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8. 私室


 通されたのは、塔から程近い城の奥にある、こぢんまりとした個室だった。


 赤いベルベット張りのソファ、堅牢なデスク、大量に書物の詰まった書架と、ドラゴン関連道具が無造作に押し込まれた棚。

 特筆すべきは、大きな暖炉の前に、大理石でできた石が敷かれているところだろう。

 一目でドラゴンのための場所だと分かる。彼らは乾燥して温もった石を何よりも好むからだ。


「ここは私の私室だが、遠慮なく使ってくれ。その代わり私もここにいさせてもらうぞ」

「もちろんです。ヴォルテール様のお部屋ですもの」


 ヴォルテール様は、大理石の上にブランカを横たえるのを助けてくれたのみならず、ガラス戸のついた薬品箱まで貸してくれた。

 ぐったりとしたブランカの体に触れながら、怪我がないかどうか見てゆく。


「大きな外傷はなし、筋肉が熱を持っていますから大分疲れているようですね。顔周りの鱗は変色していますが、これも疲労からくるものと思われます」

「ああ。プラチナドラゴンの仔を見るのは初めてだが、私も同意見だ。ここの、腕の鱗が何枚か剥がれているのは気になるな」

「……恐らく、槍のようなものでつつかれたのかも知れません。王宮の衛兵かも」


 私を追って逃げ出そうとするブランカを、どうにか押し留めようと、槍を振りかざす衛兵たちの姿が目に浮かぶ。


「私がもう少しきちんと説明できていれば、あなたはこんなことをしなくても良かったかもしれない。あの時、殴られてでもその場に踏みとどまっていれば……」


 呟く私の手に、ブランカが鼻先を押し当てて来た。

 満足げに息を吐く彼を見、たまらない気持ちになりながら、鱗の剥がれた後に消毒液を塗った。包帯は巻かなくても良いだろう。


「あとはゆっくり眠って、ご飯を食べれば回復すると思います」

「大事がなさそうで良かった」

「はい。でも、こんな小さな体で、大人のドラゴンでも大変な距離を飛んできたなんて……。どれほど大変だったでしょう」

「ドラゴンが人間を追ってくるという話はあまり聞かない。このドラゴンの仔は、よほどあなたを好いているようだな」

「……ですが、この子は王室のものです」


 プラチナドラゴンの仔を所有しているということは、正統な王族であることの証でもある。

 それが誰か一個人の、とりわけ北方辺境に追放された女に懐くなんて、あってはならないのだ。


「王族の正統性を示すために、この子はいるのです。だから、帰さないと……」

「ああ。帰さないと王族は、北方辺境にクーデターの気配ありとして、大軍を送り込みかねないな」

「そのくらいのことはすると思います」

「私もあなたと同意見だが、ミルカ嬢。あなたの顔は帰したいと思っている顔ではないぞ」


 咄嗟に頬に手をやるが、自分の顔なんて分かるはずもない。

 だから私はいつものように、取り繕った笑みを浮かべる。


「でも、そうしなければならないのです、ヴォルテール様」

「……まあいい。そのドラゴンの体力が回復したら、あなたを連れて来た男に、ドラゴンの仔を連れて行かせよう」


 するとブランカが首を持ち上げ、抗議するようにきゅうきゅうと鳴いた。警告音だ。

 それを分かっているだろうに、ヴォルテールさんはぎろりとブランカを睨み付ける。

 思わずすくみ上るほどの眼力に、ブランカが警告音を発するのを止め、身を小さくした。


(これがアルファドラゴンに騎乗する、北方辺境の領主……!)


「生まれたての仔ではないのだ。そろそろ道理の分かる頃だろう。ここにお前がいては迷惑なのだ」

「そんな言い方……!」

「ここでは私と私のドラゴン、カイルがルールだ。口を挟まないでもらおう!」


 激しい物言いに身をすくめたその瞬間、扉の外からのんびりした声が聞こえて来た。


「ヴォルテール様、それは怖すぎですって。すぐ自分が悪者になって事を収めようとするの、悪い癖ですよ~」


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