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9. メイドのタリ


 そう言いながら入ってきたのは、一人のメイドだった。

 赤毛をマーガレットに纏め、モノトーンの制服をきっちりと着こなしている。

 丸顔で垂れ目なので、少し幼い印象を受けるが、しなやかな体躯はまるで水の妖精のようだった。悪戯っぽい眼差しでこちらを見てくるところなんか、特に。


「そちらの方がミルカ嬢、ですね? ワオ、確かに流罪人にしておくにはもったいない程の美人です」

「ど、どうも……?」

「私はタリ。ヴォルテール様付きのメイドで、あなたのお世話をさせて頂きます」

「あの、でも私、流罪人ですが……」

「うははは、確かに破格の扱いですね!」


 タリさんは愉快そうに笑った。張り詰めた部屋の空気が一気にしぼんで、何だか脱力してしまう。

 その空気をもたらしたタリは、涼しい顔でブランカの方に目をやった。


「なるほど、これがプラチナドラゴン。さすがに綺麗ですねえ! で、王族ゆかりの物凄いドラゴンが、わざわざ追いかけてくる程の人間がミルカ嬢、というわけですか」


 猫のようなとび色の目を細め、タリさんは私の顔を覗き込む。


「美人だしドラゴンにもてるし、ドラゴンの扱いにも長けてるし。ちょっとこれは本気でヴォルテール様との婚約を推したいんですが! ケネスから聞いたんですけど、皇子に婚約破棄されたんなら、うちのヴォルテール様なんかどうです?」

「えっ?」

「どうです? むすっとしてますけどイケメンだし男気はあるし、アルファドラゴンに乗ってるし、将来性はあると思うんですよね!」

「滅相もないです! 私なんて、誰も相手にされなかった外れくじですし、お見合いも色んな人に断られましたし、とてもそんな……」


 過分な評価、というかこれはむしろ、ヴォルテール様を不快にさせるのではないだろうか?


 恐る恐る顔色を窺ってみると、ヴォルテール様はけろりとしていて、先程ブランカを睨み付けた時の形相は影も形もない。タリさんの言葉に気分を害している様子もなさそうだ。

 彼はふと何かに気づいたような顔になって、


「皇子と婚約していたと言っていたな? それで見合いをしていたというのは、妙ではないか?」

「ああ……。婚約といっても、それはアールトネン家にドラゴンの飼育を全て押し付ける為の口実に過ぎません。いずれ王族に輿入れする身なのだからと、私たちは持ち出しでドラゴンの世話をさせられていました」


 そして父が死んだ途端、皇子は言ったのだ。


『お前のような醜い女を娶るつもりはない。これはあくまで、お前が独り立ちするまでの守護なのだ。女が一人でいるのは危険だからな。早く他の婚約者を見つけて、私を楽にしてくれ』と。


「要するに、私はドラゴンを育てるための金づるだったわけです。家財道具は壁紙まで売り払って、どうにか餌代を捻出していましたが、お金がなくなったことが分かったのでしょう。婚約破棄して蜥蜴の尻尾切りをされたわけですね」

「それは酷い」

「ほんとですね! いつもカツカツな北方辺境だって、そんな不義理なことしないですよ!」


 タリさんはぷんぷん怒っている。

 怒ってくれる人がいるから、私は笑いながら、自分の昔話ができる。


「早く別の婚約者を見つけろと言われたので、一応お見合いも何度か組んでみたのですが……。私には魅力がなかったようで」


 再び脳裏を過ぎる、男たちの言葉。

『金のことばかり考えている』『女らしい愛情がない』『その金髪以外に女として評価できるところがない』

『忌まわしい傷を持つ女など、誰が婚約者にすると思う?』


「……ッ」


 思い出すだけでも、唇が震えるほどの自己嫌悪に苛まれる。

 彼らの言葉は正しいのだ。私の体にはおぞましい傷があり、こんな女と結婚なんて、誰もしたいと思わない。


「そんなことはないと思うが」

「えっ?」

「表向きは皇子の婚約者になっている令嬢との見合いなど、まっとうな男は怖くて手が出せん。必然的にあなたの周りには、まっとうでない男たちしか集まらない。そんな連中の言葉など真に受ける必要はない」

「ですよねー。っていうか皇子、酷すぎません? やってることがほとんどヴァイキングですよ」

「お為ごかしを言わない分、ヴァイキングどもの方が紳士だな」


 苦笑するヴォルテールさんは、私に向かって言う。


「タリのせいで話が脱線した。ミルカ嬢、これからの話を少ししても良いだろうか?」


 私が頷くと、タリさんはお茶を淹れるために張り切って部屋を出て行った。


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