懸賞だけに……
雑貨屋に昼休みが来た。
それと同時に店主を呼ぶ声がした。
「おいす〜〜。ナンデモ屋にゃんだろ? 話をきいておくれにゃん。俺はナルセっちゅうモンだにゃ」
随分と変わった言葉遣いだ。
やってきたのは小柄な女性だった。
パーカーを寝間着のように着ていて、酷くラフな出で立ちである。
あまり手入れされてないようなボサボサの黒髪だ。
顔は幼く、可愛らしかった。
「お嬢ちゃん、用事はなにかな〜?」
屈んでシエリアが話しかけると、依頼主は不機嫌そうになった。
「コレ。多分、私はおみゃ〜よりかなり歳上にゃんぞ。見た目で人を判断するなっておばあちゃんに教わらなかったにゃ?」
すぐに雑貨屋はペコリペコリと頭を下げた。
「す、すいません!!」
ナルセは気にするなとばかりに、ひらひらと手を振った。
今度はどんな依頼が来るか。いつもこの瞬間はドキドキしてくる。
「頼みたいことは…懸賞の手伝いにゃ」
一応、シエリアは確認をとった。
「えっと…懸賞ってハガキとかを出して、抽選で景品が届くアレですよね?」
それを聞いて年上の女性は頷いた。
「狙うは世界周遊旅行チケットにゃ!! 俺、むかしっから行ってみたくてにゃ。でも全然あたらにゃい。やっぱり助けがいるんにゃ」
話からするに大量のハガキを書く必要がありそうだ。
だが、まだ何かあるようでパーカーの女性は付け加えた。
「それがにゃ、旅行のスポンサーがメロ・メロンパンのブランドでにゃ。パンのシールを分けるとハガキ5枚分ににゃる。つまり、はがき5枚につき、メロンパンを1つ食べないといかんのにゃ!!」
シエリアの脳裏に一瞬だが''メロンパンの廃棄''という言葉が浮かんだ。
だが、それはタブーであるし倫理的にも問題がある。
この女性は正々堂々と挑む気のようだし。
そんな事を考えているシエリアに懸賞女子は声をかけてきた。
「他にもたのみがあるにゃ。おみゃ〜さんは店をはにゃれるわけにゃいかんと思うにゃ。しかし、ハガキの書き方にはは俺のコーチ、そして2人の連携が必要だにゃ。だから、嫌じゃなければ雑貨屋に泊まり込みさせてほしいにゃ」
突然の頼みに少しためらったが、すぐにシエリアは返事を返した。
「ええ。いいですよ。でも、店の中は狭いので、よければ私の部屋に泊まってください」
それを聞いたナルセは思わず涙した。そして少女の手をギュッと握った。
「し、仕事とは言え、初対面のどこの馬の骨かしらにゃい奴を部屋に泊める。あったかいヤツだにゃあ!!」
こうしてシエリアは依頼主を部屋に案内した。
ドアを開けるとナルセは目を見開いた。
部屋は割と広く、全体的にピンク色の率が高い。
そしてベッドには数体のぬいぐるみがおかれていた。
思ったよりファンシーな乙女部屋の香りを嗅いで、来客はにんまりとした。
慌てて片付けまくったとは口が裂けても言えない。
「なっ、な、何か変なところでもありますか⁉」
「にゃいよ」
他愛のないやり取りも程々に、懸賞ガールがいくつかコツを教えてくれた。
「まず、ペンネームや偽名は使わないこと。そんにゃ小癪なマネをしてもしょうがにゃいにゃ」
次にナルセは蛍光ペンをハガキのフチに塗った。
「これならハガキをまとめていても、外から目立ちやすいテクにゃ。これはボディーブローのように地味に効いてくるにゃ」
今度はハガキの書き方について指導が続く。
「カラフルなペンで飾りたいところにゃが、原則として黒で締めるところは黒で''落とす''にゃ。当たり前にゃが、読みにくい色は絶対NGにゃ」
そう言いながら彼女は黒とカラーのメリハリをつけた。
「裏面の外枠とかは飾り気があってもいいにゃ。ただ、数を書かねばならにゃいのには注意にゃ」
残り期間はあと5日後。
シエリアは役立ちそうな道具を漁った。
「これ、ロック鳥の羽ペンです。筆記が早くなります。あとはタコスミのインク。念じるとフォントを変えることができます」
それを渡された大人子どもはとても驚いていた。
「さすが雑貨屋さんだにゃ。便利なものがあるんにゃにゃあ。うーし、これにゃらイケるにゃ!!」
シエリアは気合を入れるためにボニーテールを結った。
だが、ハガキ作りは思ったより厳しいものだった。そして、悔いた。
(ああぁぁ!! 全然進まないよ〜!! 腕は痛いし、頭はボーッとするし、ムリだよぉ〜!! 甘いもの食べすぎてでお腹がいっぱ……あれこれはまんざらでもないや…)
高級メロンパンがシエリアの疲労を和らげ、モチベーションとポテンシャルを引き出したのだ。
しかし、あっという間に締め切りが迫った。
既に2人はメロンパンで胃が破裂しそうだった。
(右腕をだいぶ酷使したなぁ。なんだか腱鞘炎になりそうかも…)
依頼人はすぐに気づいてシエリアを気遣った。
「よくやってくれたにゃ。さあ、腕を痛めないうちに切り上げようにゃ。おみゃ〜のおかげでだいぶ捗ったしにゃ」
ここで終れるかとシエリアは粘った。
「もう少し…もう少し頑張ります」
そしてハガキの受付は終わった。
出版社では審査員達が届いた手紙を読んでいた。
「うわ〜。ナルセさん300枚超えてるよ。これメロンパンどうしたんだろうなぁ」
「う〜ん。常連さんでクオリティは高い。今回はフォントまで変えるこだわりっぷりだ」
彼らは別のハガキを手にした。
「おっ。こっちは見たことない人だね。シエリアさん? 熱意は良しだね」
「荒削りだけど、パトスはあるね。お…?」
審査員達がざわめいた。
「なんだこの下手くそな文字。どんどん下手になってってるじゃないか!!」
すぐに彼らは気づいた。
「そうか!! 利き手じゃない方で書き続けたんだ!! なんたるガッツ!!」
''世界周遊ツアープレゼントはシエリアさんに決定!!''
発表を見て思わず2人は抱き合って喜んだ。
セポールは海に面していないので、ナルセは鉄道で南の港まで行く予定を立てていた。
おめかしした彼女は見違えるほど美人だった。
「本当にいいのかにゃ? 当てたのはおみゃ〜なのに、俺だけ…」
それを聞いてシエリアはにっこりと笑った。
「なに言ってるんですか。夢を叶えるのもトラブル・ブレイカーの仕事ですよ!!」
それを聞くと懸賞女子は涙を拭った。
「なんだにゃカッコつけちゃって!! あ、そういえば副賞があるんだにゃ。世界旅行にはかなわないが、いいもんだにゃ。じゃ〜な〜!! 帰ってきたら土産話してやるからにゃ〜〜!!」
こうしてナルセは旅立っていった。
翌日の朝、宅配便で何かが運ばれてきた。
シエリアは店先に置かれた木箱の中身を覗いた。
''メロ・メロンパン1年分''
シエリアは思わず真っ青になって後ずさるのだった。
…腕はちょっと痛かったけれど、無事にナルセさんを送り出すことが出来ました。
結局、届いたメロンパンは雑貨屋で無料配布しました。
最初からこうすればよかったのかもしれません。
懸賞だけに腱鞘炎…いや、なんでもないです…というお話でした。