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75話 ドラゴンの帰還

「ブランカ!」


 白く滑らかな体毛、月の光を思わせる銀色の瞳。

 そのブランカが、背後に十六頭のドラゴンたちを引き連れて、こちらに飛んできていた。


「あれは……プラチナドラゴンか!? しかし、私が見た時は、あんな体色ではなかった……!?」


 ハンスの絶叫など耳に入らない様子で、ブランカたちは私の前に降り立つ。

 ブランカは弾丸みたいにすっ飛んできて、私のお腹にぐりぐりと頭をこすりつけた。

 懐かしい仕草に涙が出そうになる。

 また会えた幸せが、ハンスのことを一瞬頭から吹き飛ばしてしまった。


「ブランカ! 元気そうで何よりだわ」

「『ミルカ』『また会えた』!」

「言葉も喋れるの。すごいわ。強くなったのね」


 ブランカの頭を撫でていると、背後からどすんとイスクラの体当たりを食らった。


「『ミルカ』!『私も』『撫でて』!」

「ええ、もちろん、イスクラも強いドラゴンよね」

「『お前が』『イスクラ』『火吹き種』『大した事』『ない』」

「『そう』『お前』『小さい』『プラチナドラゴン』『地味』」


 ドラゴンたちが私を挟んでばちばちと火花を飛ばしあっている。

 うまくなだめなければならないが、今はそれどころじゃない。

 私はブランカが連れてきた王宮のドラゴンたちに駆け寄った。


「翼で飛んできたわけじゃない……。ということは、ブランカが魔法で連れてきたのね。だけど体中ぼろぼろ」

「爪は伸びっぱなし、翼にはカビが生えている個体もいるな。これはひどい」


 ヴォルテール様が私の横に並んで、ドラゴンたちの様子を観察する。

 彼の言う通り、ひどい有様だった。かろうじて生きてはいるが、ドラゴンが持つ生来の美しさはすっかりなくなってしまっている。


「私の引き継ぎ書を読まなかったのですか」

「プラチナドラゴンを育てられなかった女の引き継ぎ書など、読むわけないだろう!」

「ドラゴンに知見のある人物は、王宮近くにもいたはずです。私が雇っていた飼育人たちに、せめて意見だけでも聞けば良かったのに……」

「どうせお前の息がかかっているのだろう。その手には乗るか」

「だからってこんな状態のドラゴンを、放置するなんて。ありえない」


 するとブランカがふんと鼻を鳴らして、言った。


「『ミルカ』『昔の飼育人』『たまに』『来ていた』」

「えっ?」


 ミカエル、ダンテ、アーニャ、クリスティン。

 彼らは時折ドラゴン舎にこっそりと姿を現わし、最低限の治療をして行ったらしい。


「『命を守る』『それしか』『できないと言って』『悔しがっていた』『けど』『ドラゴンたちを』『助けた』」

「……そう」


(決めた。これが終わったら、皆を北方辺境に呼び寄せよう。きっとそっちの方が楽しい)


 イスクラとブランカが、私を挟むようにして立った。

 彼らが睥睨しているのはもちろん、ハンスである。


「意味が分からない。そいつはプラチナドラゴンではなかったはずだ。もう一頭別のドラゴンがいたのか? いやそんなことはないはずだ、同じ個体のはずだ……!」

「ブランカが北方辺境に来た途端、体色が変わったということの意味。お分かりですよね、ハンス皇子」


 私は声を張り上げた。ハンスの私兵団にも聞こえるように。


「つまり、王にふさわしいのは、あなたではない。北方辺境にいる誰かであるということです」

「……ッ」

「当然だな。お前は私情のために、ミルカ嬢とそのドラゴン飼育人を追放した。そしてドラゴンの飼育を怠り、このような状況に追い込んだ。プラチナドラゴンがお前に好意を持つわけがない」


 ヴォルテール様は吐き捨てるように言い、それから叫ぶ。


「お前は何も知ろうとしなかった。ドラゴンの生態も、ミルカ嬢のことも。自分の欲望のままに振る舞い、それが叶えられないと誰かのせいにしてその場をごまかす。――そんな人間は、北方辺境の領主にも値しない」

「貴様……ッ! 私を騙したのか! 北方辺境の領主の座を、ドラゴン十数頭で売り飛ばすと言ったのは、嘘だったのか!」

「そもそも、北方辺境領主の地位は、簡単にやり取りできるものではない。国王陛下の信任が必要だ。その手順を飛ばすほど私は愚かではないよ」

「なぜ騙した。なぜこの私をたばかった!」

「いい加減腹に据えかねたからだ。お前を断罪せねば、ミルカ嬢の顔はいつまで経っても晴れない」


 ヴォルテール様は地を這うような声で告げる。


「お前が軽々に取り上げたアールトネン家の名を、ミルカ嬢に返してもらうぞ」

「返す……? 馬鹿を言え逆だ逆! その女が奪った私のものを、返してもらうんだ!」

「何を返せと言うんだ? ミルカ嬢は何も奪っていない。ゆえに返すものなどない」


 苦虫を噛み潰したような、ヴォルテール様の表情。


「むしろ彼女は奪われ続けても黙っていた。王宮のドラゴンのために、家財道具を売り払った」

「自分の身を飾る宝石を残して、だろう? 強欲で分不相応な……」

「その宝石はドラゴンから身を守るためのものだ! そんなことも知らずにプラチナドラゴンを欲しがったのか!」


 怒声は凍った湖上によく響く。それは咆哮に似ていた。


「婚約破棄をし、家名を取り上げ、あまつさえ北方辺境へ追放した。ミルカ嬢がどんな気持ちでその命令を受け止めたと思う。自分の代で家を途絶えさせてしまったと、どれだけ自責の念に駆られていたと思う!」


 そう吐き捨てたヴォルテール様に、ハンスも負けていなかった。

 彼は顔を醜く歪め、それから何かに気づいたかのように口元を引き結ぶ。


「ああ、そうか。お前は知らないのか」


 にたり、と浮かべた笑みは下劣そのもの。ハンスの視線が私の体をなぞる。

 嫌な、予感がした。

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