることが出来た。
シエリアはその足でマルンモルンホテルに収穫物を納品した。
その日の昼食、無事に美味しいキノコ料理が国王の元に届いたのであった。
少女はなんとか依頼を達成して一安心した。
気が抜けると同時に笑いがこぼれた。
「今回もなんとかなったよ…フフッ!! ヒヒッ‼」
なにかがおかしい。思わず首をかしげた。
「あ、あれ? ヒヒヒ……ハハハハ!! ふふふふ!!」
これは笑い茸を取り込んだときの反応だ。
「フフッ!! 毒見をした中には、はーっは!! 笑いの成分はなかったはっはっ!!」
面白いことは何もないのだが、とにかく笑ってしまう。
少女は雑貨店に帰り、疲れを癒やすためにエリキシーゼのアイズを取り出してきた。
その時、シエリアは思い出した。
「ヒヒッフ!! たしか、マッシュルーム・フレーバーは、へへへへ、笑い茸の毒性を抜いた、ふはは、ものだったはず…」
思いっきりお尻で踏んづけたアレである。
店主は頭を抱えた。これでは店番に支障がでかねない。
数日後、退院したおじいが雑貨店にやってきた。
すると彼は驚愕した。
シエリアがニタニタとおかしい笑い方をしているからだ。
これではお客が異変を感じている違いない。
「へへっ!! あっ!! おじい!! 私、やりましたよ!! あはあは!! でも、笑いが止まらなくて、薬は効かないし。えへへ!!」
なぜだかおじいは手招きした。
「ん」
「へへっ、何ですフフフ!!」
少女が近づくと彼は思い切り彼女のうなじをチョップした。
「ほげぇッ!!」
それは専門家のみが知る解毒法だった。
気づくとシエリアの笑いは止まっていた。
それを見たおじいは彼女を指さして笑うのだった。
…なんとか王様の歓迎会のランチにキノコを納入できました。
あれ以来、おじいは穏やかな表情になりました。
とてもプレッシャーを感じていたのだと思います。
それにしてもチョップ痛かったなぁ。
接客業に笑顔は大切ですが、笑いすぎるのも考えものだなぁ…というお話でした。